金魚鉢
ふと金魚が頭に浮かんだので、書いてみました。
前作と一緒で、ノリと勢いで作成したのでクオリティーは……だと思います。
暇潰し程度にはなりますので、良ければお読み下さい。
私にはお友達がいます。小さな頃から部屋を出た事がない私の、唯一のお友達。
いつから部屋にいるのかは全く覚えていません。気づけばそこにあなたはいた。
ドレスの裾のようにひらひらふわふわとした尾びれ。あなたは赤い綺麗な金魚でした。
小さな鉢の中を泳ぐあなたは、広い部屋の中にいる私と似ていました。
その鉢の中にはあなた以外いない。この部屋の中には私以外いない。ね? 似ているでしょう?
「私たち、名前がないところも一緒だね」
あなたは、「そうだね」と返事をしたみたいに私の目の前で止まった。
気づいた時にはこの部屋で独りぼっちだった私は、あなたが来てくれた時うれしかった。
もう少しで、喋り方を忘れてしまいそうだったから。
「あなたが人間だったら良かったのに。そしたら、もっとお喋りできるわ。もっと楽しくなれるのに」
あなたは、「それは無理だよ」と言うように顔を背けてまた泳ぎだした。
私は仕方なく床に座って絵本を広げる。
文字は誰かに教えてもらったのかもしれない。じゃなきゃ、絵本なんか読めないもの。
この部屋には絵本がいっぱいある。その中で私が好きなのは、女の子2人が仲良さそうに遊んでいる絵本。
この本を読むと、どうして私にはお友達がいないんだろうと考えてしまう。その時必ず、あなたは水を尾びれではじく。ボチャンという音で、私はあなたがいた事を思い出す。
「ごめんなさい。あなたが私のお友達だよね。忘れたわけじゃないのよ。ただ、少し悲しかったの。このお部屋から出られないのは、すごく退屈だから。…ねぇ、あなたは知ってる? 私がこのお部屋にいる理由」
あなたは、「知らない」と言うようにまた泳ぎだした。さっきからこれの繰り返しだ。
自分の事がわからない。あなたの事もわからない。それがとても怖い。
この部屋から出て、自分の事を調べればいいんだろうけど、それはできない。扉には鍵がかかってた。
私をこの部屋にいれた人物は、私を部屋から出したくはないらしい。
どういう理由であれ、私はこの部屋を出たいのに。
あなたが話し相手になってくれたら、どんなにいい事だろう。あなたが人間になってくれたら。いや、人間じゃなくても構わない。その姿のままでもいいから言葉が話せたら。
考えたって仕方がない事なのは、わかっている。でも考えずにはいられない。
私は寂しいのだ。誰もいないこの空間が怖いのだ。…泣いたって、誰も声をかけてくれない世界が嫌なんだ。
「…あなたは、寂しくないの? 私は寂しいな……。広い世界の中で独りぼっちって感じで……。外ってどんな感じなのかな? 人間がいっぱいいたりするのかな? …行きたいなぁ。外」
床に寝転びながら、どこを見ているわけでもなく目を動かして。
ポツリと零れた最後の言葉は、広い空間に寂しく溶けていった。
ゆっくり目を閉じて想像する。
もうすぐここには誰かがやって来て、とても賑やかになる。
この間までの静けさは一切なくなって、すごく楽しい空間になる。
想像する事は楽だ。自分が欲している物を考えればいいだけだから。
でも所詮は偽物。目を開けたら、何も変わらない風景がぽっかりと口を開けているだけ。
「…寂しいな……」
もう一度目を閉じた時、私の意識は夢の世界に溶け込んでいった。
夢の世界であなたは人の形をしていて、私と手を握っている。
とても楽しそうに笑って、絵本で見た事があるような“遊園地”というところに行く。
いつも無表情だったあなたの笑顔は愛らしくて。私も心の底から笑った。
とても心がほんわかする。これが楽しいという気持ちなのかもしれない。
でもこれは所詮ただの夢。私が作り出したおとぎ話。
でもいいの。今だけなんだから。だからずっと、もっと、長く、夢が続けばいい。
