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第7話 重ねる嘘


その日の作戦会議とその次日の作戦会議を経ていよいよ作戦を決行する日がやってきた。


今まで妻に重ねてきた嘘も今日の作戦が成功すれば正当なものとなるはずだ。


当然、成功しても赤石さんに口止めされている以上紗枝に話すつもりはない。


俺は今日も妻の紗枝に嘘を重ねる。だが、それは赤石さんを助けるためなのだ。


隠し事や嘘が絶対の悪と言う人はともかく、神様が少しでも寛容であれば俺の嘘も許されるはずだ。


そうでも思わないと俺は紗枝に嘘をつき続ける罪悪感でボロを出してしまいかねなかった。


「あなた……今日も遅いの……?」


「今のプロジェクト実は少し問題が発生しちゃってね……

 はは……責任者の俺は何とか尻拭いしなくちゃならなくってね!」


明日になれば、きっと時間が取れるはずだ。


嘘をつくのはこれが最後だ……


しかし、罪悪感からか俺は昨日紗枝の好物のケーキを買ってきていた。


「あとさ……最近はちょっと申し訳ないと思ってさ……

 紗枝のさ……好きなあのケーキ買ってきたんだ、修斗の分もあるからさ!

 冷蔵庫にしまってあるから良かったら……」


「いらない……」


「え……」


低い声で睨み付ける様に俺を見て、一言で俺の善意が全て切り捨てられる。


「いらないって言ってるの!

 こんなもん買ってくるくらいなら、少しでも早く帰ってきて家事でも手伝えって事!」


紗枝が喜ぶと思って買ってきた俺の思いを踏みにじられた気がした。


俺も腹を立てて言い返した。


「そ、そんな言い方ないだろ……

 おまえのために買ってきたんだぞ!」


「私は頼んでない!

 頼んでるのは早く帰ってきて家事をするなり、修斗の勉強見るなりする事!

 ほらもう会社に行く時間でしょ! とっととあなたの好きな会社に行けば良いんだわ!

 会社に尽くしてるくせに……40代後半になっても課長クラスで報われないその会社にね」


そう罵られた瞬間俺は黙って扉を開き、思い切り扉を閉め、逃げるように家を出た。


自分が最も触れられたくない事を触れられた……


普段、憎まれ口や俺の悪口は隠さない妻だが、その事を言うのだけは避けていると思っていた。


そうだ……俺は40代後半になっても課長どまりの男……昇進の目途だって今の所立っていない……


同期の中にも多く俺より上の立場の者がいっぱいいる。


俺がそれを気にしているのは紗枝も知っているが、その事だけは言わなかった。


給料も少ない事にも目を瞑ってくれていた。


だが今日の朝は妻の気が立っているにしても俺が本気で傷つく事を言ってきた。


家の事をおざなりにしてしまって妻をイラつかせたのだから俺にも非があることは分かっている。


それでも妻のためにケーキを買ってきたのに、いらないと言われここまで言われてしまったらこみ上げてくる気持ちを抑える事が出来なかった。







「ママー! パパと喧嘩したの?」


「そうじゃないわよ……ちょっと最近ムカついてたから……

 でも、ちょっと言い過ぎたかも……」


「仲直りできると良いね!」


「ありがとう……修斗は優しいわね

 あと、今日の夜はパパが買ってきたケーキがあるから

 おやつとか今日はあんまり食べすぎないようにね」


「えっ!? パパがケーキ買ってきたの? 

 やったー! ケーキ! ケーキ!」












朝、紗枝に言われた事を気にしながら仕事をしていたが、しかし俺にはやる事がある。


俺は赤石さんと会う前に社員用のトイレの洗面所で顔を洗って気を引き締める。


こんな調子では赤石さんに迷惑をかけてしまう。失敗すれば赤石さんに何が起こるか保証はない。


だからこそこの気持ちを引きずったままではいけない。


顔に冷水を打ち付ける度、自分の中から次々湧いてくるやり場のない熱い感情が徐々に熱を冷ましていく様に感じられた。


そして、もう一度自分が今すべきことを見つめ直す。


そうだ、俺が今すべき事は紗枝に言われた事を気にする事じゃない。


赤石さんをストーカーの手から守ることだ。


同じ部署の部下で俺の事を慕ってくれる人だ、見捨てるわけにはいかない。


仕上げに俺は自分の頬を思い切り叩いた。


「大原さん、どうしたんすか?」


後ろから用を足した同じ部署の男の部下が俺の様子を見て不審に思い声を掛けてきた。


「いや、これからちょっとやることがあって

 気合を入れていたんだ!」


「そうっすか、それじゃあ自分はこれで失礼するんで

 お疲れ様でしたー!」


「ああ、お疲れ!」











「大原さんお疲れ様です!

