のろい
それぞれのペアがそれぞれの動きを見せている中、悠と郁斗のいつも通りのペアはと言うと
「みんなとはぐれちゃったね」
「ま、合流場所は決めてるし良いだろ。それよりも祭り見ようぜ、実は殆んど来たことないんだ」
相変わらず、いつも通り仲睦まじげにアーケード街を歩いていた
勿論、手はしっかりと繋いで、である
「だよねー。私も郁斗も練習ばっかでホント遊ばなかったもんね。今思うと、結構勿体ないことしてたなぁって」
「確かにな。身体的にも、精神的にも、今考えると余裕無かったし、正直に言うと練習詰めだった頃よりずっと充実してる」
「そうそう!!なんて言うか練習にもしっかり身が入るって言うかさ。いっぱい遊んだから今度はいっぱい練習!!みたいな感じで楽しいんだよね」
そんな二人は実はこの七夕祭りに殆ど来たことが無く、地元でやっているのにも関わらず、この大きな七夕飾りを間近で見るのはほぼ初めてに近い感覚だった
ほぼ初めて、と言うのは二人が競う様に練習に明け暮れていた頃よりも前、まだ幼稚園の園児だった頃の話で、もう10年ほど前の話だ
高校生にとって10年前は遥か昔の出来事、朧げに連れて来てもらった記憶だけはある、と言うのが二人のこの祭りに対する感想であり、何事も無ければ今後もそうなっていったのだろう
しかし、今は郁斗の怪我、悠の性転換と二人の環境が劇的に変化し、今では郁斗は定期的なリハビリを、悠は剣の練習も日課程度に熟す程度で落ち着きを見せていた
その落ち着きが、二人に肉体的にも精神的にも、余裕のある生活を送る一助となったのは思わぬ副産物、というものだったのだ
「綺麗だねぇ。こんな綺麗なのが毎年地元のお祭りでやってたのに、ずっと行かないでいたなんて」
にへらっと緩み切った笑顔で郁斗に笑いかける悠は、いつにも増してゆるい雰囲気を纏っている
その様子に普段はお世辞にも表情豊かとは言えない郁斗の表情も和らぐ
ざわざわと大勢の人の声と雑多な音で囲まれている中で、悠のゆったりとした歩調の通りに鳴る下駄の音が郁斗の耳には妙に響いていた
「俺らがどれだけ自分の殻に閉じこもってたかが分かるよ。死に物狂いでサッカーのことばかりやってたけど、それだけじゃあきっと独りよがりのサッカーばっかで、ロクな選手になれなかっただろうな」
サッカーに溺れていた数年前の自分には決して無かった考え方だな、としみじみと思う様に郁斗は一瞬だけ目をギュッと瞑る
寝ても覚めてもサッカーばかりで、それ以外はそれなりか割と蔑ろにしていたと思い返す。怪我をしてサッカーから離れた後は、今度は今度で塞ぎ込んで悠に迷惑をかけた
同じ様に悠も道場を継ぐことばかりを考えていて、それ以外は割と適当、と言うかそれなり程度にしか熟してこなかった。継ぐための邪魔にならない様にすればいいくらいの認識だったのは間違いない
それが、今や手を繋いで仲良く夏祭りを楽しんでいる
不謹慎かも知れないが、郁斗は怪我をして、悠は女子になって、自分を見つめ直したり余裕を持った考え方に変化していく良い結果をもたらしているのは間違いなかった
「私はまぁ、道場を継ぐって目標は変わらないし、変えるつもりも無いけど。だからと言って楽しんじゃいけないって訳じゃないってのは最近思えるようになったよ。あんな息のつまるような事をしても、実力が伸びていたのかって聞かれたら伸びてなかったもん」
これって実は先輩に教えてもらったんだ―、とにししと笑顔の質を変えた悠の言葉に、郁斗は5月に出会った強烈なインパクトを残して行った一つ年上の女性を思い出して、成る程なとまた笑う
「金城先輩は常に楽しそうだったもんな。一緒にいる郁己先輩も凄く楽しそうだったし」
「私達もさ、ああいう感じで良いんだよね。競争みたいなことをしてたのは全然悪いことじゃないと思うけど、あんながむしゃらじゃなくていいって言うか」
「じゃあ、今の目標を決めようぜ。俺は、リハビリしてサッカーに復帰する」
「私は男に戻る以外は無いね!!じゃあ競争じゃないけど、頑張ろ!!一緒に」
「一緒に、な」
そう言って、お互いの今のすべき目標を見つめ直してところで
「っ!!」
「……郁斗?」
ピリリと足に奔った痛みに、郁斗の表情が歪んだ




