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俺を返せ!!  作者: 伊崎詩音
プロローグ
10/206

どうしてこうなったのか

「髪梳くのって結構気持ちの良いもんなんだね」


ポリポリと沢庵を食べながら悠は唐突にそう呟いた。髪の毛を引っ張られて最初は鬱陶しかったが、しばらくすると妙に心地のいいものに感じる


今まで髪の毛が短いため分からなかったが、成る程女子が髪を手櫛ででも梳いたりしている気持ちが何となくわかったような気持ちになる


「気持ちも良いし、髪にも良いことなのよ。頭皮のマッサージにもなるし欠かさず必要な時は必ずやりなさい」


「はーい。これならやっても良いかも」


実際、髪を梳くのは見てくれだけではなく髪そのものや頭皮にも良いことがあるらしい

桜が具体的に語ることは無かったが、髪を人一倍気にする人が言うのだからきっとそうなのだろうと納得し、悠は間延びした返事をして朝食を食べ進める


「あ、今日郁斗君が来るわよ。身だしなみは整えておきなさいね」


「えー、郁斗なんだから良いじゃん」


「ダメよ。男の子の時にも言った覚えがあるけど親しき仲にも礼儀あり、家の外の人に会うんだから身だしなみはしっかり整えなさい」


「めんどくさいなぁ」


親友の郁斗が会いに来るというのは昨日の晩に決まったことで悠は知らなかったが、身だしなみの事を桜に諭され、露骨に嫌な顔をする


幼稚園の頃からずっとつるんでいるいる幼馴染である。お互いの恥ずかしい過去も知ってるし、嫌いなことや苦手なこともその逆もバッチリだ


そんな気心の知れた仲である親友が会いに来るとの事で着替えるのも面倒だししなくていいかな、なんて考えていた悠は最終的には桜に言いくるめられて渋々着替えることとする


勿論、朝食やその他歯磨き等を終えてからになるが


「ご馳走さま」


「お粗末様。食器は片付けておくから早めに着替えておくように」


「へーい」


再度釘を刺されて、面倒だなと後頭部をポリポリと掻きながら一先ず悠は洗面所に向かう

その時、台所に行っていた母がひょっこり顔を出してついでにもう一言


「悠ちゃん、そういえば昨日お風呂入ってないでしょ?洗面所行くついでにシャワー浴びてきなさい」


「はいは、い……?」


そう言われて、返事をしたところで悠は固まる

この身体で、シャワー?、無理では???


この結論まで約3秒。悠には荷が重い、無理である

童貞チェリーボーイにはこの身体は色々と刺激が強いし謎の罪悪感と背徳感が半端ないのだ。裸も無理ならば身体を触るなど以ての外


「無理」


「変なことしてないでさっさと入って来なさい。剥いて放り込むわよ」


放り込まれた






「無理!!無理!!恥ずかしいって!!?」


「自分の身体でしょ!!これから毎日洗うんだからさっさと慣れなさい!!」


「無理!!」


「これだから童貞はめんどくさいわね!?」


「ど、童貞ちゃうわ!!!」


高嶺 悠は童貞である。


閑話休題



無理だ無理だと騒いだ挙句、裸にひん剥かれて浴室に叩き込まれた悠はバスチェアーに座りながら体を抱え込むようにして丸くなっていた


顔はもう真っ赤である。鏡なんて見るどころか目すら開く気もない


この様子に桜は大きなため息をついた


「無理って言うけど、悠ちゃんは普段どのくらいお風呂に入ってたかしら?」


「……1時間程です」


「そんなお風呂大好き悠ちゃんが、これからお風呂に入らない生活が出来るのかしら?」


「……無理です」


世界で見ても稀な綺麗好き民族の日本人の多くは毎日お風呂にだけは入りたがる。欧州各地では数日に一回、シャワーを浴びるらしいのでその頻度はかなりの物だろう


悠も勿論日本人、そして何を隠そう大のお風呂好きである。シャワーだけはNO、入らないなど普段なら言語道断で1時間の男性にしては長風呂の悠に今更お風呂に入らない生活など出来ない


「今すぐ出来る様になるのは無理なのはお母さんも分かるわ。でもね、これは悠ちゃんの問題なの。悠ちゃんが解決しないと行けないのよ」


「分かってる」


「じゃあ早い内に慣れちゃいましょう。髪の洗い方と身体の洗い方、その他諸々教えてあげるから。あ、出来る様になるまではお母さんとお風呂ね♪」


「……うっす」


慣れないし恥ずかしいし分からないしの三拍子そろった現状だが、悠はこの状況に順応する必要がある

女の子になってしまった以上どうしようもないのだ。慣れる必要がある、女の子の身だしなみの整え方、と言うものを覚えておかないと後々痛い目を合う、そう悠は目が覚めたその日に忠告されていたりする


はみ出し者は爪弾きにされやすい日本だが、その中でも女性のグループと言うのは恐ろしいもので気が付いたら気に食わないという理由だけで孤立しているようなこともある


その標的の定め方は様々だが、身だしなみを整えていないものは真っ先に後ろ指を指されることになるのだろう

必要最低限、女子としての生活の基本を覚えることを悠は約束していたのだ

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