 それと……来てくれてありがとうございます!」


「ああ、お疲れ……段取りは昨日決めた通りで良いよね」


赤石さんはその言葉に黙って頷く。


ストーカーと会う場所はこの場所からそう遠くはないファミレスである。


そこに赤石さんが先に入り、俺はしばらくしてから入り他人の振りをして近くに座る。


これが最初の段取りであった。


赤石さんによれば木曽は何をしでかすか分からないので、できるだけ近くにいて何かあった時に備えると言う判断だ。


木曽に俺の顔が割れていなければ近くにいても不審に思われる事はないだろう。


赤石さんも後方を良く確認して待ち合わせ場所まで来たらしいので、今尾行はされていない事は確信しているようだ。


「それじゃあ私はファミレスに行きます

 約束の時間よりそれなりに前ですが

 近くに木曽がいるかもしれません、なので遅れて来てください」


「うん、分かったよ!」


赤石さんの指示に従い僕はその場でしばらく携帯を見ながら時間を潰した。


しばらくすると赤石さんからメールの着信が届く。


『そろそろ、出発してください(*'ω'*)』


女の子らしい可愛い顔文字も届いたので、ファミレスに歩みを進める事にした。


遅れてファミレスに入店して、自然と赤石さんに近い席を選んで座る……


俺は不審に思われない程度に店内に見回す。


奥の席に赤石さんの姿を見つける。


向かい合っている男は、眼鏡を掛けて机の上にはPCを置いている。


見た目はどこにでもいるインテリ風の男だった。


赤石さんの話だと木曽と言う男は不良で無職の屑男だと聞いていたのでイメージと一切かみ合っていなかった。


これなら最悪、フィジカルが物を言う場面になったとしても何とかなるかもしれない。


とは言え人を見た目で判断してはいけない。慎重に動く事にこしたことはない。


俺は自然に赤石さんと木曽の二人の近くの席に座り、二人の会話に耳を傾ける事にした。


その事に赤石さんも気づいたのか、木曽に気づかれないようウィンカーをする様に素早いウィンクをしてきた。


「赤石、分かってるよな

 俺の言う通りにすれば悪いようにはしない……

 今日おまえが俺に用意するもの持ってきたよな……」


「……ええ……もちろん……」


赤石さんは持っていた鞄を木曽に渡した。


「おっ、入ってるじゃん……

 どれ約束の額は……」


「こんな所で数えるのはやめて!」


「確認しないと受け取れないだろ

 偽札かもしれねぇし、ちょろまかしてる可能性もあるしな!」


赤石さんと木曽の話はどんどん進んでいく。


作戦を会議をした時に想定した進み方だった。


俺は注文を伺いに来たウェイトレスにコーヒーとデザートを注文しながら聞き耳を立て続ける。


「まぁ良いか……後で確認すれば良いもんな

 おまえに払ってもらうのは金だけじゃないし……その時にな」


木曽の下衆な発言に苛立ちを覚えるがここで立ち上がって木曽に殴り掛かったらすべて水の泡だ。


俺はそれを堪えてコーヒーとデザートを待ちながら話を聞き続ける事にした。


「今日の予定は……メールで決めた通りよね……」


「ああ、そうだ

 それ以上の事はしてもらうつもりはねぇ

 おまえは俺に毎月金を払って、俺が会いたいと言ったらどこでも同行してくれりゃ良い

 そしたら全部黙っていてやるよ」


「そう、分かったわ」


「まぁ……そう辛気臭い顔すんな!

 ゆっくり……高校の事でも話そうや……

 まだ他のとこ行く気分にならねぇしな」


赤石さんは誰のせいで辛気臭い顔をしているんだと木曽に問い詰めてやりたいが、それをしたら全て台無しだ。


その後コーヒーとデザートのプリンが届き、仕事終わりのティータイムを楽しむ中年の男を演じつつ。


後ろの二人の雑談に耳を傾け続けた。


それからしばらくは高校時代の思い出を木曽が一方的に話し続けていた。







それからどれくらい経っただろうか。


コーヒーとプリンを完食してしまっていた。


周りから見てそれではずっと呆然としているように見えるのは不自然である。


なのでコーヒーのおかわりを頼んだのだがそれももはやなくなろうとしていた。


木曽は赤石さんともう1人の仲間の話をやめる事はなかった。


「んでよぉー! あの時の飛騨ったらなかったよなぁ!

 ちょっとのいたずらのつもりだったのに怒って帰っちまうんだからよ!」


「ええ……そうね……」


これでは同窓会をやっている人たちの話を盗み聞きしているだけである。


しかし、ここで赤石さんから話題を切り出す。


「ねぇ、そろそろ本題に入らないのかしら?」


赤石さんも流石にしびれを切らしたのか、木曽に本題に戻るよう促していた。


「ああ! いやわりとすまん!

 そうだったな、本題だな!

 と言うかもうファミレスでようぜ

 なんだ、その……俺も込み入った話はこんな所でできないからな」


「さっきまで大きな声で色々話してたのによく言うわね?」


「うるせーぞ……おまえ自分の立場分かってるよな

 とにかく落ち着ける場所に向かう、おまえに拒否権はない!」


木曽は立ち上がって荷物をまとめて店を出る準備を始めた。


俺も少し遅れて赤石さんの後を追わなければならないので何時でも出られる準備をしていると……


「休憩のホテルだけど……私に提案があるんだけど

 私に任せてもらって良い?」


「はあ? いや……まぁ良いか

 どこでも同じだし、それくらいは俺も大人だから譲歩してやるよ!」


ここで赤石さんはホテルの場所を自分で提案する。


理由の一つは俺が見失ったとしても目的地が分かっているのだから、尾行がしやすい事が上げられる。


俺は赤石さんと木曽が立ち上がって、会計をする所を見守って赤石さんが店を出た所を見計らう。


そのあとすぐに俺も立ち上がり、会計へと向かった。






続く

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