一か月の成果
「ところでお前ら付き合ってんの?」
「何言ってんっすか」
話し合いも今日のところは終わりかと思い、席を立とうとしたところでまた牧野先生が爆弾をぶち込んできた
呆れながらも適当に郁斗は返す。既に外は昼間から夕暮れ時に変わっている、出来れば明るいうちにさっさと帰りたいのが郁斗の本音であった
「ほら、昨日帰り道イチャラブしながら帰ってたって聞いたから」
「イチャラブしてないからな!?」
何言ってんだと軽い怒気を孕んで叫んだのは悠。顔を真っ赤にして叫ぶ辺り、まだ昨日の事を気にしているのだろう
よもや親友と恋人扱いなど元はと言えど心はまだ男の悠にとって屈辱に近い何かを感じていた
「はっはっはっ、まぁお前らの普段の仲の良さを男女でやればその噂は当然だわな。だが、よく考えてみろ?この状況、お前にとっちゃ旨味ばっかだぜ?」
「はい?」
何言ってんだこいつと言わんばかりに悠は顔を顰める。興奮気味なせいもあってか若干口調が荒くなりつつあるが横で聞いてる郁斗は廊下に知り合いがいやしないかと内心ひやひやしていたりする
「だってお前カップルってことは学校内で二人きりで行動してても何にも不自然に思われないだろ?しかも二人でいればお邪魔虫になるまいと普通のやつは話しかけて来ねぇよ。馬に蹴られたくないからなぁ。そうすりゃ、余計な喋りは減る。お前らからすれば周りにカップル扱いされる以外は殆ど普段通りでいいだろ?ちょっと我慢すりゃいいだけの話だ、上手い話じゃねぇか」
なぁ?と牧野先生は郁斗に同意を求めるが郁斗はその向けられた目に秘められた輝きにえらく見覚えがある
間家は両親と郁斗、郁斗の妹(中3)で構成されているのだが、その内母と妹がよくする目とそっくりだった
人をおちょくる時の目である。それとなく理由をつけてやらせて見せ、その意図された失敗をゲラゲラと指さして笑う非常に性根の悪さを感じさせる人を小ばかにしてやろうと目論むその目だ
「ちょっとせんせ――」
「成る程!!先生流石!!」
横で目をキラキラとさせる悠にもう郁斗は頭を抱えた。良くも悪くも高嶺 悠という人間は信用している人間に対してはかなり純粋で嘘でも丸っと飲み込んでしまう悪癖がある
今回も例に漏れずそのパターンだった
確かに先生の言うことも一理ある、一理あるのだが悠は肝心なことを忘れている
この学校で波風を立てたくないと言い出したのは悠なのだ。転校生が初日早々に彼氏を作って四六時中イチャついてるなんてことがあってみたらどうだろうか
当然、クラスの注目の的。それどころか今の様子だと学校中に知れ渡るかもしれないのだ
そんなことは頭からすっぽり抜けていらした
「悠、悠」
「ん?なんだよ、郁斗」
重要なことがすっぽ抜けている親友の目を覚まさせてやるにはショック療法が一番なのも承知している郁斗は悠を呼びこちらに顔を向けさせる
そのままズイっと肩を抱き、引き寄せてやると何事かと惚けているおバカのおでこに軽くキスの一つを郁斗はお見舞いしてやる
「カップルってことは定期的にこういうことを見せつけていく必要があると思うけど、お前出来んのか?」
ここで凄まじくドヤ顔をする。こっちは余裕だけどお前どうなのよ?という意思表示である。因みに内心は頭抱えてその場で蹲りたい、隠れヘタレなのだ
しかしここは親友のために羞恥心など捨て去って身体を張っての忠告をしてやる。この後ぶん殴られることは確定だが
「な……」
「な?」
「何をしとんのじゃお前はぁぁああぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
「ぶぎぁっ?!」
肩をプルプルとさせ、耳まで真っ赤になった悠から放たれたのは腹パンとかではなく、まさかアッパーカット。そんな凶悪なものが飛んで来るとは郁斗も予想外で華麗に彼の身体はソファーから浮き上がってソファーのフチから床へと崩れ落ちた
K.O.実に見事な一撃は郁斗の意識を刈り取るには十分だったようで彼は床で目を回していた
「へ、あ、うわぁぁぁぁゴメン郁斗?!えぅ、ちょっと大丈夫?!郁斗―っ!?」
「ぶっくはははははははは!!!!!お前ら最高!!ぶははははははははははは!!!!」
「完全に伸びてるな。まだ保健医の方々はいらしたかな?」
拳を振り切った体勢で完全にやらかしたことに気が付いた悠は慌てて郁斗の介抱を始め、教師であるはずの牧野はその場でテーブルをぶっ叩きながら爆笑している
校長先生は微笑まし気な笑みを浮かべながらまだ保健室が開いているかを確認すべく電話を取っていた
「ううぅ、ごめん郁斗……」
本気でしょげる悠をよそに自分勝手に動く大人たちがいる校長室は普段よりずっと騒がしく、廊下を行き交う生徒や教師たちが?を浮かべる不思議な日となった




