倒せ! 異世界ヤンキー
どうやら、連中は話し合いの通じる相手ではないらしい。
冷静に話し合えばと考えていたが、大切な社用車をよこせと言われて、一瞬で気が変わった。
「その白い馬車は何だぁあぁ? ……魔法力を感じない……? 実に不思議だ。そのムチムチプリンな赤毛の女と、白い馬車……! どちらも置いていけば、お前の命だけは助けようぞ? ギヒヒヒ」
見るからに禍々しい魔法使いホルテモット卿は、全身から暗黒のオーラを迸らせた。青白い凹凸の少ない顔の中で、真っ赤な裂け目のような口だけがニィイイッと吊り上ってゆく。
「…………んだと……?」
俺は思わず拳を握り締めた。
会社でクソな上司にダメ出しをされ、皆の前で無能と罵られた時以上に感じているのは、明白な怒りだ。
どうでもいいが、ボインちゃんとかムチムチプリンとか、コイツの言い回しがいちいち古臭く、会社のセクハラ部長の顔を思い出すのが苛立ちを倍増させる。
「よし、お前達……あれを奪えぁああ!」
ホルテモット卿は右手に持った指揮棒のような杖を振ると、背後の部下達に命じた。
ひゅんっ、と俺達に杖の先を差し向けた瞬間、夕日を背負い黒いシルエットで染まっていた悪漢達の目が、妖しく真っ赤に輝いた。
――操られているのか!?
「「「ヒィアハアアア!」」」
一斉に叫び出した悪漢どもは、およそ10人。
世紀末ヤンキーのような手下達は、全員が筋骨隆々、モヒカンやスキンヘッド、身体のあちこちに恐ろしげなタトゥが彫られている。
上下おそろいの黒い革製のトゲ付きジャケット姿だが、何処かで売っているのだろうか?
目つきもガラも悪く、何より頭も悪そうだ。コンビニの前にタムロしていたヤンキーという亜人種を思いだす。
男たちは、手にした武器を地面に叩きつけたりして俺を威嚇しはじめた。
「シャァアアアコラァ!?」
「ブッコロシャァアア!」
「ヤッカテメ、ア!?」
「ンダクラァ!?」
ドン! ズシッ! と重々しい衝撃音が響く。悪漢どもの武器は、メイスや金棒やハンマー、大型の剣など様々だ。
暴力的狂気を帯びた声と音が、無人の村に響き渡った。
全員が俺にガンを飛ばしながら、顔を上下にガクガクさせるのは、世界共通のヤンキーアクションなのか?
「ライガ、あれと話し合うの?」
パトナが呆れたように聞いてきた。
「いや、まぁ……作戦変更だ」
俺は慌てずにチラリと周囲を確認する。
社用車の後部座席では、村長の孫娘リリナが身を潜めている。橋の下に馬を隠し、そこから車の後部座席に乗ってもらったのだ。
俺とパトナが悪漢どもと対峙しているのは村の入り口、関所のような場所だ。
何軒かの店や宿屋風の建物が軒を連ねていて、村の玄関口のようだ。だが今は、どの建物も例外なく雨戸を硬く閉ざしている。
漆喰で塗り固めたような壁に、西洋の農村地帯で見るような伝統的な茅葺の屋根の造り。本来は牧歌的で、のどかな村だったはずだ。
それを我が物顔で荒らし、リリナのような可愛い少女を泣かす連中を、俺は許すことが出来ない。
以前の世界のコンビニ前を占拠し、好き放題にしていたヤンキーどもが思い出されて、メラメラと怒りが沸き上がる。
と、家々の閉ざされた窓が少しだけ開き、人々が顔を恐る恐る覗かせた。その表情はみな一様に怯えている。
「作戦変更?」
パトナが相手に視線を向けたまま、小声で聞いてきた。
「あぁ。今なら村人も家の中だ。クラクション攻撃で、あの腐れヤンキーを再起不能にするんだ。魔法使いはその後だ。……なるべく連中を村から引き離そう」
村の手前には、馬車を停めたり荷物を集荷する為の広場が見えた。幅は400メートル奥行き300メートルほどの平坦なグラウンドのようなイメージだ。
