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社用車チートは異世界で最強でした! ~リーマン異世界横断1000キロの旅~  作者: たまり
六章: 聖都・ヒースブリューンヘイムの試練
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 眠り姫を起こす魔法

 パトナは虚ろな目で、俺の首を絞め続けている。ギリギリと気道を塞がれて、酸素が頭に行き渡らず視界が暗く狭窄(きょうさく)する。


「ぐっ……!?」


『――(ザッ)絶対に逃がすな収穫……セヨ(ザッ)――』


 その唇から漏れるのは、いつもの愛くるしく俺の名を呼ぶパトナの声ではなかった。

 無機質で機械的な、聖都・ヒースブリューンヘイムの中心に(そび)え立つ忌まわしきガラスの塔の『管理者(アドミニストレータ)』が、発しているものと同じだ。

 

 ――操られて……いるのか、パトナ……が!


「アンタ、やめるさね!?」

「ライガ兄ぃが苦しいニー!」

 後部座席からパトナを引き剥がそうと腕をつかむ魔女ヘルナスティアとミィア。だが、細腕とは思えないほどの力で、容易には引き剥がせない。


「くっそッ!」


 俺はたまらずにブレーキを思い切り踏んだ。ギキィイイというタイヤのスキール音と共に車体が急減速。慣性の法則が働き、ヘルナスティアとミィアは前座席の背もたれへと身体をぶつけた。

 パトナは前へと投げ出されたが、しっかりと締めていたシートベルトのおかげでダッシュボードへの激突は免れる。


「あっ、危ないさね!?」

「にゃぁああ!?」

「かはっ……!」

 お陰で締め付けていた腕が外れた。パトナは首だけをグリン! と俺に向け、再び締め付けようと腕を伸ばす。その様子は機械仕掛けの人形そのものだ。


「パトナ、やめ……!」


 だが次の瞬間、再び衝撃が襲う。

 車のフロント部分でガリゴリと鈍い音がし、聖都・ヒースブリューンヘイムの城下町の建物の側面に衝突したのだ。車はそのまま左前方の家の白い壁面をバキバキと破壊しながら暫く進み、ようやく停車することが出来た。


 壁を壊された家の主らしい男が、何か叫びながら表に飛び出してきた。街の住人たちも何事かと、表へ出て集まってくる。だが、幸いケガ人は居ないようだ。


「事故った……!」


 思わず第一声、朦朧とした酸欠気味の意識で叫んでしまうが、ここは異世界。今はそんな事はどうでもいい。そもそも任意保険とか自賠責保険とか事故処理とか適用になる筈も無い。


「それよりパトナ! おい……大丈夫か!」

 慌てて肩を揺り動かすが返事が無い。気を失っているのか一時的に指令電波(?)が途切れたのか、うつむいて動かない。


 次いでバックミラーを確認すると、白い翼を持った天使が上空を舞っているのが見えた。だが、こちらにすぐには接近せず、ゆっくりと獲物を探すように飛び回り、時折光の矢を地上に向けて放つ。

 そして僅かに遅れて地上で爆発が起こる。


 どうやら、逃げた他の召還者(・・・)たちを狙っているようだ。

 戦車さえ破壊した熱ビームをこの状態で食らえば、この社用車だってひとたまりも無いだろう。


 ――ヴァル・ヴァリーに戦車乗りのロシア兵……なんとか持ちこたえてくれよ!


 同時にフロントガラスに赤い警告表示と、車を上から見た模式図が映し出された。それは左前のバンパーが僅かに破損したこと示している。

 普通の車なら自走不能なほど破損していたかもしれない。石かレンガの壁に時速40キロメートルほどで激突したにも拘らず、かすり傷がついただけのようだ。


 やはりこの社用車は超科学の装甲、高硬度分子結合外殻(ハイバイドシェル)で包まれたままだ。


 つまり、装甲の効果(・・)は消えていない。


 もし、全てを『管理者(アドミニストレータ)』が制御できるなら、パトナを操って停めようとするなんて、回りくどい方法を使う必要など無いはずだ。

 ギリギリのピンチに追い詰められたことで、逆に頭が冴えてくる。


 ――相手は宇宙人かもしれないが、決して無敵(・・)じゃない……!


 俺は攻略の糸口を必死で考え始めていた。


「まったく、危ないねぇ……!」

「ライガ兄ぃ! パトナ姉は!?」


 バックミラーの光景に気を取られていた次の瞬間、パトナがガバッと起き上がり、再び襲い掛かってきた。


 だが、既に冷静さを取り戻しつつあった俺は、その両腕をしっかりと受け止めた。


「パトナ!」


「まだ正気に戻ってないのかい!?」

「しっかりするニー!」


 元に戻す方法、相手の遠隔操作を断ち切り、俺たちの知る「パトナ」に戻す方法――それは。


「今、助けてやる」


 方法は、ただひとつ。


 古今東西、主人公(・・・)が操られたヒロインを元に戻す方法は、決まっている。


 俺はそのまま抱き寄せるように腕を引きよせて、そして唇を重ねた。

 虚ろな瞳が、驚きで見開かれる。


 冷たい唇を舌先でこじ開けて、絡め、想いを伝える。舌を噛み切られても構わない。ただ、元に戻したい一心で。


「ん(ザッ……)『逃がすな、ニガスナ……』 ラ……イ……?」


 ――届け!


 パトナの硬く冷たかった舌が、動いた。おずおずと、闇の中で光を探すように俺の舌の先端に触れる。


「んっ……………ん!?」


 ぱちっ! とパトナが目を覚ました。

 途端に唇に熱が湧き出して、瞳には虹彩に光が戻り、目を瞬かせる。


「んー!? にょはっ!? えっ……ディープキス!?」


 ばっと身を離して顔を真っ赤にするパトナ。両頬を押さえ「はわわ!?」と目を白黒させる。


「なるほどね……眠り姫を起こす魔法というわけかい、まったく見せ付けてくれるじゃないのさ!?」

「ニィアアアア!?」


 ミィアが顔を手で覆い指の隙間から俺たちを見ている。


「おかえり、パトナ」

「あ、あれあれ? 私……なんで犯されそうになってるの!?」

「ばっ!? 違うわ!」


「べ、別にライガなら……いいけど。って、あー!? 事故ってる!?」


 正気に戻ったパトナはいつものように大騒ぎだが、俺はその様子にホッと安堵する。


「話は後だ、どうやらお出ましのようだ!」


 天空を何かが横切って、地表に影を落とした。それは急停止すると翼を広げ、甘ったるい声を響かせた。


『さぁ、次は……異界の馬車、貴方たちの番よーん?』


<つづく>


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