パトナと俺、初めての接近戦!
「ヒィハァア!? 逃げられると思ってんのかぁ!?」
「無駄な事しねぇで、俺たちといいコトしようぜぇぇえええ!」
知性の欠片も感じられない頭の悪そうな悪漢に追われているのは、見た感じ高校生ぐらいの可愛い女の子だった。
色白で外国人っぽい顔つき。髪の色は明るい茶色で肩ほどの長さ。馬の動きに合わせてなびく髪が美しく印象的だ。
服装は西洋と東洋の中間のような雰囲気の飴色のワンピース。残念ながら生脚ではなく、下には黒いピッタリとしたスパッツを履いている。
脚はサンダル履き、銀色の装身具のようなものが手首に光っていた。
着のみ着のまま馬に飛び乗った、そんな感じに見えた。
「くっ……!」
女の子は必死の形相で時折後ろを振り返りながら馬を走らせ、俺とパトナの隠れていた橋の欄干を走り抜けていった。
逃げる少女の後を、奇声を上げた二人の男が追うと言う構図。
「第一村人発見、だね」
「いや、あれ追われてるだろ!?」
「あの子……村から離れて行っちゃったけど、大丈夫じゃ……ないわよね?」
女の子は村から脱出して来たように見えた。普通、危険な男たちに追われたら、安全な村に逃げ込むのがセオリーのはずだからだ。
――つまり、村で何か異常が起きているってことだろうか?
嫌な予感がした。
次に、目の前をドドドドと重々しい音を立てて二頭の馬が通り過ぎた。
男たちは黒い上下の皮ジャケットを着用し、金属のトゲトゲの付いた肩パットを装備している。そして、馬の横腹には、木の棒の先に丸い鉄球の付いた武器をぶら下げていた。
鉄球にはジャケットとお揃いの鉄のトゲが出ていて、見ているだけでも痛い。あれは確か『モーニングスター』とかいう、相手の頭をヘルメットごとカチ割る武器だ。
少女の乗る馬を追う悪漢との距離は40メートルほど。このままでは、いずれ追いつかれてしまいそうだ。
アニメなんかでは良く見る光景だが、リアルで見ると迫力と緊迫感に唖然とする。
女の子は、橋を通り過ぎる際、小川沿いに停めてあった俺たちの白い「社用車」に一瞬視線を向け、僅かに目を丸くしたようにも見えた。
しかし、それどころではないと言った様子で駆け抜けてしまった。
「で……どっちに付くの?」
パトナは視線を少女と悪漢に向けたまま、俺に問いかけた。
横顔は鼻筋が通っているというよりも、子供じみた可愛らしさがある。
俺は一瞬だけ空を見上げて、答える。
「女の子……!」
「だよねっ!」
口元に不敵な笑みを浮かべると、パトナは立ちあがった。ふわり、と肩にかかる赤いツンテールの片方を払いのける。
大泥棒の映画でも似たようなシーンがあったなぁ、とデジャブする。青いジャケットは着ていないけれど、俺の格好は黒いスーツのズボンに、上は白い半そでワイシャツに青いネクタイという地味な営業スタイルのままだ。
せめて異世界なのだから厨二心あふれるカッケェ服装にしてほしかった。
けれど、女神様のセンスで変えられるのも不安でしかない。頭にアンテナを生やした全身銀色タイツとかで転生させられそうだし……。
「ここで助けないって選択肢は……」
「ないわね」
「警察に連絡するとか……」
「警察があったらファンタジー世界なんて無いわ」
打てば響くような速度で言い切るパトナ。
「また、さっきみたいに戦うのか」
相手が化け物だろうと悪漢だろうと、人生から再起不能(あえてこう言っておくが)させてしまうのは心が痛む。
せめてビームを当てると改心するとかそういう設定にはならなかったのだろうか……。
「もう! うだうだしない! 女神様は私たちにこの世界で誰かを救えって、この身体をくれたんでしょ!」
ばちーん! とパトナが俺の背中を叩いた。
痛い。
けれど、やさしい痛さ。
確かに、生きていかねばならない。まだ右も左もわからない。目的も曖昧だ。けれど……生きていかねばならないのだ。
「そ、そうか……。そうだな」
「ね!」
「おう!」
俺たちは顔を見合わせてコクリと小さく頷くと、同時に橋の欄干の陰から飛び出した。そして停めてあった社用車に乗り込んだ。
外から眺めるぶんには、白いワゴンタイプの車体に4枚のドア。黒い無地のバンパーが無骨さを際立たせる。
働くための車、それを具現化したような質実剛健さだ。
社用車にありがちな「会社のロゴ」が付いていないのは、業者のロゴが入ったまま乗り付けられるのを嫌うクライアント(お客さん)が多いからだ。
お陰で、嫌な事を思い出さずに済む。
もしパトナの身体に会社のロゴでも入っていようものなら、正気を保つ自信はない。
と、そんなことは後回し。
俺達は車に乗り込むと、バタムとドアを閉め、シートベルトをする。
もう交通違反の切符なんて切られないと思うが、つけないと落ち着かない。
エンジンのキーを回し、アクセルを踏む。ヴォン! と小気味良くエンジンを回し、ギアをカクカクッと「D」ヘ。
俺たちは川の緩やかな土手を駆け上ると、バゥン! と軽く車体をバウンドさせながら、道へと戻った。
「っしゃぁ!」
「ライガ! あれ!」
パトナが助手席から指差す先を見ると、草原を貫く道の向こうで女の子は今まさに追いつかれようとしていた。
悪漢がついに女の子の馬に並び、何かを叫びながら威嚇している。
俺はアクセルを踏み込むと一気に加速。時速40……60! ガゴゴゴオゴゴオ! と路面のデコボコを拾いタイヤが音を立てる。
そして一気にその距離を縮めた。
あと500メートルで追いつく。せいぜい20秒ほどか。
悪漢も女の子も俺たちの接近に気が付いていない。
せめて気を逸らす事が出来れば……!
