第3話 ストーカー
第3話 ストーカー
「木曽雄平……私の昔の知り合いです……」
赤石さんは絞り出すようにその名前を口にした。
「知り合いと言う事は昔関係があったんだね……
失礼かもしれないけど、どんな関係だったのかな?」
「そ、それは……」
彼女は答えたくはない事情がある様で口を閉ざしてしまった。
警察にも相談できないと言っていたので、何か言う事のできない事情があるのだろう。
「言いたくなければ言わなくても良いよ
何か深い事情がありそうだ」
俺がそう言うと赤石さんは急に立ち上がって頭を下げてこう言った。
「大原さんに事情を説明しないで
ストーカーの件だけ何とかして貰うなんて虫が良すぎますよね!
すみませんでした!」
彼女はしばらく頭を下げた後、俺の耳元に顔を近づけてこう言った。
「誰にも聞かれたくない話なので……その……
どこかで二人きりで落ち着いて話しませんか?
近くに休憩できるホテルがありましたよね?」
赤石さんの息が直接俺の耳に掛かり、甘い香水の匂いが鼻孔をくすぐった。
それは彼女の甘い囁きだった……しかし……
「そ、それは、流石に……
ほら! 俺も既婚者だから……
若い娘とホテルに行ったとしたら勘違いでもされたら……」
俺も四十代後半の子持ちの既婚者だ。
若いうちなら魅力的な誘いにもその気になって乗ってしまっても、失うものも多くはなかったかもしれない。
しかし、今は妻や子供もいる。
一時の感情で流されてしまう事で沢山の物を失ってしまう。
「大原さんってやっぱり真面目なんですね……
大原さんのそういうところって好きですよ」
「そ、そんな事言っても俺はホテルには……」
しかし、赤石さんはそれを遮ってこう言った。
「そうですよね……大原さんには大切な家族がいるんですよね……
奥さんに……息子さんでしたっけ?
写真で見せて貰いましたよね?」
「ああ……そうだったね……」
「良いですよね……ご家族の方は大原さんに守ってもらえて……」
「……え?」
赤石さんは突然目に涙を浮かべて、真っ直ぐに自分を見つめてくる。
「わ、私には……ま、守ってくれる人なんていないんですよ……
き、木曽の奴どんどんストーカーがエスカレートしてきて……」
「え、いや……あの、その……ごめん」
手で顔を覆って泣きながら訴えてくる赤石さんの様子を見て、俺は困惑しながら謝っていた。
傍から見れば俺が年下の女性を泣かせた様にしか見えない。
実際に周りから俺に対して突き刺すような視線を感じていた。
俺は赤石さんをこれ以上泣かせないためにも、俺は焦りながらもこう返した。
「で、でも、ほら! 赤石さんにも家族がいるんだし
まずはお父さんに相談し……」
「わ、私にはお父さんもいないんです……」
「え……」
「お父さんは私が小さい頃に亡くなりました
母子家庭で育ったのですが、お母さんも今はもういません
私には本当に守ってくれる人がいないんです……」
赤石さんは確かに他の人との会話を聞いていても、自分の事をぼかしている印象を持っていた。
きっとそれはこういった事情を隠すためだったのだろう。
つまり、目の前の女性は警察にも両親にも頼る事ができず1人で震えながら日々を過ごしているのだ……
「だから私には大原さんしか頼れる人がいなかったんです……
でも……仕方ないですよね、大原さんには本当に守るべき人がいますし」
「分かった……話を聞かせてくれないか
その、誰にも聞かれたくないその事情を……誰にも聞かれたくない場所で」
母子家庭で育った彼女が昔の知り合いとの間で何かしら深い事情があるのは推測ができる。
その話はきっと誰にも聞かれたくないはずだ。
「ただ、やっぱりホテルじゃなくて……カラオケの個室なんてどうだろう?
そこなら誰にも聞かれる心配なく話せるんじゃないか」
俺は赤石さんに場所の提案をした。
すると、赤石さんはしばらく考えた後にこう言った。
「そうですね……カラオケの個室なら大丈夫です
やっぱり真面目で誠実なんですね大原さんって……」
真面目で誠実……家族を背負っている以上、何か勘違いが生まれてもいけない。
そして、もし勘違い生まれたら赤石さんにも迷惑が掛かる以上軽はずみな行動はできない。
しかし、赤石さんに褒められる事に悪い気持ちはしない。
「やっぱり誰かに見られて、不倫とか騒がれたら不味いからね
それに赤石さんもいくら誰にも話を聞かれたくない場所を提示するにしたって
恋人でもない男とホテルに行こうなんて誘ったら駄目だよ!
何が起きるか分からないんだから」
「……私は大原さんとなら何が起きても良いんですけどね……」
「え?……」
「何でもないですよ! じゃあ3次会と言う事でカラオケに行きましょう!」
続く