宿敵(とも)との別れ、そして女神フォルトゥーナの誘い
少し疲れた様子のパトナを支えながら、俺達の車へと戻る。
恐ろしい人食い皇女の罠『閉鎖結界』を脱出する際、かなり無理をしたのが堪えたのだろう。
「とりあえずパトナはここで休んでろ」
俺は助手席のドアを開けパトナを座らせた。赤毛のツインテールにピンクのツナギ姿のダッチ・ナビゲータは、ダッシュボードに手を添えて目をつぶった。
「ありがと。……平気よライガ、心配しないで。タフさがこの車の売りでしょ?」
「そりゃそうだけど……」
気丈に笑うパトナだが、いつもの元気が無い。社用車は確かに過酷な状況下でラフに扱われる事が多い。だが、その分身であるパトナまでタフかどうかなんて分からないのだ。
それとも単に、お腹が空いたのだろうか?
「パトナ、お前、お腹……空いてないか?」
「あ、そうかもね。王宮でごはん食べ損なったし」
「あんなところのメシなんか、食わなくて正解だったけどな」
「言えてる」
パトナは小さく苦笑いを浮かべた。俺はその様子に少しだけ安堵して、ミィアに声をかけた。
「ミィア! 何か飲み物と食べ物を用意してくれないか? ヘルナスティアも疲れたろう。ここでお茶でも飲みながら、一服しよう」
「賛成だニー!」
「それも、そうだねぇ」
事件はとりあえず一段落はした。相変わらず天気はいいし草原を渡る風は心地よい。ここらで一休みも必要だろう。なんなら見晴らしの良いここで野宿したって構わない。
本当の目的地である聖都・ヒースブリューンヘイムにたどり着くのが、一日ぐらい遅れても、別に影響は無いはずだ。
「ライガ兄ぃ、後ろを探してみるニー」
「あぁ、頼んだ」
猫みたいな尻尾を翻して、社用車の荷台のドアを開け、ミィアと一緒に中を覗き込む。
そこは、いろいろな生活道具や保存食料の詰まった荷台で、車の旅には欠かせない物がいっぱいだ。
『『……!』』
足つきの壷、「ガソくん」と「リンちゃん」が並んでイチャイチャしていた。
「おまえら……!」
邪魔なので二つの壷を外に出し、中を探す。
ドライバーなどのPC保守用の工具一式は一番奥に仕舞ってあるが、トイレットペーパや身の回りの日曜雑貨、毛布、そして……硬めに焼いたパンと乾し肉などは手前においてあった。おまけにチーズも小瓶に入れられたお茶の葉もあった。
以前、パトナとはじめての野宿で使った鉄製の小さな鍋もあるので、火を起こせばお茶でもなんでもできるだろう。
ここでミィアに、パンとチーズそれにお茶を任せる。
俺はその間にガソリン残量を確認する。車の残量メータは半分より上。おそらく30リットルちょいはある。予備として積んでいる「ガソくん」と「リンちゃん」合わせて55リットルほどある。
これだけならば、平均燃費10キロで計算しても800キロメートルは進める計算だ。
――当面のガソリンは大丈夫そうだな。
「んじゃ、アタイは『スマホゲー』でもしてるから出来たら呼んでおくれ」
「……まぁいいけどな」
魔女ヘルナスティアにお茶や食事の準備を頼んでも期待できない。むしろ大人しくして貰っていたほうがいい。
と、俺達の様子を見ていたヴァル・ヴァリーが、いつの間にか出現させた赤い自転車、それもママチャリに跨っていた。
「お、おい? ヴァル・ヴァリーどこへ?」
「ジャスティス……! 自分の正義を探しに」
「茶ぐらい飲んでいけばいいじゃないか?」
「……ジャスティス。俺は自分の信じる道を往く。俺は、お前達が信じる女神、フォルトゥーナと敵対する神、セトゥ様の力を得たジャスティスボーイ。馴れ合いはせん」
「そうか……」
