のろい
その様子に照はふむ、と思案する。教えてやることは簡単だ
しかし、ことの詳細を伝えるのは絵梨本人を始め、関係者である悠や郁斗の望むところではない
彼女ら(・・・)とは違い、桃は完全に真っ当でまっさらなただの人間
三人の友人が危惧するように、三人が足を踏み入れた領域にこのか弱い少女を踏み込ませるのは様々な危険を伴うだろうことは、想像に難くない
(困ったの。あまり頭を使うのは得意じゃないんじゃがなぁ……)
元より面倒ごとが苦手な性分である照は、こういったデリケートな問題の大半を香に押し付け、自分は必要な時に暴れる役割を担って来ていた
香が頭脳班なら、照は肉体労働なのだ。この辺りはまず考える郁斗と、先に身体が動く悠の関係性に似ている。悠は照に比べるとずっと丁寧で繊細ではあるが
「スマンが、絵梨についてはワシはほぼその場に居合わせただけじゃ。事の詳細は当事者の絵梨と香に聞いた方が早いぞ?」
そこで照が取ったのはいつも通り逃げの一手であった。餅は餅屋に任せるべき、と香と絵梨に全部ぶん投げてしまおうと画策した照だったが
「いえ、照さんからも出来るだけ聞きたいんです」
食い下がって来る桃にほう、と面白いものを見た様に目を細める
「聞けることは少ないとしても、か?」
「はい。照さんの口から出来る限りの話を聞かせてください」
確認するように問う照に、やはり桃は毅然として応える。それを聞いて、照は密かに口端を上げ、愉快そうな笑みを作る
この少女は自分の目と耳で見極めようとしているのだ、自分の友を預けるに足る存在かどうかを、周りの評価などと言うものは捨て置いて、あくまで自分の感じた、受け取った情報からその是非を問うために、香と照が本当に絵梨を預けるのに信用できる相手なのかを確かめるために
たった16の、長い年月を生きた照からすれば一瞬の出来事の様な時間しか生きていない少女がそれを行う胆力、度胸、決意。彼女の行動は結果が分かっているモノからすれば、見当違いも甚だしいが、その自身を顧みずに友のために心血を注ごうとする行動に素直な好感を覚えた
「ふむ、良かろう。あくまで簡単に、じゃがな。具体的なことは絵梨本人が話せる時に聞いてやってくれ」
「よろしくお願いします」
この心意気には応えてやらねばなるまい、そう思い返した照は、不自然にならない程度に、そして詳細を伝え過ぎないように出来るだけ掻い摘んで、知っている事だけを伝える風を装って、桃に話し出した
「――――と言った具合じゃな。いや、大変じゃったぞ?ワシも相応に武術を修めているが、あの年で悠のあの剣技は凄まじいの一言じゃな。あれは生まれた時代か世界が違ければ、世に名を轟かせる大剣豪になったに違いない」
「あははは、悠ちゃんの剣道ってそんなに凄いんですか。私、ちゃんと見たことが無いからよく分からないんですよね」
「本当に凄まじいぞ、あれは」
一通り、基本的には見ていただけ、と言うスタンスの説明をしながら、最終的には悠としのぎを削った話で締めくくる
実際のところは照が終始圧倒していた戦いであったが、その実、照は悠の事を大絶賛していた
16の歳で、人間としてたどり着ける剣の極致の領域に既に身を置いているのだ。あれがひと皮剥け、『本物』になった時、どれ程の剣技を見せるのか、照はその想像に心を弾ませていた
対する桃は武術どころか武道にも身を置いていない正真正銘の文系少女。照も悠もケンカが強い程度のふんわりとした認識で、熱く語る照の話を聞いていた
「さて、後は本当にワシは殆ど関わっておらんのでな、香と絵梨に聞いとくれ」
「ありがとうございます」
そこから先の話は本当に照は置いてけぼりにされてとんとん拍子で進んだ領域なので話すことすら出来ない。話せるのはここまで、と締めくくると桃も納得したように頷いていた
「……して?ワシは信用に足りたかの?」
「少なくとも、話を聞く限りでは」
「ハハハ、手厳しいの。その信頼に沿えるよう、精進しよう」
動揺を誘うつもりで投げかけた言葉も見事にいなされ、厳しい意見をいただいたところで照は声を上げて笑う
怖気づきもしないとは恐れ入る。そう思いながら、手を繋ぎながら隣を歩く少女の認識と評価を『ただの人間の少女』から『お気に入りの娘っ子』へと格上げした照であった




