到達、聖都・ヒースブリューンヘイム
◇
――フェス! 女神の祭典! 一番の『絆』を見せてくれた子には、ご褒美として……願い事を一つだけ叶えてあげちゃうゾ!
運命の車輪を回す女神、フォルトゥーナは確かに言った。
俺たちは突然流れてきた『女神ラジオ』の放送内容に驚きつつも、社用車に飛び乗ると一路、聖都・ヒースブリューンヘイムへと車を走らせた。
「向かうしか、ないよね?」
助手席でパトナが不安そうな声で、視線を落としながら言う。
「女神様が言っていたんだ……信じる以外ないさ」
「うん」
パトナは不安なのだろう。絆だの友情だの、愛情や仲間……。女神様が示せと言ったものはどれも形がなく、不確実なものばかりだ。
もしかして女神様が一目見れば分かるのかもしれないけれど、俺達にそれが在るかと言われると……少し不安だ。
俺は確かにパトナの事が好きだ。だが、『絆』を示せなんて言われると、途端にわからなくなる。
友情や仲間……は、なんとなく分かる。助け合い寄り添う者たち。後ろの座席に座っている魔女や猫耳の女の子が、きっとそうなのだろう。
「……なんとか、なるさ」
俺はアクセルに乗せた足先に、軽く力を込めた。
◇
小一時間ほど草原を走ると、やがて見えてきたのは「台地」のような地形だった。周囲は森のようになっているが、そこに向かって道は伸びている。
車のフロントガラスに映し出された地図には、『台地のへそ』と地形の名前が記されていて、円形の地形のようだ。そしてその中心部に、俺達が目指す聖なる都があるらしい。
「道はこっちみたいね」
「わかった」
森の中を進んでゆくと、石英混じりの砂を踏み固めて造られた白い道路は、進むほどに整備され、徐々に広く通り易くなってゆく。意外にも徐々にすれ違う馬車や牛車の数も増え、この先に大きな街があることを窺わせる。いつぞやの都市ヒューマンガースを思い出す。
けれど危険な兆候は感じられない。
俺達の「社用車」を珍しそうに眺める農民も居るが、何故か「ああいうのもあるんだな」と言うような目線なのが少し気になった。
いくつかの川に架けられた石の橋を渡り、進むこと更に約1時間。
さほど高くは無い山を一つ越えると、途端に視界が開けた。
「おぉ……!」
どうやら、遠くから見えていた台地の縁に着いたらしかった。台地の中はすり鉢状の巨大な盆地のようになっている。
円形のクレーターのような地形で、直径は3キロメートルほどあるだろうか。対岸のふちが霞んで連山のように連なっているのが見渡せる。
盆地の内側は、外側の森とは違い草原のような開けた場所だった。目を凝らすと小さな村や集落がいくつも見えて、中心には驚くほど大きな塔が見えた。
先日訪れた大都市、ヒューマンガースは大きな城塞都市といった雰囲気だったが、ここ聖都・ヒースブリューンヘイムはまるで違う。
一言で言えば、巨大なクレーター盆地の中に、小さな『庄園』が無数に集まって、一つの巨大な都市を形作っているようだ。
四方に流れる豊かな水を湛えた川や、ため池が無数に見える。それが牛の背中のようなクレーターの反対側の麓まで続いている。
その中に点在するのは、パッチワークのように貼りついた色の違う四角いタイル。それぞれが麦や野菜を育てる畑だろう。その隙間を縫うように小さな村が見えた。それぞれの個数は数十程度。そんな集落が無数に見えるのだ。
それらの庄園のような集落を蜘蛛の巣状に結ぶ道の中心には、まるでガラス細工のような繊細な街が見えた。
街自体の大きさは、ヒューマンガースよりもずっと小さい。だが、その中央には直径100メートル、高さ300メートルはあろうかという、バケツをひっくり返したような形状の、直線的で継ぎ目の無い、驚くほどに巨大な塔がそびえ立っていた。
