女神フォルトゥーナの塔
女神フォルトゥーナの『塔』に向かうのは、俺達の『社用車』だけではなかった。
ロシア製の『戦車』T-72、それに60年代のアメ車、中世の絵巻から抜け出してきたような甲冑姿の騎士。それに見たことも無い竜のような馬に乗った蛮族風の戦士もいる。それどころか西部劇で見たような馬に乗ったインディアンの男女もいた。
「万国博覧会かここ……」
よく見ると戦車には色白で銀髪の美しい少女が腰掛けていた。戦車長になにやら話しかけては細い指で塔を指差す。
60年代のアメ車警官の助手席には、金髪の少女がチューインガムを膨らませているのが見えた。
――みんなパトナ……と同じ? ナビゲータ、少女?
一人かと思われた騎士の肩には、小さな妖精が見えた。インディアン男の腰に手を回している少女も同じだろうか。
そんな疑念を確かめる前に、様々な乗り物に乗った人々が、次々と巨大な青白いガラスの「塔」に吸い込まれてゆく。
「みんな女神様に招待された、勇者ってこと……なのか?」
「たぶんね。私達と同じ感じがする。こことは違う場所、時代からここに来たんだわ」
助手席のパトナと俺は戸惑い気味の会話を交わす。
ツナギを着たナビゲータの少女、パトナと俺は自然と手を重ねていた。
本当なら余りの状況に混乱してもおかしくは無いが、不思議と不安や恐怖は無かった。同じような境遇の仲間が居た、という喜びと高揚感。そして『女神様に招かれた』という安心感に包まれていたからだろうか?
だが――、なんだろう?
俺は妙な違和感を覚えていた。
目の前にあるのは、建物……じゃない。何か宇宙船のようにさえ見えるのだ。元の世界で見たSFや小説……そこでも同じようなことがあった気がする。墜落した異星の船――。
なのに……ダメだ。疑問を形にする事が出来ない。
――認識かく乱……されている?
魔女ヘルナスティアの記憶の事だって、何かおかしい。なぜこの都のことを覚えていないんだ?
敵であるはずの『呪怨六星衆』さえ招かれていると、女神ラジオは呟いていた。まるで「メチャクチャ」だ。
一体これは……なんなのだ? もやもやとした疑念が渦巻き始める。
「フェスってお祭りだよニィ?」
「そうさねぇ。祭典とか収穫祭とか、そういう意味もあったはずだねぇ」
後部座席で、珍しい他の乗り物を眺めては歓声を上げていた魔女ヘルナスティアとミィアが、そんな会話を交わしている。
収穫……祭?
村の中に目を向けても麦はまだ青く、収穫には程遠い。と村人が道端を歩いている。こぎれいな身なりの母娘だ。
アクセルをギリギリまで緩め、ゆっくりと車を走らせる俺達に、母と幼い娘さんが、穏やかな笑顔で手を振ってくる。
不思議なことに村人たちは金髪碧眼の白人種に、肌の黒い人種、俺達に良く似た黄色人種と、今まで旅をしてきた街とは違い普通の人間ばかりだ。
ミィアのような半獣人や、ましてや魔物の類は見当たらない。
「とにかく、あの塔にいって女神様に会えばいいよ!」
「そ、そうだな」
俺は塔を指差すパトナの声に、再びハンドルを握る手に力を込め、真正面で天を突くように建っている「白い塔」に目を向ける。
聖都・ヒースブリューンヘイムの中心にそびえ立つ塔は『異質』だった。継ぎ目の無い構造物、金属質というよりは滑らかなセラミックのようにも見える。
六角形の構造物や、継ぎ目あるいは入り口らしいものが見えた。
――やっぱり、宇宙船みたいだ……。
塔を取り囲んでいる街は、後から継ぎ足して造られたものだと一目でわかった。まるでアリ塚か、管虫の巣のように塔の外壁に継ぎ足されている印象だ。
色は同じような色の漆喰で塗られていて綺麗だが、技術レベルが明らかに違うのだ。
「入り口はあそこだね!」
