遭遇、悪の魔法使い『あのお方』
俺とパトナは、馬で悪漢から逃げていた少女から事情を聞いた。
少女の名はリリナ。
村長の孫娘で15歳だという。
俺たちの見慣れない服装や車を見て、最初は少し警戒していたリリナだったが、コミュニケーション能力の高いパトナのおかげで話をスムーズに聞くことが出来た。
ちなみに俺だって社会人。常識やコミュ力は最低限持ち合わせている。
リリナの話によると、悪の魔法使いとその手下たちが突然やってきて、村の人々を家に監禁。食料や酒、そして女の人を無理やり奪い、村の中央の教会で好き勝手やっているらしかった。
この世界に来て、いきなりゴブリン退治に世紀末風悪漢の撃退と、立て続けに事件に見舞われている。
これがもうこの世界の「日常」だとでも言わんばかりの勢いだ。
つまり、常識がどうこう言っている場合ではないらしい。
ならば俺も異世界転生を成し遂げた一人として、自覚を持って行動するしかないのだろう。
それに――俺たちが今「力」を持っているのなら、困っている女の子や村の皆さんを、放っておくと言う選択肢は無いはずだ。
「あなたたちは本当に……慈愛の女神ボンキュート様のお慈悲を受けた救世主さまなのですね!? だからこんなすごい魔法の馬車に乗っているのですね!?」
リリナはキラキラとした瞳で、嬉々として社用車を眺め驚きの表情を浮かべている。
かつて、この車がこんなに喜んで貰えた事があるだろうか?
っていうか、ボンキュートっていう名前だったのかあの女神……。プークスクスだ。
「い、いや……その」
「そうよ! 私たちは異世界から来た超パワーの使者! だけど、お腹がすきました……」
ツナギ少女パトナはヘナヘナと車のボンネットにへたりこんだ。
「おいおい……」
とにかくパトナは腹ペコのようだ。ガソリンはまだ8割近く残っているので問題はないのだが、ナビゲータ人間のほうは普通に腹が減るらしい。
「すみません。おもてなしをしたいのですが、村は今……」
「だったら今すぐ取り返しましょ! 村を! ご飯を!」
「あの! 私、村を助けるために、どうしても……領主様の住む隣町、シャコターンに行きたかったんです」
「なるほど、助けを呼ぼうとしていたのか。あんな危険を冒してまで」
「……はい」
背は小さくて俺の肩ほどしかない。瞳の色はグリーンがかっていて、非常に利発で可愛らしい印象の女の子だ。
異世界に来て、初めて出会った「まともな」人間にホッとする。
そして、村人たちを助けようという真剣な思いを確かに感じ取った。
「パトナ、ちなみにシャコターンってどこだ?」
「えっとね……」
パトナが車のフロントガラスに地図を映して確認する。どうやら内側からでも外側からでも操作できるらしい。
「私たちの目的地はここから180キロ先南の『ヒューマソ・ガース』の街。けれどリリナさんが行こうとしている町は東に30キロ。すぐ近くね」
「近くなんてそんな! 馬でも丸一日かかってしまいます」
リリナの世界の基準なら確かにそうだ。馬はどんなにがんばっても長い距離を走ることは難しい。
だけど俺たちの車なら、時速60キロで走れば30分でつく距離だ。
どうやら決断の時のようだ。
パトナとリリナの目線が俺に向けられる。
腰に手を当てて深呼吸。わずかばかり考える。けれど、最初から俺の腹は決まっていた。
「よし、わかった! 俺たちが君の村を助けよう!」
そして、お礼に食料と水をもらうんだ。……できればお金も。
――お風呂もベットもね!
俺とパトナは瞳の瞬きでピコピコと会話する。以心伝心というやつだ。
意見が纏まったところで早速行動だ。
「そ、そんな! 救世主さまお二人だけじゃ危険です! 恐ろしい邪悪な魔法使いだけじゃないんです! さっきみたいな怖い人たちが10人もいるんですよっ!?」
涙目で俺に訴えるリリナ。余程、恐ろしかったのだろう。
「上等ね! 速攻でブッとばしてやるわ!」
「まぁまぁ。おちつけパトナ」
「がるる……」
キバをむき出しに村のほうを睨むパトナ。完全に空腹で凶暴化している。どういう仕様なんだコイツは。
「俺たちは文明世界から来たんだぜ? いきなり出会い頭に銃を撃つやつはいないだろ? まずは話し合いさ! 悪い魔法使いとやらの意見を聞いてみる。そうすれば何か納得できる解決策が、お互いに見つかるかも知れないじゃないか」
おぉ、俺って大人!
