夏休みが明けまして
そして絵梨は絵梨でこの状況をどうしたものかと頭を悩ませていた
正直な話、悠があそこで暴走した引き金を引いたのは絵梨の一言である。何も考えずに行った事が、まさかここまで拗れるとは思わなかった
願わくば、これが一過性のもので審判との戦いになった時にはちゃんと切り替えができれば良いのだが
そして、絵梨は絵梨でどうして『郁斗とキスしても良い』なんてことを思ったのか、こちらもまたよく分かっていなかった
「ハッキリ言って、間の事はいけ好かない奴なんだけどなぁ」
絵梨にとって、郁斗は悠の切っても切れない友人であり、『審判』との戦いでは共に後衛を務める戦友で、クラスメイト
それ以上でも、それ以下でもない。それどころか、顔も頭も良くて人生苦労し無さそうな面白くない奴くらいの感情をハッキリ言って抱いていた筈である
友達の友達だからと言って友達にはなれないのである。絵梨にとって、郁斗とは悠が間に入らなかったら殆ど関わる事の無かった、ただの高校のクラスメイトでしか無かった
それが、何をトチ狂ってそんなことを思ってしまったのか、絵梨もまた密かに頭を悩ませていた
「カッコいいのは分かるけど、趣味じゃないよねぇ」
「あら?絵梨も恋のお悩み?私が話を聞いてあげようか?」
「いや、そんなんじゃ無いですって。というか、あの二人あのままで良いんですか?」
絵梨の隣で休んでいた香が興味津々と言った様子で絵梨に詰め寄るが、絵梨は違う違うとかぶりを振りながら、それよりもと悠と郁斗の現状を指摘した
顔を突き合わせるどころか、一緒にいるだけで悠が逃げ出してしまう始末。一応、二人は学校生活で絵梨のボディガードを務める役割もある
その二人がこの始末で、色々支障が出そうだと絵梨は心配していた
「あんまり長続きするようなら、主に悠ちゃんの方としっかりお話しないとね。郁斗君は放っておいても大丈夫でしょ、男の子だし」
「悠は女子としてはまだまだ初心者ですしね」
香は、この状況に早急に対応する必要は無いとしたようだ。はた目からしても色恋沙汰のそれだ。そういったことは下手に第三者が突っつき回すとややこしいことになるし、何より本人達でしっかり答えを出した方が円満に行くものだ
ともあれ、長続きするのであれば戦いに身を置く側としても、悠と郁斗の関係を考えても何かしらの鶴の一声は必要だろう
特に、自分の感情が上手くコントロール出来ていない様子の悠は経過観察と言うやつだ
忘れがちだが、悠は元男の子。一応、元に戻る事を最終目標にしている事も考えると中々にデリケートな問題になりそうだ
「しばらくは、成り行きを見届けないとね」
「そんなものですか?」
「そんなものよ。人の感情なんて、ちょっとしたことでコロコロ変わるしね」
ちょっとした外的要因で、心変わりなんてことは何処に行ってもよく聞く話だ
特に思春期真っ只中の色恋沙汰は特にである
なるようになる。言ってしまえば香の考えというのはそう言う物だ
「さて、修行の続きをしましょう。悠ちゃんをリビングから連れ戻してこないとね」
「それなら、さっき照さんがリビングの方に行きましたよ」
そうこうしていると、休憩時間はもう終わり。リビングにいた悠はジタバタしながら照に担がれてやって来た
ぎゃあぎゃあと文句を言っているようだが、照はケラケラ笑いながら簡単にいなしてこちらに歩いて来る光景はなんともシュールだが、ここ最近では見慣れた光景でもある
「んー、まぁなんとでもなるか」
絵梨の方も、自身の事は頭の隅の方に置いて忘れることにした。物事とはなる様にしかならない物だ。一々細かく考えているだけ無駄
考えるのがめんどくさくなって考えるのを辞めた、とも言うのだが既に絵梨の頭からは先程までの疑問はすっぽりと抜け落ちるのであった




