一か月の成果
「辛いものがダメになったみたいだな」
「ひょうみたい……」
未だビリビリと痺れる舌をちろっと出しながら悠は返事をする
男の頃は辛いものが大の得意で好物、当然この間家特製激辛カレーにも問題なく舌鼓を打つことが出来たのだが今ではこの体たらくであった
「身体が変わって味覚が変わったのね。今、中辛分けてくるから」
「しゅみません……」
せっかく出していただいたものを食べられないとは情けなさと申し訳なさで悠は縮み上がるがこればかりは致し方ない
「お父さんが辛いの苦手で良かったね」
「だな、そうじゃなきゃカレーを鍋2つに分けて作らないし」
間家は辛党なのだが、唯一郁斗の父だけが辛いものがそれほど得意ではなく、精々辛口が限界
普段からカレーは中辛を食べている。そのため、カレーの鍋は普段から二つ分作っており、今回はそれに助けられた形だ
「身体変わると味覚変わんだなぁ」
「はー、予想外だよ。まぁ、言われてみれば最近よく甘いもの食べてる気がする。辛いのは逆みたい」
「ハルねぇ甘いの苦手だったのに好きになったってことかー。逆に好きだった辛いものはダメ、と」
舌のしびれがようやく取れてまともに喋れるようになった悠は肩を落とす
好きだったものが食べられなくなるというのは中々に虚しく、とても楽しみにしていたのがまるでダメだったという申し訳なさも消えることは無い
「仕方ないわ。こんなことになるなんて誰も思わないし、ましてや味覚が変わってるなんて誰も思わないもの」
コトリ、と改めて中辛のカレーをよそった皿を悠の前に置いた郁代はそう言って悠を慰める
郁代の言う通り、今の悠の姿になってしまったこと自体がそもそもに異常なのだ
それの本人も気付かないような細かい部分など他人が察するのは難しいだろう
「母さん、悠が残したカレー俺にくれよ」
「ダメよ、一応女の子が口に付けたものなんだから」
「そーだそーだ、配慮が足りないぞ兄貴」
「いや、私は別にいいんですけど」
悠が食べられなかったカレーも食ってしまおうと喰い盛りの郁斗が提案するが郁代と郁香はこれを非難し、断固拒否
悠は全く気にしていないので苦笑いしながら別にいいと言ってみるとグッと正面に座っている郁香に顔を近づけられ、ジトッとした視線を向けられる
「ハルねぇってほんっと自覚が無いよね」
「えっ、自覚って……?」
出て来た言葉に困惑していると郁斗以外の全員からため息が漏れた
明らかに呆れられた対応にえっ?!と手をわたわたとさせながらキョロキョロとため息をついた三人に視線を順々に写す
「ハルねぇ、今女の子だよね?分かってるよね?」
「う、うん、そうだけど……」
呆れかえっている郁香に何で呆れられているのか全く分かっていない悠は一応答えるが、育美の表情は険しくなるばかり
「いーや、全然わかってないよ。ハルねぇは今超絶美少女なんだよ?野郎から引く手数多のS級美少女。それこそ雑誌の読者モデルとか余裕のレベルの美少女なんだよ?」
そんな美少女が、幼馴染とは言え男に口付けたものを食べさせるとはどういう了見か
と郁香は力説するが、思い出してほしい。昨日悠が郁斗に対して行った行為を
「間接キスなら既に済ませているので……」
「郁斗、ちょっとあんたこっち来なさい」
「待って!!あれは完全にこいつのせいだってあいだだだだだだっ?!」
昨日の出来事を語弊呼びまくりの言い方で発言した悠。その横では郁斗が既に郁代にリビングから引き摺り出されている
これはまたやらかした、と察するも時はすでに遅し
「悠ちゃん」
「……ハイ」
「あまり私から言いたくは無かったが、一度おじさんと話をしようか」
「はい……」
いつもの無表情な郁斗の父がその時ばかりは鬼に見えた




