修行、邂逅、三度
絵梨は目の前の事に全く理解が追い付いていなかった
いや、目の前に両親が現れてから頭の中はずっと真っ白だった。頭の回転より、現実として目の前で起こっていることの方が目まぐるしく変化し続けているせいだ
「あっ……」
だから、今、両親だったと思われる肉塊が、大口をあけ、唾液を撒き散らしながらこちらに手を伸ばしてることに、何の対処も出来ていなかった
後ろで照が大声で何かを言っている、香が切羽詰まった表情でこちらに飛び出そうとしている。それは分かるが、それだけだ
何を言っているのかを理解するよりも先に、その放たれようとしている術より先に、目の前の手が自分を掴む方が早い。それだけが絵梨に理解できたことだった
間に合わない、誰もが理解した。とった、と少女は確信した。その時に
「絡み折れ――【岩絡み】!!」
「【炎球・蹴飛】!!」
蔓を模った魔力が、1体の身体に絡みついて行動を阻害し、もう一体には炎の球が弧を描きながらその顔面に直撃し、吹き飛んだ
「照さん!!絵梨を!!」
「っ!!」
すぐに事態を把握した照が、絵梨の腕を引き、抱えるとその場から離脱。間髪入れずに香が蔓上の魔力に囚われている肉塊に氷で作った槍を脳天から突きこみ、沈黙させる
「オイオイ、なんでお前たちまで来てるんだヨ。剣士ちゃんなんて魔力切れだったでしョ」
来るはずのないと踏んでいた悠と郁斗までやって来たことに少女は焦りを隠さない
確実に、弱いところから摘み取って行く、そういう算段で計画したのにと愚痴りながら、少女はそれでも抵抗して、新たな一手を打つべく、魔法を構築する
「させないっ!!」
遠方から猛ダッシュで駆け出した悠が少女に肉薄するも、少女の魔法の方が発動が早かった
5つほど展開された魔法陣から、次々と人型のアンデットが召喚され、少女を守る様に壁を作る
それに阻まれ、近づくことを断念した悠は、2、3体ほど、木刀で吹き飛ばすものの、吹き飛ばされたアンデットは何事も無かったかのように起き上がり、悠に襲い掛かる
たまらず下がった悠が追い付いた郁斗と合流し、肩を並べると、変わり続けた状況がようやく膠着状態へと落ち着いた
「いやまいったネ。折角練った作戦もガッタガタだヨ。しかしまぁ、酷いネ?その子のパパとママ、大怪我してるヨ?」
「――!!」
アンデットに囲まれた中心で、少女がそうぼやくと、絵梨の肩がビクリと揺れる
その視線の先には、その面影は既に無いものの、顔面が焼けただれているのと、氷の槍に貫かれた2体の形だけは人型の肉塊が転がっていた
「貴方、この子の両親を……!!」
「ケケケッ、化け物退治を依頼されてね。手段は問わないらしいから、ご両人にもお手伝い願っただけだヨ」
「こやつ、真性のクズか……!!」
少女の答えに香と照の眼に怒りが灯る。何が起こっていたのか、その場に居合わせていなかった悠と郁斗も、相当ロクでもないことをこの少女が行った事だけは、会話の端々から理解することが出来た
「……お母さん、お父、さん」
ただ、絵梨だけが理解しがたい現実に、振り回され、譫言のように両親を呼ぶ
その悲痛な一言に、ぎゅうっと抱えていた照が絵梨を抱きしめた
「キヒヒヒヒヒ、ついでに良いことを教えてあげるヨ。君のパパとママはネ、私に君殺すように頼んだんだ。とんでもないお金をかけてネ。化け物退治だってサ、とんでもないよねェ?自分の娘を化け物呼ばわりして、お金をかけてまで殺して欲しいだなんてサ!!!!笑っちゃうヨ!!そのために自分達が手ゴマにされてるんだからさァッ!!!」
「ああ、ああああぁぁぁぁぁぁぁっ……」
演劇を演じるように仰々しく、大げさに語られた言葉に、絵梨は照にしがみ付いたまま言葉にもならない慟哭をあげる
あの時、両親にかけられた優しい声音は少女の手によって騙られた、虚実だった
何処かで、両親と家族として一緒にいられると思っていた想いを、どうしようもないくらい粉微塵に踏み砕かれた