俺はパトナの指差す、六角形の入り口を潜り抜けた。
◇
『ようこそ! みなさん! 長くて苦しくて、大変な旅を終えてよくたどり着いたね! 私、運命の車輪を回す女神こと、フォルトゥーナが大歓迎するよー!』
入り口をくぐると、そこは真っ白な空間だった。
軽薄なまでに明るい女神様の声だけが響き渡る。
「な!? ここは……!?」
「ラ、ライガ! ブレーキを」
「あぁ!」
思わず急停車するとタイヤがキュッ……と音を立てた。地面がある。
「なんだい、今度はなんだいここは!?」
「パトナ姉ぇ!」
ヘルナスティアとミィアが動揺する。やはり魔女ヘルナスティアはこの都に来たはずなのに何も覚えてはいないのだ。
「落ち着け、タイヤがちゃんと接地してる! 全面真っ白でコントラストがわからないんだ。けれど、床も重力もある。それに……」
キュラキュラキュラ……ヴォォオオン! と戦車やアメ車、竜にのった戦士、馬に乗ったインディアン風の男女――。
さっき見かけた『女神に導かれし勇者』達が、あちこちから現れた。
俺達も合わせれば僅か5チームしか居ない。いや、むしろ「5チームも居る」と言うべきか。
だが、真っ白な空間ではあるけれど、お陰で距離感や地面の存在を感じることが出来た。目が慣れてくると、ここは水晶のような壁で覆われた、半球状のドーム空間だとわかる。
少し離れた位置にロシアのT-72戦車、それにショットガン男の乗るアメ車、中世風の鎧を着込んだ騎士、竜のような馬に乗った蛮族風の男に、西部劇のインディアン。
かなり珍妙な組み合わせだが、とにかく今は同じ境遇の連中がいる。
全員が同じようにキョロキョロと辺りを見回し、驚いたような、混乱した様子を見せる。
早めにコミュニケーションをして連携するべきだったのに、と今になって気がつく。
なぜ、最初に戦車乗りやアメ車と出会った時そうしなかった――?
嫌な汗が噴出す。
「ライガ、入り口も出口も無いようだねぇ?」
ヤレヤレといった顔で魔女ヘルナスティアが眼光を鋭くする。
「やばいぞ……俺たちは……ハメられたんだ」
「えっ?」
――まさか、事によると…………最初から?
ザワッとつめたい手で心臓を裏返されたような、こみ上げる混乱と恐怖を飲み下す。
『心配はないわ。ここは光の間。みんなを歓迎し、労う場所なの! さぁ……リラックスしてね、フェスを……はじめましょう♪』
俺はたまらずシートベルトを外し、外に転がり出た。足がつく。床は固く、硬質な金属のようだ。
「ライガ!?」
「女神様! これは……なんなんですか!? フェス? 祭り? 本当のことを教えて下さい!」
俺の声が反響する。
ロシア人の戦車乗りが上部ハッチから同じように身を乗り出した。60年代のアメ車乗りも同じように車から降りると、ガシャッ! と背中のショットガンに弾を装てんする。
「拙者も同じ疑問を投げかける! 述べられよ、女神殿!」
中世風の甲冑騎士がサーベルに手をかけた。
『……………(ザッ!) お送りするよっ! 楽しいイベントへようこそ! ? 私、フォルトゥーナが司会を務める、異世界転生者たちの集い! 最大の催し、フェスが開かれるよっ! みんな聖都・ヒースブリューンヘイムにあっつまれーっ!(ちゃらっちゃ、らっちゃらら♪)』
「お、おい?」
女神の声が以前聞いたことのあるセリフを、まるで壊れたレコーダーのように繰り返した。
そして、俺は我が耳を疑い、車の助手席に目を向ける。
「……………(ザッ!) お送りするよっ! 楽しいイベントへようこそ! ? 私、フォルトゥーナが司会を務める、異世界転生者たちの集い! 最大の催し、フェスが開かれるよっ! みんな聖都・ヒースブリューンヘイムにあっつまれーっ!