社会でもよくあることだ。意見が合わない相手でも、面と向かって話し合うとなんとかなったりするものだ。
それに、相手はゴブリンの盗賊ではなくて人間なのだ。
魔法使いともなれば、頭だっていいはずだ。いきなりドカンで戦って終りなんて、いまどきのゲームだってありゃしない。
まずは平和的に友好的に、大人の広い度量を持ってオープンな心で話し合ってみよう。
「そう、でしょうか……」
「まかせておけって!」
不安そうなリリナを再び馬に乗せ、テパの村へと案内してもらう。
隣町の領主様に村の窮状を訴えに行くのは、村を開放してからでも遅くはないだろう。一度追い払ってもまた別の悪者が来るかもしれないのだ。
何より、やがて日が暮れる。なるべく早くカタをつけて今夜のご飯と宿を確保したいのが正直なところだ。
――それに、最初の村で出会う魔法使いなんて、雑魚に決まってる。
さっきの手下もザコだったし。
俺たちはリリナの馬の後をゆっくりと走りながら村へと向かった。
◇
「貴様ら何者だぁあああ?」
いきなり村の入り口で出迎えてくれたのは、黒いマントを羽織った鼻の無い男だった。
車から降りた俺たちをみるなり、血走った目をひんむいて、キシャァアア! と鋭く並んだキバのよう歯をむき出しにした。
頭はスキンヘッド。顔色は青白く、狂気に満ちた目は爛々と光っている。
まるで死神かガイコツのような風貌で、メガネ魔法使い少年が主人公の、某魔法小説に出てきた『あのお方』そっくりだ。
手には「魔法のタクト」のような細い棒を持ち、どす黒い霧のようなオーラが、身体の周囲で蠢いている。
見ているだけで気おされそうな禍々しさ。
――ラスボス感パネェ……。
思わずゴクリと溜飲する。
いろいろとマズイ。本当にマズイ。
背後にはズラリとガラの悪いモヒカン軍団が並んでいる。
ギロリと三白眼で俺を睨みつける凶悪な顔顔顔。舌をダラリと垂らしたり、トゲのついた鉄棒を肩に担いだりと、実に友好的な雰囲気でのお出迎えだ。
「えと……俺は内藤雷牙、ここ、こっちは相棒のパトナ……」
「その怪しげな馬車は何だぁあああ!? そして俺たちの村に何の用だぁぁああ!?」
ゴハァアア! と口から黒い霧を吐く。うわ、すげぇ怖い。
「たっ……旅人です」
「ちょっとライガ!?」
ぱしぱしと俺の横腹をつつくパトナ。
「しゃがあぁああ!」
悪の魔法使いが突然叫び、手に持った指揮棒を真横にふった瞬間――横にいたヤツの手下がブッとんだ。
ドッ! と近くにあった村の建物の壁に激突し、そのまま白目をむく。
だが、仲間たちには大うけだ。
「ギィヒャハハハ!?」
「さすがホルテモット卿様だぜぇええ!」
トゲトゲジャケットの愉快な仲間たちが、魔法使いを「ホルテモット卿」と呼んだ。
「ライガ……!」
パトナがきゅっと俺のをつかむ。やはり女の子。パトナとて不安なのだろうか?
「こうなりたくなかったら、その女! 赤毛のボインちゃんを置いて、さっさと消えるがいい! このウスノロがぁあああ!」
「「「ヒャハハハハッハハハハ!」」」
俺はその瞬間、カッと頭に血が上った。
――よし、殺す。
【今日の冒険記録】
・再起不能:モヒカンの悪者×2
・所持金:3560円(日本円)
・所持品:使えないスマホ、中古PCパーツ、毛布、工具一式、ライター2個、トイレットペーパ、テッシュ
・ペットボトルの水×2
・走行距離:17キロ
・ガソリン残量:53.5リットル