「そうだパトナ! クラクションって普通の音は出せるのか!?」
「もちろん出せるわよ!」
「よし頼む!」
パトナは指先を空中でスルスルと動かす。
すると、それと同期したようにフロントガラスに浮かんだ半透明の「情報表示」の中から「クラクション」が選び出されてポップアップする。「設定」メニューで『殺傷モード』から『通常モード』へ切り替える。
「これでよしっ!」
「よしじゃねーよ!? 殺傷って書いてあんじゃん!? やっぱり殺人クラクションだろうが!?」
「……えへへっ!」
都合が悪いと微笑む仕様なのか、パトナは可愛らしく舌を出した。
俺は呆れ返りながら、思い切りプゥウウウウウウウウ! とクラクションを鳴らしまくった。
普通の音でホッとするが、二度、三度と鳴らしたところで、悪漢たちが気が付いたように後ろを振り返った。
猛然と突進してくる俺たちの乗る「白い社用車」を見て驚き、何かを叫んでいるようだ。
ゴブリンみたいに三人まとめてアボンさせるわけにもいかない。殺人クラクションであの悪漢どもを倒すのは難しいだろう。
「パトナ! 女の子もいるんだ、クラクション以外の武器は!?」
「うーん! じゃ……これ!」
ピィン! ピィン! と正面のガラス窓に車を上から見た簡易図が現れて、ドアが赤くピコピコと点滅している。
『こいつ、動くぞ!』のワンシーンみたいだと、俺はちょっと燃えてきた。
「これって、まさか接近戦用の……アレか!?」
「うんっ! 近接戦闘用の装備よ!」
パトナが鼻息も荒く、自信満々でうなづく。
「よし!」
理解した俺は車を一気に加速させ、悪漢の乗る黒い馬を追い越しにかかる。男たちは明らかに動揺していた。
突然現れた俺たちを、何だと思ったのだろうか?
だが、女の子を捕まえてエロ同人なことをしようというゲス共を俺は許す気はない。
「いっけぇええええ!」
俺は叫びながら加速、一人の悪漢の脇をすり抜けるように追い越した。
その瞬間――。
後部座席のドアが思い切り開いて、バゴッ! と鈍い音がした。
「ぐはっ!?」
男は開いたドアに思い切り跳ね飛ばされて落馬――。ゴロゴロと地面を転がっていった。
正確には、ドアで馬のわき腹を叩きつけた事で馬が暴れ、振り落とされたようだった。
「やったね!」
いえーい! とパトナが可愛らしくガッツポーズ。
「ドアで殴打かよッ!?」
「え? だから近接戦闘用だって!」
「ビームでズバーッじゃないのかよ……!」
「そんな野蛮な武器はないわよ!」
「殺人クラクションは野蛮じゃないのかい!?」
俺とパトナは運転席と助手席でギャーギャーと喚きあった。
と、ピピピ! とフロントガラスに「接近警報」が鳴った。赤い三角マークが左側面からの接近を告げていた。首を曲げて左後方を見ると、もう一人の悪漢が、モーニングスターを振り回しながら迫って来るのが見えた。
「よくもジーソをおおおおっ!」
「ライガ! 来たっ! 来たわよっ!?」
「くっ……!」
俺はそこでタイミングを見計らい、ハンドルを巧みに半回転させた。
【今日の冒険記録】
・所持金:3560円(日本円)
・所持品:使えないスマホ、中古PCパーツ、毛布、工具一式、ライター2個、トイレットペーパ、テッシュ
・ペットボトルの水×2
・走行距離:15キロ
・ガゾリン残量:54リットル