のろい
「解呪は出来るんですか?」
感情をあらわにする悠と対照的に、郁斗は努めて冷静に香へと今この場での解呪は可能かを問う
しかし、返って来た答えは横に首を振られる、と言うものであった
「ごめんね、言ったとは思うけど、私は所謂『魔法使い』であって『呪術師』ではないわ。Eランク程度の解呪なら問題は無いけど、ある程度の手順を以て発動したDランク以上の解呪は本職の呪術師か、聖職者のような回復を専門に扱う術師じゃないとね」
呪いに抵抗する手段なら幾らでもあるのだけれど、と香は申し訳なさそうに目を伏せる
その言葉から察するに、彼女達は掛けられた呪いを解呪するのではなく、そもそもに呪いに抵抗し、呪い自体にかからない方法で呪いを事前に回避してきたらしい
そうであるなら、香達を責めることは出来ない。彼女たちは彼女たちの方法で呪いに対処して来たので、それらを回復する方法まで手を伸ばしている必要は、確かに無いのだから
「じゃあ、呪いをかけた相手は分かるんですかっ」
「この呪いは元々Bランク程度の力を持つ呪いみたいでね。発動する過程に不備があったおかげでDランク程度にまで効果は下がってるんだけど、元々高位の呪術を元にしてるだけあって、逆探知は出来なかったわ」
「じゃあどうやって呪いを解くんですか!!」
解けると思っていた悠は声を荒げて香に食って掛かる。どうにか出来るからと言われて、信じて来て見れば、解呪は出来ず、呪いをかけた術者も分からない
これじゃあ、何の意味も無いじゃない、と
「呪いは解けなくても、その効果条件を小さくすることくらいなら私の術で出来るわ」
「それで、郁斗はサッカーが出来る様になるんですか……」
香は解呪は出来なくとも、その発動条件を小さくすることは出来るという
恐らく、サッカーの事を頭に浮かべたくらいでは痛むことは無くなるのだろう
ただ、そうではない。そうではないのだ
悠にとって何よりも望むのは郁斗が前みたいにサッカーに復帰できるようになること
共に切磋琢磨する関係に戻る事こそが、悠の望み。そして郁斗の望み
「……恐らく、サッカーをすることは出来ないわ。ボールを蹴ったりしようとした瞬間、呪いが発動して――」
「それじゃ意味がない!!」
また一緒に、お互いの夢を目指せなきゃ、意味がないのだ
凄まじい剣幕で香に詰め寄る悠に絵梨は目を丸くするばかり、香も自分の不甲斐無さに返す言葉も無い。解呪に至らず、本当にサッカー以外の日常生活に不自由がなくった、それだけなのだ
郁斗の呪いの解呪を何よりも望んでいたのは、怪我だと思っていたそれが治るのを待ち望んでいたのは悠なのだ
それが、一抹の希望を見せられた後に結局元通りにならないと言われたら、激昂するのも当然とも思える
「郁斗がサッカー出来なきゃ意味がないよ!!そんなの、香さんの都合が――」
「そこまでにしておけ、悠」
怒りの声を上げる悠を宥めたのは、当の本人である郁斗だった
さほど大きな声を上げた訳でもないのに悠の耳にしっかり届いたその言葉に、悠はピタリと怒声を止める
それを確認して、ふうと息を吐くと香と目を合わせる
「プレイさえしなければ痛みは出ないって考えて良いんですね?」
「ええ、そこは確約するわ」
「術者が見つかれば解呪は可能ですか?」
「術者が解呪の意思を示せば、そう難しくないわ」
「その時は協力してくれますか」
「勿論よ」
「分かりました。一先ず、可能な処置だけお願いします」
「……ごめんなさいね」
「いえ、原因がハッキリしただけ良かったです。処置もしてもらえますし」
二人は淡々と言葉を交わし、術者さえ見つかれば解呪の協力を約束する
それを悠は面白くなさそうに、絵梨はただ茫然と眺めているだけだった
「……心配すんなよ、ちゃんと後でそっちに戻るさ。だから、お前もちゃんと戻れよ」
「諦めたら承知しないからね」
「お互いな」
お互い、夢を目指して理不尽な挫折を味わった者同士。二人はお互いが元の関係に戻る事を誓い、とりあえずその場は収まるのだった
「……夢、かぁ」
考えたことも無かったなぁ。呆然と見ているだけだった絵梨は夢をひたむきに追う二人を見て、そう呟くのだった




