高嶺流
これが固定されている重りなら大したことは無いのだが残念ながら胸は揺れる(目には嬉しい)
揺れるという事はその度に重心はズレるし、重い分遠心力や慣性の法則にも置いて行かれがちになる
何より、悠にとっては突然出来た異物にも等しい。最近はその存在に慣れ、あまり感情を抱かなくなって来たどころかデカくて邪魔という感想まで出て来たのだが、とにかくこの平均より一回り大きな胸が悠の重心をずらし、動きを阻害しているのは間違いが無かった
手足の長さも勿論大きく、一歩の移動間隔が明らかに狭い事を改めて認識する
今までと同じ距離を同じ時間で動くには移動するための速度、身体の動かすスピードを上げるしかないが身体能力が落ちていることも実感している今ではそれも難しいだろう
「今まで通りにはいかない、か」
どう足掻いても男の頃と全く同じ動きは出来そうにない。そうなると悠はこの身体に合わせた身体の動きを叩き込む必要性が出て来た
具体的にどうすればいいのか、その方針が打ち出せている訳ではないが悠はその後も黙々と今まで通りの練習を続けてみる
筋トレはいつもの様にはやはり行かない。いつもの半分以下の回数でバテてしまい、明らかに筋力が落ちていることを実感した。かと言って女子の身体では筋肉は付きにくいだろうが
柔軟をしてみるとこちらは男の頃とは真逆に相当スムーズにできた。元々男にしては柔らかい部類の人間ではあったのだが、女子となってからはそれがさらに顕著になったらしい
脚を平行に開いたそのまま前に前屈出来るとは誰が思ったか
関節の駆動域も上がっている様で身体の各所が良く曲がる。蹴り上げて見れば自分の顔より高い場所まで届き、地面すれすれまで難なく身体を屈ませることが出来る
どうやら筋力と引き換えに柔軟さを手に入れたと見て良いようだった
次は素振りだと竹刀袋から竹刀を取り出し、握ると違和感を感じる
剣先が下がってしまうくらいには重い。此処で悠はあることを思い出してしまったと顔を歪めた
「竹刀までは頭が回ってなかったなぁ。こっちも体格に合わせないとダメだ」
身長はピッタリ10㎝下がり、筋力も落ちているとなると明らかに竹刀が体格に対して大きすぎた
仕方なく道場の倉庫にある貸出用の竹刀を漁り、手ごろなものを拝借する
ブンブンと何度か振ってみると振りのスピードや太刀筋にはあまり変化は無いように見えた。ただ、筋力の低下と最近練習していなかったための体力の低下で持続性は無いだろう
息が上がる程々の数を熟し、休憩を入れつつ素振りをし、そのままハリボテに向かって面打ちを始める
「めええぇぇぇぇぇんっ!!!!!!」
ズバシィンッ!!!としない特有のしなりを含んだ打撃音が悠の大声と共に道場内に響く
かなり大きな音がなってはいるがそれでも一撃の威力が落ちていることを悠は痛感して顔を顰める
打ち込む時の歩幅もあっておらず、上手くいってないのは明白だった
こればかりは繰り返しの反復練習を繰り返して矯正していく他ない
そうして基礎練習だけをみっちり2時間半身体に叩き込むと悠は最後の練習に取り掛かる
それは所謂剣の【型】。高嶺流の極意たる時代が積み上げて来た技術を身体に刷り込む作業だった
「ふうぅぅ……」
大きく深呼吸しながら、竹刀から木刀に持ち替えた悠はヒュンッヒュンッと鋭く空に剣閃を描きながら覚え込んだ型をその身で振るう
一括りに高嶺流、と呼んでいるがその内はかなり広い特殊な武術流派だ
拳術、柔術、剣術、槍術、短刀術、薙刀術などなど。高嶺流、という中にも更にその扱うものによって派閥が分かれている
それでもその信念、根幹にある考え方はたった一つ
【一撃必殺】
これが高嶺流古武術の有り方である




