ラブ&ピンチ
何より、スポーツをする者にとって最も重要な身体を作るのは食事である。
ましてや高校生男子は成長期のラストスパートともいえる時期。この時期によく食べ、よく動き、よく寝るのが身体を大きく成長させ、今後のハードな筋力トレーニング等に耐えうる身体の土台を完成させるのだ。
「郁斗は将来必ずプロになる。そんな人間に自己満足で作ったお話にならない量のお弁当なんて、ホント自分のことしか考えてないんですね」
そう言い切って、悠は上級生である須藤美々に改めて正面から睨み付ける。
改めて、悠はこの先輩、というよりは女性が嫌いだと認識していた。こちらの都合を考えずに自分の都合だけを押し付けてくるのもそうだが、悠が一番嫌悪を感じている部分はまた別のところ。
「それに、私の幼馴染はアンタを着飾らせるアクセサリーじゃないんですよ。ウザいし、不愉快だし、迷惑ですから今すぐ教室から出て行ってください」
「――っ、――っ!!」
悠の本気の怒りの声音をぶつけられて、あわあわと口を動かすも何も言葉が出て来ない須藤美々は持って来た弁当を手に持ち、逃げるようにして教室から出て行った。
それを見届けた悠は怒りに染めて吊り上がっていた目元からフッと力を抜いて、いつもの垂れ目がちな柔和な印象に戻る。
教室全体のムードもそれを察してざわめきを取り戻していき、何人かの生徒のほっとしたようなため息が多少聞こえつつも、いつもの昼休みに戻っていた。
「ごめん、ずいぶん騒いじゃったよね」
「別にいいわよ。元はと言えばこの節操なしが悪いんでしょ」
「お、俺が悪いのか?」
「もっとハッキリきっぱりと断れば、ここまで拗れることは無かったと思いますよ?押せばどうにかなりそうって隙を見せた郁斗さんに、ある程度の責任はあると思います」
原因は自分なのかと不服そうにする郁斗に、桃がトドメを刺す。もちろん、今回の件で問題行動をし続けているのは上級生の須藤美々だが、それに隙を見せて押せば折れると認識させてしまった郁斗にもほんの少しの過失はあるのかもしれない。
不服そうに口をへの字に曲げる郁斗だが、うまい反論も思い浮かばず言い淀んだまま、その不満ともども飲み込んでしまうように弁当のおかずを口に放り込んだ。
「で?どうするのよ?」
「どうするって、何がだよ」
もごもごと香さんが作ってくれたのであろう女子にしては大きな弁当を咀嚼しながら、絵梨は主に郁斗と悠に投げかける。
対して、郁斗はその問いかけの意図を飲み込めずに質問し返すが、真っ先に返って来たのは大きなため息とオーバーに肩を竦めて、こりゃあだめだといったようなジェスチャーをする。
「多分あの先輩、明日も来ますよ。今度は悠さんに指摘されたところ全部直したやつで」
「そうそう。ああいうタイプはしつこいわよ。自分のプライドが許さないからけちょんけちょんにされようものならその仕返しをどうしてやろうかってめちゃくちゃ考えるんだから」
生粋の女子二人の言葉に唯一の純粋男子である郁斗はうへぇと嫌そうな顔をするくらいしか出来ない。
郁斗としてもあの須藤美々という女子は苦手だ。
悠の指摘した通り、恋愛感情云々というよりは自分を彼氏として据え置くことで更に自身の価値を高めようとしている節を郁斗も無意識ながら感じ取っていたのだろう。
どうしたものかと頭を悩ませていると、何故か最初以降口を開かなかった悠が唐突にこちを開き。
「郁斗のお弁当、明日から私が作るからおばさんにそう言っておいて」
「んあ?」
「おっ?」
「わぁ……」
あまりにも唐突にそう告げて、またぱくぱくと自分のお弁当を突き出した。
その発言を予想していなかった郁斗からは素っ頓狂な声が、絵梨は更なるバトルの激化を悟り、桃はこれ以上この騒動が大きくならないことをひそかに祈るのであった。




