ラブ&ピンチ
しばらく、2人はズンズンと進む悠を先頭に無言で帰路に付いていた。
なんとなく気まずさと悠の不機嫌な気配を察知している郁斗は完全にビビっている。
対して悠は一応、表面上は何でもないような顔をして、歩いてはいる。
遠くから聞こえる蝉の残響と、茜に染まった入道雲と夜の帳が落ち始めている空が互いのそんな表情を隠していても、2人は揃ってお互いのそんな心境をしっかりと感じ取っていた。
「お、おい、悠。そろそろ離してもらっていいか?少し歩きづらい」
「……」
ただ、腕を抱えられた状態で先行されるのはかなり歩きにくい。
恐る恐る、離すようにお願いすると無言でパッと離されたのも、また郁斗からしてみれば肝の冷える対応だった。
いつもの悠なら、多少は冗談やからかいを絡めてくるところだ。それが無く、無言で妙な圧を感じるのは、かなり怖いというか、何故だか後ろめたい感覚に陥っていた。
「……郁斗はさ」
「おう」
そんな居心地の悪さを感じていると、悠から発せられる圧力はそのままに、普段よりも抑揚のない調子で悠から話しかけられ、少しだけ郁斗の心拍数がドキリと上がる。
まるで怒られるのが分かっている子供のようだが、郁斗は何とか平静を装いながら答えられていた。
「恋人とか欲しいの?」
「恋人?いや、別に今のところは……」
今までにない質問だな、と郁斗は率直に思った。似たような質問は昔からを数えれば何回かあったと思う。それこそ男同士だった頃から、お前彼女作んねぇの?的な軽いノリで聞かれたことは度々あった。
ただ、それとは本質的に何かが違うような予感がしながら、郁斗はいつものように今は欲しいと思っていないと答える。
「じゃあ、もし私がいなかったら、作ってる?」
「お前がいないなんて、考えたことも無かったが……。多分変わらない、と思う」
次に来たのは今まで来たことが無い質問だった。もし、悠が隣にいなかったら、恋人を作っているのか。
そもそも、悠であれ悠であれ、高嶺 悠がいなかったら、なんてことを想像したことも無かった郁斗だったが、少し考えて変化は無いだろうと答える。
あまり自信は無い。何せ郁斗からしてもこれまで考えたことが無かった前提であったし、あまりにも当たり前すぎる状況が無くなったら、と聞かれてもイマイチパッとしないと言うのが本音の本音。と言うやつだ。
ただ、自分が今のままだと考えるなら、多分作っていないだろうと一応の結論は付けて応えた。
「これが最後なんだけどさ。もし、もしだよ?」
隣を歩いていた悠が駆け足で、郁斗の正面へと周り、2人は向き合って、足を止める。
視線を合わせ、どちらともなく、ゴクリと生唾を飲む音が聞こえたような気がしてから、ゆっくりと悠は口を開き。
「もし私が『郁斗を好き』って言ったら、郁斗は付き合ってくれる?」
「……っ」
茜色の夕日に照らされて、真っ赤に染まっている悠の不安そうな表情と言葉と、それを見て自分でもよく分からないぐちゃぐちゃな感情が喉元までせり上がって来た郁斗は、すんでのところで、何も考えずに動こうとした口を止めて、何を言おうとしたのかも分からないまま、その言葉を飲み込んだ。
「……分からん。もし言われたらどうするのか、自分でもわからないってのが正直な感想だ」
「……そっか」
ホッとしたような、残念なようなやはりよく分からない感情が、2人の中に沸き起こる。ただ、お互いそれを口にすることは無い。
何故だか、それは口にしてはいけないような気がした。
「ただ、きっと悪いようにはしないと思う」
「……そっか」
代わりに呟くように言った言葉と、さっきと同じでもなんだかニュアンスが違うように感じる返事を、2人はどちらともなく笑みをこぼして返していて。
お互い、夕日の茜色に隠すように、きっと首まで赤くなっているだろう。火照った顔色が帰り着くまでに収まるようにと、頭の片隅で思っていた。




