のろい
絵梨の失踪騒動から数日
あの後高嶺家に戻った悠と郁斗が両親にこっぴどく叱られ、絵梨の無事とどういった状況なのかを珠代に伝えると大人たちはそれなら良かったと胸を撫でおろしていた
勿論、二人が見聞きしたことをそのまま伝えるのではなく、絵梨が身を寄せてそうな場所に心当たりが出来たので訪れて見たら絵梨のことを保護している女性二人に出会った
絵梨は不審者に付きまとわれていたのでそのまま女性達の下に身を寄せていて、アパートに帰っていないのもそのせいだと、それっぽい嘘と少々の真実で大人たちを上手く騙せたのは中々に華麗な手際だったと言える
この事を考えたのは郁斗で、悠は横でうんうんと頷いているだけだった、と言うのは予想するのに難しくない事だろう
「この度は、私達の勝手な行動で大変ご迷惑を……」
「いえいえ、この子を保護してくださって本当にありがとうございます。物騒な事が続いていたから私達も過敏になってしまって」
「仕方ありませんよ。それで一つご相談なんですが……」
そうして数日後、再び高嶺家に親たちと絵梨の保護者的立場の珠代、そして絵梨を保護したという事になっている香が訪れて、その件について謝罪やお礼などの大人の話が行われていた
「はい、何でしょうか?」
「その、不躾ながら絵梨ちゃんが置かれている家庭環境は本人から聞きました」
「それは柏木夫妻、絵梨さんのご両親による養育放棄とそれに連なる虐待行為についてという事でよろしいですか?」
「はい」
その和やかな雰囲気で進む大人の話し合いで香は珠代に一つの提案をしたいと言う
郁斗の父、夕貴は家庭環境について聞いたと言うが具体的にどの辺なのかを確認するとその先を促すように香の話を聞く姿勢へと戻る
「正直、絵梨ちゃんを取り巻く環境は劣悪と言っても良いと思います。本当に死なない程度にお金だけを定期的に渡すだけで家から追い出したとも本人から聞きました。味方してくれる大人が遠い親戚の珠代さんだけだと言うのも聞いています。失礼ながら、珠代さんでは様々な事情から絵梨ちゃんを保護するのも難しいという事も」
「その件に関しましては、行政の方でも動き始めてはいます。他に何か妙案でも?」
絵梨から一通りの事情は聴いていると改めて掲示した上で尚、提案できることがあると香は言おうとしているようだ
この件については育児放棄等の虐待に当たるとして、既に行政側が動き出しており、話を聞こうと市が柏木夫妻に連絡を取ったりなどしてはいるらしい
まぁ、こういった行政の活動は警察や行政指示的な強い強制力はなく、相手の任意での許可や同意が必要な為振るわないことが多いのも確かだ
「絵梨ちゃんの両親は絵梨ちゃん自身に一切関わりたくない、と言った体を取っているんですよね?絵梨ちゃんが何処で何をしようが、私達は関わらない、そういった姿勢を貫いていると」
「そうね……、あの親はそういう連中だね。たまに騒ぎ立てるだけ母親はマシだけど、父親に関しては親子だと言う事すら認める気はない節があるよ」
「ですね。担当の職員が何度か話を聞こうとしたみたいですが、関係ないの一点張りだったと聞いています」
「……とても人の親とは思えんな」
お腹を痛めて産んだだろう子供を一方的に虐げている柏木夫妻のそのやり方に、一同は顔を顰め、沈痛そうな面持ちで同じ親としてその行為を恥じ、怒る
子を、一体なんだと思っているのか
「保護すべき親は無関心を貫き、唯一親族で目をかけている珠代さんは家庭事情で絵梨ちゃんを預かれない。でしたら、私に絵梨ちゃんを預からせていただいても良いですか?」
「香さんが、ですか?」
そうして、香が提案したのは自身が絵梨の保護をする、という事だった
「里親になる、という事ですか?」
「いえ、そういう事ではなく。彼女に大人が管理したちゃんとした衣食住の場所を私が提供し、親ではない大人の庇護の下、彼女が自立するまで面倒を見ます。という事です」
香が提案したのは、親権を得たり、暫定的な保護者として絵梨を保護し、絵梨が自立するまで面倒を見る、という事だった
自身の稼ぎや今住んでいる物件なら絵梨一人くらいなら養える事、ここからそう遠く離れていない事など幾つかのメリットを示した香はどうですか?と周囲の大人たちを眺める
実際のところは審判に狙われている絵梨を可能な限り自分たちの手の届く範囲に置いておいておきたいのが真実だが、絵梨が置かれている家庭環境を鑑みて、と言うのもまた事実
その後しばらく大人たちの話し合いは続き、また後日、行政側の担当者も交えてこの件は絵梨を保護する協力者として、正式に稼働することとなる
その際、絵梨の両親にも話は言ったが、本人達が相変わらずの無関心を貫き、絵梨は無事に香たちの住む貸家へと引っ越すことが決まったのだった