……あれ? わたし、何を……………………あれ? ライ……ガ? 嫌、や……やだ!」
そこには同じセリフを繰り返すパトナが、居た。
「パトナ……! パトナ!?」
「違うのライガ、あのね……ライ」
はら……と一粒の涙がこぼれ落ちた。
その瞬間、パトナはまるで電源の切れた人形のように、力なく助手席のシートに崩れ落ちた。赤毛のツンテールがふさり、と頬にかかる。
「お、おいっ! パトナ!?」
「パトナ!どうしたんだい!?」
「パトナ姉ぇ!?」
ヘルナスティアとミィアが叫ぶ。
――と同時に、床から透明なチューブのようなケーブルが次々と延びて俺の脚に絡みついた。
「なっ!? こ、これは!?」
それは千切っても、まるでミミズのような柔らかさで、身体にまとわりついた。悲鳴が聞こえ、そちらのほうを見ると、他の勇者達も同じようにケーブルに絡みつかれてパニック状態になっている。
『ヤコブスキー! チェブラー!』
戦車の開いたハッチから流れ込むようにチューブが伸びて、ロシア語の悲鳴が聞こえた。騎士やインディアンは既に馬ごと飲み込まれてしまっていた。
「シイット!」
アメ車の警官風男がショットガンを撃ちまくる。ガン! ガガン! と。だが弾丸はすぐに尽きた。あっという間に警官が白い渦に飲み込まれた。
そして、彼らの横には、パトナと同じように少女達が倒れていた。
「パトナと同じ……ナビゲータ少女……だってのか!?」
俺は思わず、運転席のドアを蹴飛ばした。バムッ! と音がしてドアが閉まる。
「ライガ!?」
「ライガ兄ぃいいい!?」
チューブたちが運転席から入り込もうとして、ビチビチとドアに阻まれた。他に入り口を探すように這い回るが、密閉された車内まで入るには、少し時間は稼げるだろう。
俺はもう身動きが取れなかった。首や頭にチューブの先端が触れた瞬間、身体の自由が奪われていたからだ。
そして、目の前に次々と今までの旅や人生の情景が浮かび始めた。
「嘘だろ、これ走馬灯……じゃんか!?」
それは、かつて列車に衝突され粉みじんになった瞬間、女神が俺を救ってくれたときの情景によく似ていた。
――『対人類種用、万能インターフェイス接続……OK』
――『対象記憶、全域にアクセス……許可』
――『対象における今までの冒険の記録および体験をダウンロード開始。処理後……記憶消去フェーズへ…………進捗15%』
「くっ! そうか……そういう、ことかよ!」
――『記憶は時空間連続体を渡り歩けるあなた方人類種の財産。エネルギーそのものといって良いわ。積み重ねてきた事象と、時空間への干渉の経緯。その全てから繰り返し、無限といっても良いエネルギーがもらえるの。存在そのもが持つ力場。それはあなた方が本と呼ぶ記憶媒体を読むように並行時空で再構成可能にされる。その力こそが、わたしたちがここに存在しうるエネルギーになるのです』
女神の声にも、パトナの声にも聞こえる「それ」は、俺の脳内に直接語りかけてきた。
――『生命活動に危害は加えません。記憶を貰うだけ。あとは外の村で平和に穏やかに暮らせることをお約束しますわ。もちろん、望むなら、対人類種端末とだって――』
「!!」
俺はその瞬間、理解した。
――これは……全て、罠なのだ、と。
<つづく>
【今日の冒険記録】
・同行者:炎の魔女ヘルナスティア
:猫耳少女ミィア
:足つきの壷×2(ガソくんとリンちゃん)
・所持金:3560円
:65リューオン金貨
・所持品:壊れたPCパーツ一式。
毛布、工具一式、ライター2個、トイレットペーパ、テッシュ
:身の回り品、雑貨、毛布、パンと乾し肉と魚。
:飲料水補給済み
・走行距離:670キロ
・ガソリン残量: 26リットル(予備、約55リットル)