「なんだ……あれは」
「凄い! ガラスの塔! ここが聖都・ヒースブリューンヘイム!」
畑と小さな家々の点在する無数の集落と、それらを結ぶ道。中央には巨大な青白いガラスの「塔」。それがこの国の中心都市の姿だった。
真っ白な鳥が群れを成して、傾き始めた午後の日差しを浴びて飛んでいる。
塔の前を横切るとまるで、小麦粉のような小ささで、いかに塔が大きいかわかる。
「大きな塔だ二ー!?」
「この世界にこんな建造物があるなんて!」
魔法か何かで磨いたのか、あるいは科学の産物なのかはわからない。だが明らかに異質なそれは、見方によっては、地面に突き刺さっているようにも見えた。
塔の周辺には街が見えて、それは今まで見た中では最も洗練された、まるで未来都市のような雰囲気だった。
「おかしいね。……アタイもこの街に来た事があるはずなんだけどねぇ」
何故かヘルナスティアが妙な事を言う。
「ヘルナスティアは、その……来た事があるはずじゃないのか?」
「あるんだけどねぇ。……はて? いつだったかね?」
とぼけた様に魔女が答えるが、何か隠しているのだろうか? 元々呪怨六星衆の一人なのだから、この国の中心都市とも言えるこの街に、来た事を良く覚えていないというのも変な話だ。
「……道案内を頼めないなら、パトナのナビで進もう」
「うん!」
俺たちは社用車を進め、庄園の中の道を進む。
やがて、俺は驚くべきものを目にする。
「車だ!」
「えっ!?」
見れば古いアメリカのクラシックカーのような車が走り、塔のほうへと向かって行くのが見えた。赤い60年代の車のような、ロングノーズの大排気量の車。ボブロロロロ……と排気ガスを撒き散らしながら進んでゆく。
乗っているのは昔の警察官のような服装をした男で、アメリカ人。背中にはショットガンを背負っているのが見えた。
「あのジャスティス男も使えたんだから、今更珍しくは無いさね」
「そ、そうだな……」
つまり、いろんな時代から集められていたってのか?
『――イエーイ!』
向こうも俺達に気がついたようだが、陽気に軽く手を振って、進んでゆく。
俺とパトナも呆気に取られながらも手を振り返す。
「ライガ! みんな女神様に呼ばれた私達と同じ……世界を救う勇者なんだよ!」
「そ……そうだよな!?」
と、曲がり角を曲がると、前方に黒い塊が進んでいるのが見えた。
トラック……よりは小さいが、車よりは大きい。重機かと思って減速しゆっくりと進むと、キュラキュラキュラ……とキャタピラが見えた。平たい車体の上には、ペッタンコな平べったい回転式の回転式の砲塔がある。その先には長大な大砲。
「――って、戦車!? 戦車じゃないか! しかも……これ、ロシアのT72!」
「ライガ詳しいね!?」
「大戦略で見た!」
「せんしゃ、何だニー?」
「これも、鉄で出来た異界の乗り物ってわけかい? 随分と変な格好の乗り物だねぇ……」
ヘルナスティアとミィアも、珍しがるがもうさほど驚く様子も無い。
戦車長らしい乗員が、砲塔の上から陽気に手を振る。
『マットリョーシカ! ヤーポン!? ユュエー!』
「え、えぇ!?」
<つづく>
【今日の冒険記録】
・同行者:炎の魔女ヘルナスティア
:猫耳少女ミィア
:足つきの壷×2(ガソくんとリンちゃん)
・所持金:3560円
:65リューオン金貨
・所持品:PCパーツ、毛布、工具一式、ライター2個、トイレットペーパ、テッシュ
:身の回り品、雑貨、毛布、パンと乾し肉と魚。
:飲料水補給済み
・走行距離:670キロ
・ガソリン残量: 27リットル(予備、約55リットル)