現実の寂しさを忘れるように、夢に逃げよう。
そうしたら私は、幸せでいられる。そうに違いない。
そして目が覚めた時、また寂しくなるんだろう。
誰かに身体を揺すられた気がする。
変だな。この部屋には私とあなたしかいないのに。
これもきっと夢だ。寂しい私が作り出した幻想だ。
でももう一度身体を揺すられた。…おかしいよ。
ゆっくり目を開ける。すると目の前には、夢の中の姿そのままのあなたがいた。
……これも夢だろうか。やけにリアルな夢だ。
あなたはにっこり笑って紙に何かを書いた。
『ごめんね。声が出せないの。あなたのしゃべり相手になれないの。ごめんね』
もう幻想だっていい。喋れなくてもいい。あなたが目の前にいてくれるなら。
つかの間の嘘なら、騙されていたい。少しでいいから、あなたと遊びたい。
「ううん、いいの。独りぼっちじゃなかったらいいの。誰かと一緒にいたかっただけなの。ごめんなさい。ありがとう」
私が手を差し出すと、あなたは手を握ってくれた。
水の中にいるみたいにひんやりとした手の温度。
あなたが金魚だという確かな証拠。金魚鉢には誰もいない。
神様なんていないと思ってた。でも神様って本当はいるんだね。
一緒にいてくれる人がいるなんて、なんて幸せな事なんだろう。なんて嬉しい事なんだろう。
『あのね、いつも読んでる絵本。読んでほしいな』
「もちろん。何冊でも読んであげる」
あなたが望むならいくらでも。何回でも。
もう寂しいなんて思わないくらいに。
『この女の子はしゃべれていいね』
「そうだね。私もあなたとお喋りしたいなぁ……。あ、今のあなたじゃ嫌ってわけじゃないのよ?」
『わかってるよ』
夢の中での出来事みたいにあなたと笑う。あなたの笑顔は夢と一緒で愛らしかった。
そうやって、何日か遊んだ。あれは夢じゃない。本当の事。
いきなりこんな幸せな事が起こると人は怖くなるのね。この幸せがなくなるんじゃないかと思うから。
あなたは相変わらず私の隣で笑うの。でもね、何かがおかしいわ。
あなたは変わらないのに、私が変わっている。身体の調子が悪いみたい。上手く動かなくなってきた。
何が起こっているんだろう。なんだかとても怖い。
『大丈夫? 今日はもう遊ぶのやめる?』
「ううん、大丈夫。もっと遊びましょう?」
変わっている事には目を瞑って、ただ変わらない事だけを見つめる。
それはいい事なのだろうか。怖い事、認めたくないものから逃げているだけではないのか。
いや、違う。それは夢なんだ。怖い事も認めたくないものも夢なんだ。そうにちがいない。
だってこんなに、こんなに幸せなんだもの。怖い事なんて一つもない。
ないはずなのに。
どうして身体が重たいの? どうして目が開かないの? どうしてこんなに眠たいの?
あなたが髪を撫でてくれる感触がする。「眠たいの?」と聞かれているようだった。
冷たいあなたの手。とても安心するはずなのに、どうして不安な気持ちになるのか。
「少し……、眠いの……。起きたら、また、遊びましょう………? 約束ね……」
あなたからの返事はなかった。それでもいい。起きたらまた会えるんだから。
―――変な夢を見た。
私は横向きに少し丸まって床で寝ている。その少し離れたところでは、金魚の姿のあなたが寝ている。まるで円を描いているような形で。
その風景を私は真上から見た。
こんなの夢なのに。なんだか悲しかった。どうしてだろう。
『おやすみ。また明日ね』
頭の中に言葉が浮かんだ。あなたの文字で。
夢の世界のはずなのに、私はまた意識が溶け込んでいくように眠りに落ちた。
ねぇ、夢を見たの。聞いてくれる?
あなたは金魚の姿に戻って、金魚鉢の中にいた。私も金魚になって、あなたと一緒に金魚鉢の中にいたの。
水の中って意外に快適で、私とあなたはまたいっぱい遊んだ。
あの時みたいに楽しく2人で。
くるくる、くるくるって水の中を泳ぎながらあなたと踊るの。
ずっと、ずっと。いつまでも。