修行、邂逅、三度
突然の第三者の登場に思わず香も照も放とうとしていた攻撃を止める。悠でも郁斗でもないその声は、明らかに大人の女性の声だ
少なくともいつもの5人の中にこのような声音の者はいない。一体誰だと照は振り向き、香は正面に立つ三人のさらに奥、街灯のない暗がりへと視線を向ける
しかし、その声に一番動揺しているのは、その声音に一番近い絵梨だった
「……絵梨」
「お、母さん……」
その暗がりから歩いてやって来たのは、絵梨の母親だった。聞いたことのない母親の優しい声音に絵梨は何が起こったのか分からなくなる
目の前にいる母親が、何故ここにいるのか、何故自分に優しく声をかけているのか
「お父さんもここにいるわ。さぁ、お家に帰りましょう」
「あぁ、帰ろう。こんなことをしていては危ないよ」
更には父親まで現れ、絵梨に優しい声をかけ、手を差し伸べる
絵梨にとって、両親とは常に自分を怒鳴りつける暴力と理不尽の権化であった。それが何故、この場に現れて絵梨に優しく手を差し伸べているのか
分からない、分からないが、それは確かに絵梨が心の奥底で願っていた憧憬。焦がれていた、まだ読心能力に両親も絵梨も気付いていなかった頃の優しい両親の姿
「――」
声にならない声を喉奥から叫びながら、絵梨はふらりとその足を一歩踏み出す。何故、なんで、どうして、そんな疑問は頭から吹き飛んでいた
今年で17歳とは言え、何だかんだ言えども絵梨はまだ子供なのだ。親から優しく、おいでと声を掛けられればそちらに身体は向かってしまう
それが、心の奥底で望んでいたのなら、尚のこと
誰だって、どんなに関係が悪くても、親と子なのだから……
「戻れ絵梨!!罠じゃ(・・・)!!」
そんな幻想を、嘲笑うように無残にも紙きれのごとく破り捨て、掃き溜めへと投げ入れらる現実を、無慈悲に絵梨に見せつけた
「……えっ」
ぐちゃりと、絵梨の目の前で父と母が不自然に身体を膨張させ、その身体にグロテスクに血管が浮き上がり、不自然な筋肉が体を覆う
瞬きの内にそれが目の前で起こり、絵梨は襲い来るその両親だった肉塊を、ただ茫然と眺めているだけだった
場所は移り、急激な魔力消費による一時的な魔力切れと許容範囲以上の魔力を瞬間的に使ったため、身体に急激な疲労を受けた悠と、それを介抱する郁斗は、少女への追跡、追撃を残る三人に任せて、その場で体力の回復を図っていた
「しっかし驚いた。まさか投げるとはな」
「いやぁ、受け止めるのは無理だし、避けたら郁斗がいるし、って考えたら身体が咄嗟にね」
でも慣れないことしたからこのザマだよ。と笑う悠の表情にはまだ色濃く疲れが伺える
普段、照との修業で起こす魔力切れでも一時間以上の休憩をしないと、まともに立つことも出来なくなるのを見ているため、恐らく今回もそれに近い時間の休息が必要だろう
コンビニに行くと言って出て来た手前、あまり時間が掛かるのもお互いの家族にいらない心配をかけるので、適当に理由でもつけて、おぶって帰ろうかと郁斗が考え始めた時
「無様なものだな。得物一つ忘れただけでそのザマか」
ノイズが走ったような、聞こえるが印象に残らない、あの特徴的な声が二人の耳に届いた
「ここでお前が来るのか……!!」
「コイツが、あの時の奴か……!?」
「ふっ、そうだな。状況だけ見れば、お前たちにとっては最悪だろうな」
変わらず、その男はそこにいるのに、顔も姿も見えてるはずなのに一切その特徴を捉えられない
疲労で立つのも難しい悠と、郁斗の前に現れた男はその声音だけで不敵に笑っている事だけは察することが出来た
「なに、しに来たのさ……。今はアンタの相手をしてる暇は無いんだけど?」
「そうピリピリするな。お仲間のピンチを伝えてやったんだからな」
黙って札を構える郁斗を手で制しながら、男はそう答えた