閉鎖された空間に取り込まれた俺たちは、脱出する為に手を組んだに過ぎない。
共闘した以上もう敵ではないと信じたいが、仲間になるほど心を許してくれたわけではないらしい。
背中には水玉が乗り、プニプニ動いている。炎の魔女ヘルナスティアのライバル、水の魔女ネルネップル。
確かにこの魔女達も、いつまた戦いを始めるか知れたものじゃない。
「ジャスティス……! だが、お前達の正義も俺は知った。またいつかどこかで……」
口角をあげると、サングラスをかけ、リーゼントを整える。そしてシュッと腕をふると、赤いママチャリのペダルに力を込めた。
「あぁ、わかったよ! 元気でなヴァル・ヴァリー!」
「ヴァルさん、ありがとう」
俺とパトナはヴァル・ヴァリーの背中を見送る。
「一緒には行かないニー?」
「ま、男にはそれぞれの信条ってのがあるからねぇ」
お茶を沸かしていたミィアと、ゲームの画面から目が離せないヘルナスティアが言葉を交わす。
「さらばだ、我が……宿敵よ」
そう言い残すと、ヴァル・ヴァリーはシャーッと小高い丘を自転車で下っていった。何度かバウンドしながら、向こうに見える街道を目指して草地を進んでゆく。
「宿敵……なのか?」
「みたいだねっ」
パトナが青い瞳を俺にむけて微笑むので、俺はぎこちなく照れ笑いを返した。この世界で宿敵が出来るなんて、思っても見なかったからだ。
◇
皆でお茶をすすり、暫くゆっくりとした時間を過ごした。
パトナも元気を取り戻したようで、ホッと胸をなでおろした。そういえば、と思いついて俺が社用車のエンジンをかけて、ラジオのつまみをひねってみた。
『――はーいっ! というわけで王国歴236年! 5月20日の午後のひと時、みんなどう過ごしているかな?(ずんちゃっちゃら♪)』
エキゾチックムードな音楽が流れ、女性DJすなわち、女神フォルトゥーナが話し始める。
『はーい! 異世界にきちゃった沢山のお友達、元気かなー? 私、運命の女神こと、フォルトゥーナがお送りする楽しい午後のひと時! ふぉるふぉる・エブリディズ♪ はじめちゃうぞっ!』
「……女神さまの生ラジオ、今日もテンション高いなぁ」
『運命の車輪を回す女神こと私、フォルトゥーナがお送りするよっ! 早速だけど、楽しいイベント開催のお知らせだよ!? 私、フォルトゥーナが司会を務める、異世界転生者たちの集い! 最大の催し、フェスが開かれるよっ! みんな聖都・ヒースブリューンヘイムにあっつまれーっ!(ちゃらっちゃ、らっちゃらら♪)』
「え、えぇええええ!?」
「何……何よフェスって!?」
「っていうか、女神様が来るの!?」
俺とパトナが身を乗り出す。まるで芸能人が参加するイベント開催を知った気分だ。
『今回のテーマは絆! 旅をしたり苦しい戦いを続けているみんなが、こっちの世界で見つけた宝物、友情、愛情、仲間! なんでもいいの! それを自慢して見せて欲しいなっ!』
「ライガ、女神様が私達を呼んでるんだよ!」
「みたいだな!」
俺とパトナは思わず手をガッと握り合った。
『けどね、私の大っ嫌いなセトゥ兄ぃさんの呪怨六星衆くんも特別ゲストで来ちゃうんだって! えぇ!? 私頼んでないんだけどね!? ちょっとドキドキだよねー!?』
「呪怨六星衆!?」
「最後の……ひとりって事だよね!?」
女神様の言葉が「予言」だとするならば邪魔が入る、と言うことなのだろうか。
『一番がんばった子たちには、私が一つだけお願いを……叶えてあげちゃうゾ! 元の世界に帰りたい、王様になりたい! 誰かと結ばれたい……! なんでもオッケー! さっ! 振るってご参加しちゃってくださいねっ!』
<つづく>