第1話 白紙になった未来
四十代後半の不倫旦那様
第1話 白紙になった未来
「あなた、これ...どういう事なの?」
目の前には、自分自身の先ほどのやり取りが映し出された携帯と、鬼の形相でこちらを睨む妻の顔。
後方には、半開きのドアから不安そうな目でこちらの様子を伺う息子の姿。
「違うんだ!これは......その......」
咄嗟に否定の言葉を吐き出そうとしても言い訳が言葉にならずに、喉元でつっかえて泡の様に消えていく......
ふと、何故こんな事になってしまったのかを自分の胸に問いかける。
すると、胸の奥の光景はある数か月前の出来事を映し出していた。
2ヵ月前の事である。
今日は自分が担当するプロジェクトが無事成功したので、その祝賀も兼ねて飲み会をする事になっていた。
俺は大原博。この会社の課長で、既婚で子供が一人いる。
会社では常に残業をし続け、仕事に明け暮れ、妻には尻に敷かれている。
一般的な中年サラリーマンと言えるだろう。年齢は46。
おっさんと言われる事には慣れてしまった。
自己紹介はさておき、俺はさっさとデスクに残っている残りの仕事を片づけ、部下に声を掛ける。
「おまえら今日まで本当によく頑張ってくれた、今日はまぁ...俺の奢りで楽しんでくれ
と言う事で今日の業務は終わりだ!さっさと準備して店に向かうぞ!」
比較的ノリの良い若い社員も多いので、俺の一声に喜びの声を上げた。
最近の若者は飲みニケーション、すなわち、お酒を飲む事でコミュニケーションを図る事をおろそかにしがちだと聞く。
俺としてはノリ良く参加してくれる人が多いことに喜びを感じていた。
勿論、最近は若者に行き成り幹事をやらせたり、こう言った場では上の者が奢ることが当たり前と言う事も分からない上司も多くなっている事もあるのだろう。
「大原課長、有難うございます。」
「いやいや、お礼なんて結構だよ!君もよく頑張ってくれたんだし今日は楽しもう!」
この娘は途中からこのプロジェクトに異動してきた赤石さんだ。
礼儀正しくて、何時も俺に対する挨拶やお礼を欠かさない。
「いえいえ、そんな......その......大原課長にはお世話になりっぱなしで本当に感謝しています」
「いや、本当お礼は良いって!大した事はしてないよ」
肩まで綺麗に伸びた黒だが、光に当たると少しセピア色に見える綺麗な髪。
女優の様な小顔で整っており。他の男性社員からも人気の高い。
周りからの人気もある若い女性社員だ。
しかし、この娘は俺に対しての挨拶や礼は欠かした事がないし、会議の時も彼女からよく視線を感じることも多い。
もしかすると、俺に気があるのかもしれない。
昔だったら、短絡的にそう考えてしまうが冷静に考えて俺は46のおっさんであり、彼女は20代。
それに俺には妻もいて既婚で、その事は赤石さんは知っているはずである。
しかし、それでも舞い上がらずにはいられないのが男の性と言うものなのだろうか。
俺は赤石さんの事を考えながら部下を引き連れて飲み会の会場へと向かったのだった。
「ひっく...うう~...少し飲みすぎたかな...」
予想以上に盛り上がってしまい。若い男性社員でも寝始める者も出てきたので飲み会はお開きとなった。
ノリは良くても、最近の若いのは肝臓を鍛えていないから駄目だ。
まさか、1回戦で敗退してしまうとは面白くないと思ってしまう自分がいた。
俺も若い頃無理をして肝臓を悪くした事があるので、無理に誘う事もしたくはなかった。
本当なら終電間際まで飲んで帰るつもりだったが、こうなってしまった以上仕方ない。
久しぶりに妻への家族サービスをしに帰るかと思い携帯を取り出そうとした時、ふと後ろから声が聞こえた。
「大原課長......」
赤石さんだった。もう帰ったものかと思っていたが、どうやらまだ周辺にいたらしい。
「赤石さんどうしたんだい?男どもが情けないから二次会はないよ」
赤石さんは中々お酒に強く、何杯飲んでも顔に出ることも酔っぱらっている様子もなかった。
しかし、何故か今の彼女の顔はほんのり紅く染まっていることに俺は気づいた。
「その......相談があるんです。その......私たちだけの二次会をしませんか?......」
その言葉の誘惑と、後輩の相談には乗ってあげたいと思う良心に俺は負け、妻へと打っていたメールを『白紙』へと変えた。
俺は無言で頷き、近くにお勧めのバーがあると言って歩き出した。
これが今の地獄のような状況へ至る、最初の一歩であることを知らずに...
続く