あそこに誘導すれば、この社用車の機動性を失うことも無いはずだ。
「じゃ行くぞっ!」
「うんっ!」
俺とパトナは踵を返すと、ダッ! と一斉に運転席と助手席に乗り込んだ。
バタムと両のドアを同時に閉めて、内側からロック。
密閉された空間は、まるで鎧の中にいるような安心感がある。車というものは人間が作り出した鎧であり、身を守るシェルターのようなものなのだろう。
バォン! とエンジンを回し、ギアを「R」に入れて後方へ走らせて、すぐさまカコッとギアを「D」へ。
「逃がすなぁああああ! 追えぇえええ!」
「「「シャァアアアアアア!」」」
バックミラーを見ると、武器を手にした悪漢達が一斉に追いかけてくる様子が見えた。
「うわ!? 来たよっ!」
「ほら、来いよバーカ!」
窓を開けて腕をふり挑発する。
「「んだくらぁああああああああ!?」」
ドドドド! と土ぼこりを上げながら殺到してくる様子に、俺は慌ててアクセルを踏み込んだ。
ジャリリリとタイヤが地面を蹴飛ばして、車体を加速させる。そしてそのまま広場の中央まで一気に駆け抜けて、今度はハンドルを回してターン。追いかけてくる悪漢達と対峙する位置で停車する。
「マテヤァア、ゴルァアアア!」
すでに距離は50メートルにまで迫っていた。
「パトナ! クラクション!」
「ほいさ!」
ピッという電子音とともに、フロントガラスに映ったクラクション設定表示が『通常』から『殺傷』という赤い文字に切り替わる。
一番近い民家との距離は300メートル以上離れているので、この距離なら村の人たちの耳が、音でダメージを受けることも無いはずだ。
「「「ブッコロァアアア!」」」
「「やっぞオラァアア!」」
あっという間に距離は25メートル。連中は手にした武器をそれぞれ振り上げて、口から舌やヨダレをだらしなく垂らしている。血走った目や、狂気に取り付かれたような表情までがはっきり見えた。
「くらえ……ッ!」
ブゥウウウウウウウウウウウウウウ! と、俺は思い切りクラクションを鳴らした。
「――ヒデェエブァアア!?」
「タラバァアアア!?」
「キテハァアアア!?」
悪漢達は次々と驚愕の表情を浮かべ、走りながらブッ倒れた。血管を浮き上がらせて白目をむき、前のめりに倒れてゆく。
最後の一人は両耳をふさいで絶えていたが、ゴファアア! と口から何かを吐き散らしながら崩れ落ちた。
俺は、連中の脳みそが完全にシェイクされる直前で手を止めた。相手はヤンキーだが再起不能程度でもいい。
「やったか!?」
後部座席で顔を手で覆っていた少女リリナも指の隙間からその光景を見て驚き、声も出ないようだ。
「全滅よ……! けど、あの魔法使いは!?」
パトナがはっとした、その時――
凄まじい衝撃と光が社用車を包み込んだ。
ビッシャァアアアア! という衝撃音と青白い光に目がくらむ。
「――きゃぁああああ!?」
「パトナッ!」
それが雷撃だと気がついた時――俺は見た。
西の大地へ沈んだ太陽の、残照を背にコウモリのように宙を舞う黒い影を。
『ギィヒヒヒ! 面白い……! 魔法の白い馬車よ……! 偉大なるワシの物にならぬなら、雷撃で……黒焦げになるがいい!』
いきなりの空からの雷攻撃。それは暗黒の魔法使い、ホルテモット卿だった。
「なっ……なにぃ!?」
次回……! 魔法使いVS社用車
【今日の冒険記録】
・再起不能:モヒカンの悪者×10
・所持金:3560円(日本円)
・所持品:使えないスマホ、中古PCパーツ、毛布、工具一式、ライター2個、トイレットペーパ、テッシュ
・ペットボトルの水×2
・走行距離:20キロ
・ガソリン残量:53リットル