修行、邂逅、三度
吹き飛ばされてから数分、ようやく巻き上がった土煙が晴れると目を回している絵梨と、ようやく立ち上がったところの郁斗、恐らく一番直撃場所にいた悠が苦々しそうな表情で、片膝を付いていた
「個人の練度はともかくとして、現状でそれだけ連携が出来れば及第点としましょう」
上空で飛んでいた香が三人の下へ下りて来ると、そう三人の連携を評価する
まだ、使える術も経験も少ない二人と、それに合わせている悠のことを考えれば、香としてはこの短期間でよく出来たものだと太鼓判を押している評価だった
「……まるで雲を殴ってるみたいな感覚だったな」
「全く勝てるビジョンが浮かばない。剣で負けた……」
目を回して気を失っている絵梨を抱き上げて、その場を離れた香の後姿を見ながら、郁斗と悠は口々にそうぼやいた
何をしても届かないような感覚。香がもし敵だった場合、二人は何もできずに叩きのめされる事だけは明確に脳裏に浮かべることが出来た
「まぁ、そこまで落ち込むな。あれはこと戦いにおいては無類の天才じゃ、あれを目標にせん方が良いぞ。お主等はそれぞれに、ちゃんと光るものを持っておる」
「照さんにそこまで言わせるんだ……」
「儂だって、あやつに勝てたことなど一度も無いからの。規格外を目標にするのは毒になるだけじゃ」
悠を圧倒する戦闘能力を持つ照にさえ、そう言わせる香は本当に天才なのだろう
悠も郁斗も、今まで大人相手に苦戦はしても、まるで勝てる気がしないと思った事が無かったため、初めての感覚にただひたすら呆然としていた
「しかしなんとまぁ、音沙汰も無いのぉ」
「向こうもこちらに対して準備を行っているんでしょうね。次出て来た時は本気の戦闘になるわよ」
絵梨が気絶から復活し、昼食の冷やし中華を皆で啜っているとあれから何もないことに照がしびれを切らしたようにぼやく
とは言え、それだけ入念に準備しているという事だ。次に接触した時は大規模な戦闘になることは間違いない
それだけに他の問題も出て来る
「一般人を巻き込む可能性も、あるんですよね」
「このままじゃね。それに関しては私の方で対策してあるわ、ちょっと難しい術だからまだ教えられないけど、後々皆にも教えるから、任せてちょうだい」
そのまま戦えば、道路や建物はおろか、人間だって被害を被る可能性がある
先日は突然の接触だったので、考える暇も無かったが、今思うとゾッとする話だ
だが、それについては香に対策があるらしい。彼女に出来ないことは無いのだろうか
「香さん一人で全て解決する気がする」
「それは儂もたまに思う」
そうは言うものの、個人では限界があるからこうして小規模でも協力者を募っている訳だ
万能であっても全てのことに手を伸ばせる訳ではない
「それで済むならどんなに楽かと私も思うわよ」
たった一人で済ませられるなら、どんなに楽か。と愚痴る珍しい香を見た一同は何でもできる人には、それはそれで悩みがあるんだなと、認識したのだった
その後、何事も無く帰宅をした悠は、夕食や入浴も済ませ、自室のベットでゴロゴロとしていた
「あー、あっつい。アイスでも食べようかな」
ダラダラとしていた悠は、熱帯夜の暑さに耐えきれず、アイスを食べるために台所に向かう
意気揚々と開けた冷凍庫には、見事に冷凍食品と保存するために冷凍された食材しか、入ってなかったが
「えー!!アイス無いじゃん!!お母さーん、アイスはー?」
「冷凍庫に入ってないなら入ってないわよ」
「えーーーー」
アイスを食べるために台所まで降りて来たのにアイスが在庫切れとは虚しい限りで、ぶーぶー言いながら居間の方へと足を向ける
「ん?どうした悠。夜に居間に下りて来るのは珍しいな」
「今日は熱帯夜だからな。部屋にいるよりこっちのが涼しいんだろう」
そこにいたのは寝間着の甚兵衛姿でアイスキャンディを食べながらスポーツ観戦をする新一と豪の姿があった。アイスの空き箱は綺麗に畳まれて、ゴミ箱に捨ててある
普段、夜は部屋に引きこもってることが多くなった悠が珍しく居間まで降りて来たのを不思議そうに眺めるのだが
「あだっ?!」
「ごふっ!?」
アイスを食べられた腹いせに悠に蹴りを入れられるのであった




