バカ兄連れ戻し作戦
何て少々酷い打算も含みながら話しかけた男子大学生はどうやら当たりの人物らしい
物怖じもせず、にこやかに返せる辺りある程度の社交性か女子慣れをしているようだ
尚、仮に変な事をしようものなら悠の手によって沈められるだけなので何ら問題は無い
「お兄さんって大学院生?俺もそうだから、もしかしたら知り合いかも」
「ハイ、博士過程で2年生目だったはずです」
「あぁ、じゃあ俺と同期だ。名字は?」
「高嶺、ですね。兄の名前は高嶺 新一です」
「えっ?!じゃあ高嶺の妹!?」
「ハイ、妹の悠って言います」
「マジか、高嶺の妹がこんなに美少女だったとは……」
更に更に、何と新一と同期で知り合い無いし友人のようでこれは大当たりと言って差し支えないだろう
幸先のいいスタートを切り、これで手早く兄を確保できると思うと気分も多少は上向きになると悠は息巻く
「あー、もしかして高嶺を連れ戻しに来た感じ?」
「そうなんです。帰って来れる距離の大学に通ってるのに、もう3週間も帰って来てないので両親も心配してますし」
「だよなぁ、俺達も教授もいい加減家に帰れって言ってるんだけど、何かと理由を付けては同じ学部の連中の家を転がり回ってるんだよ」
「はあぁ。すみません、兄が迷惑をかけた様で」
その男子大学生も、わざわざ妹が大学まで足を運んできた理由に見当がついたようで、困ったもんだよな、と愚痴を漏らす
妹である悠は、迷惑をかけている事に頭を下げるしかない。人様に迷惑をかけてまで帰らないとは、あの兄は一体何をしているんだと、怒りの感情を燃え上がらせながら、だが
「先月辺りから、急にだよね。本人にも何回か聞いたんだけど、肩身が狭いとかそんな感じの回答でさ」
「両親も上手くはぐらかされているみたいで。私に至っては連絡しても無視されてるんで」
「おいおい、高嶺。妹さんにそれは無いぜ……」
何やってんだアイツと呆れる男子大学生の言う通り、まるで嫌なことがあって駄々を捏ねてる小学生のような対応に弁明の価値も無い
とりあえず、今日の悠の目的は何が何でも新一を引きずり、帰宅すること。この分だと、周囲からの援護も受けられそうだ
「着いたよ、此処が分子解析研究棟。ちょっと待ってて、事務の人に説明してくるから」
そう言うと、男子大学生は事務室へと顔を出し、悠がここに来ていることを代理で説明してくれている様子
まだ高校生で大学の勝手も分からない悠にとっては非常にありがたい。なにせ、大学のキャンパスにそれなりに自由に出入りできるのも最近知った事実である
「妹ちゃん、こっち来て」
「はーい」
話がついたのか、男子大学生に呼ばれると、まず事務所の中へと通される
入り口は学生証などを用いたセキュリティがあるようで、男子大学生はそちらを通ってから、建物内側の事務所入り口から入っていた
「で、堀川君、この子がさっき言ってた?」
「高嶺の妹ちゃんのえーっと」
「悠です」
「そうそう悠ちゃん。高嶺の奴、相変わらず家に帰って来てないみたいで、連れ戻しに来たみたいなんですよ」
そうだよね?と言って目配せをされると悠はハイと頷き、正面にいる事務員に改めて説明をした
事務員の方も、新一が自宅に戻っていない話を何処からか聞いていたようで、成る程ねと納得したようだ
「事情は分かりました。長期間自宅に戻っていないというのは確かに心配ですし、問題ですね。教授達も何度か帰るよう催促しているのを耳にしていますし、そういう事なら研究棟に入っても大丈夫ですよ」
「ありがとうございます」
「ただし、一人では絶対に行動しない事。危ない物や、高価なもの、秘密にしているモノなんかが沢山あるからね。堀川君、時間は大丈夫かな?」
「俺は実験棟に忘れ物取りに来ただけなんで全然。別に盆明けでも良いですしね」
「じゃあ案内を頼むよ」
「了解です。んじゃ、行こうか妹ちゃん」
堀川と呼ばれた大学生を改めて案内人とすることで、研究棟内に入ることを許可された悠は二人に頭を下げてお礼を言う
事務員の人は、「お兄さんとそっくりで礼儀正しいねぇ」なんてにこやかに笑っていた




