第4話 カラオケで深まる関係
「カラオケのやかたで良いかな?
あんまり高い所だと財布もね……」
行きつけのバーから出て、少し歩いた所で安い料金のカラオケ店の前で立ち止まった。
俺がそのカラオケ店で3次会を開く事を提案すると、赤石さんは前のめりになってこう言った。
「そんな……大原さんだけに出させるなんて申し訳ないですよ!
バーの代金も大原さんが払ってくれましたし
ここは割り勘にしましょう!」
「いや……それは……ほらこう言うのは男としても上司としても……」
言いよどむ俺に赤石さんはこう言った。
「男の人に代金を持って貰えるのは確かに女性は嬉しいものですし
何より恋人なら自分が大切にされてるって思えるものです
でも……その為に無理したり、一方的に貰ってばかりと言うのは違うと思うんです」
真剣に話す彼女に眼を釘づけにされていた。
「だから今回は私にも払わせて貰えませんか?
お願いします
それに女だってずっと奢られてばかりと言うのも落ち着かないものですよ」
そこまで自分に気を使ってまで割り勘を頼む以上、男の意地や見栄を優先するわけにはいかないだろう。
赤石さんの案を受け入れてカラオケ店に入ることにした。
それにしても俺も40代後半になり、彼女は20代だ。
今の20代の女性はしっかりした良い女の子が多いのだろうか?
同年代の女性は男に奢ってもらう事が当然、そこに感謝はいらないと言う考えの割合が多数であった。
最もバブルの時代と今の不況の時代では金に対する考え方も違う。
そもそもあの時代でしっかり貯金をしていた人間がどれだけいただろうか。
年代が違えば価値観も違う、上司として若い世代の価値観を否定する様な上司にはなりたくないし、もっと理解する必要があるな。
カラオケ……上司と部下が行く場所としてはあまりにもナンセンスなので、俺は選ばないようにしていた。
年代が違えば当然歌う曲も違う。
お互いにそれが分かっているから、俺も最近の若い子で流行ってる曲を歌おうとして失敗する。
部下には選曲にも色々気を使わせて、楽しいはずのカラオケが楽しめなくなる。
だから俺は二次会でカラオケに誘うことは絶対にしない事にしていた。
勿論、これは昔の失敗談から来ている。
とは言え個室で二人きりで誰にも聞かれたくない事を話すためにカラオケの部屋を借りたので、1曲も歌わなくて問題ないはずだ。
「あの……本当に勝手で申し訳ないんですけど……
少し酔いが醒めてきちゃったので、今上手く言える自信がなくて……
何曲か歌ってからにして良いですか? そしたら上手く言えると思うので……」
「あぁ……良いよ!
時間はあるし、話せる様になったら話してよ
俺はずっと聞いてるからさ」
「ありがとうございます! 私さっきから大原さんに勝手ばかり言っていて……
やっぱり大原さんは優しいですね!」
さっきから赤石さんに褒められる度に喜んでいる自分がいる。
思えば妻から優しいだとか褒められる事も新婚の頃までで、もう子供が生まれてから何か褒められたり感謝の言葉を掛けられたことがない。
キャバクラやスナックなどの風俗施設には行かないので、40代の男にそういった言葉を掛ける異性は妻がいなければもはや存在しないだろう。
だからこそなのか赤石さんが掛けてくる優しい言葉はどうしても心に響いてしまう。
いや……赤石さんにはもっと良い男と付き合って欲しい。
40代後半で未だに課長クラスの冴えない男に本気で好意を持つと思う時点で自惚れが過ぎる。
そもそも俺には家族がいるのに……不倫なんてできるわけがない。
年上の上司と一緒にいる事も気にせず選曲も今の年代の曲を一生懸命に歌う彼女を見てそんな事を考える。
「やったー! 93点ですよ!!」
カラオケで高得点を取って何時もと違って子供っぽく喜んでいる赤石さんを見て微笑ましい気持ちになっていた。
「大原さんもせっかくですから1曲歌いましょうよ!」
「いや……俺は、良いよ……」
「あれ……? 大原さんにしてはノリが悪いですよ?
カラオケ店に来たのに1曲も歌わないなんて……」
確かにカラオケ店に来て1曲も歌わないのはおかしな話だ。
1曲だけでも歌うべきだろう。
俺はリモコンを起動して慣れないタッチパネルを操作して曲を探していく。
「最近はこんなのが流行ってるんだろう?
恋するリフレインアップルパイ」
「それ数年前に流行った曲ですよ」
あれ……最近だと思っていたのだが、時代の流れは早いものだ。
「あっ!……そうだ、最近妻の紗枝がはまってた……
サケダンス! 焦げるはアジだが薬味が引き立つの主題歌の!」
「うーん……私、大原さんが好きな曲を聞いてみたいです」
「えっ? 俺の好きな曲って演歌だし……妻からは呆れられてるけど
それで良いのかい?」
「演歌が好きなんですか!
大原さんの演歌聞いてみたいです!」
赤石さんは意外にも演歌に食いついてきた。
最近の若い子が演歌なんて聞いて楽しいのか疑問ではあるが……
俺は自分の十八番である、妻からは飽きられてしまった一番好きな演歌を入れる事にした。
やはり自分の好きな曲を歌うと言うのは気持ちが良い。
家族とカラオケに行く時の妻のまたそれかよムードもないので気持ちよく歌える。
赤石さんをふと見るとカラオケの画面と俺を交互に真剣に見つめていた。
「95点! 凄いですよ!」
「いやぁ……今日は上手く声が出ただけだよ」
今日は赤石さんの反応が良かったおかげか思った以上に声が出て、こぶしも良くきかせる事ができていた。
「大原さんの演歌すっごく上手でしたし
とってもかっこ良かったです!」
赤石さんはこの演歌を知らないだろう。
だが、知らない曲でもしっかりと聞いて褒めてくれるのはとても嬉しかった。
この時俺が歌い終わった時の妻の反応と赤石さんの反応を少なからず比較してしまった自分がいたのは否定ができなかった。
「えーと……その……私も覚悟を決めました!
今からその……本題を話しますね……」
この時俺の頭からこのカラオケに来た本当の目的がすっぽり抜けてしまっていた事に気づいてしまった。
演歌を歌う事と赤石さんに聞かせる事が楽しくてこの時だけは信じられない事に失念していたのだ。
「そうだったね、そのために来たんだったよね
その……じゃあ……話してもらえるかな」
続く