5人目の魔法使い、虚宮門番(イリュジョナー・ゲートキーパ)、ピッキン・ロッキン・グーン
◇
食人の幻の都市から脱出した俺たちは、見晴らしのいい丘のような場所へと移動する。そこで社用車を停車させ、車外へと降りた。
空は青く澄み渡っていて、草原を渡る風が花弁を軽やかに舞い上げる。
美しく穏やかな世界に俺たちは戻ってきた。
丘の上から不審な物や人間がいないか見渡すが、本当に何も無くなっていた。
幻影の王国は跡形も無く、電子衝撃光線砲の発射跡が僅かに残るだけだ。
それも不思議なことに、スッパリと切り取られたように、ある場所から突如熱線を浴びたように黒くなって焦げていた。
どうやらあそこが空間の分け目、結界との境界だったのだろう。
「パトナ、みんな……! ありがとうな」
「ライガこそ、がんばったね」
「あ、あぁ!」
俺が皆に礼を言うと、ツナギ姿のパトナが俺の背中をぱしぱしと優しく叩いた。
「よかったニー!」
「やれやれだねぇ」
屋根に上りあぐらをかくミィアや、車の側面に寄りかかって腕組みをしているヘルナスティア。彼女達が協力してくれたおかげで戻ってこれたようなものだ。
「この空気こそが……ジャスティス!」
「ップル!」
荷台から巨漢の大男が降りてきて伸びをする。赤いジャケット姿のヴァル・ヴァリーだ。肩の上では水玉のような生き物が嬉しそうに跳ねている。
この二人の活躍が無ければ、俺たちは美味しく調理され、ペロリと食われていただろう。
「ありがとうヴァル・ヴァリー。おかげで助かった。俺たち全員の命の恩人だ」
「恩人……? つまり、俺が……正義?」
「そうだとも。お前の言うとおり、ジャスティスだ」
俺はジャスティス男と握手を交わした。
ヴァル・ヴァリーは険しい顔を僅かに崩し口角を持ち上げた。どうやらそれが笑顔らしい。
「で、一体なんだったの、あれ?」
パトナが地平線の彼方に目線を向ける。
「どうやら、アタイたちは『幻影都市、セトゥ・ガリナヴァル』に迷い込んでいたみたいだね。伝承によれば千年以上も昔、このあたり一帯を支配していた太古の魔法王国があったんだとさ。そこの王女が死んで、魂だけになっても復活を夢見たとある。その結果が、アレなんだろうねぇ」
「落とし穴に落ちたみたいなものだニー?」
「おや、猫娘も旨い事を言うもんだねぇ」
「ニー」
ミィアが社用車の屋根で伸びをして寝転んだ。ネコのような尻尾が右へ左へと揺れる。
「幼女君主……(ロリ・ロード)・ヘブラカーン」
あの少女は幼い時に死んでから、魔法の力で魂だけになって千年間ずっと、あの場所で一人きりだったのだろうか?
孤独の中でかつて栄華を誇っていた時代の幻影をつくり出し、アリ地獄のように通りかかる旅人を引きずり込んでいた。その行為は決して許されるものではないが、一抹の憐憫の情を禁じえなかった。
「哀れむ必要は無いさね、遅かれ早かれ消える運命だったさ。魔法には限界があるからね。世界の理を曲げた状態で魂を繋ぎとめて、存在しつづける事は出来ないさね」
「世界の……理」
--なら、俺やパトナはどうなのだろう?
「まぁ、壊れないうちは、大丈夫さね」
魔女ヘルナスティアは草原に立ち、紫色のマントを風に揺らしながら振り返った。
時折見せる表情は少女のようでもあり、老獪な魔女にも思える。不思議な色合いの瞳を細め、金色の髪が風に揺れるに任せている。
「他人の魂を食べて、自分の魂を存続させる……そんな歪んだ魔法を使っていたら、きっと魂だって壊れる……か」
少なくとも俺とパトナは、違う。人々を救うために戦っているからだ。
「そうゆうことさ。それにしても……気になっていたんだけど、アタイらは聖都・ヒースブリューンヘイム。に向かっていたんだろ? 随分と都合よくそんな伝説級の落とし穴に落ちるもんだねぇ?」
「タイミングが良すぎる……か」
確かに、今はヒューマンガースの街を出発してから、二日過ぎたばかりだ。
太陽の位置も時刻も、最初に迷い込んだ時から一時間しか経過していない。向こうでは3時間ほど過ごしていた気がする。
と、ミィアが屋根の上に立ち上がると、ネコ耳をそばだてた。そして、遠くを眺めるとやがて指差し大声で叫んだ。
「あそこに、誰か倒れているニー!」
「えっ?」
「どこだ? あ……ほんとだ!?」
見れば、社用車から100メートルほど離れた場所に、確かに人影が見えた。短い草の生えている場所に大きな一本の木があり、その根元に誰かが倒れている。
「――まさか、俺たちの発射したヘッドライトビームの巻き添えに!?」
慌てて駆け寄って見みると、若い男だった。
白目をむいて泡を吹き、真後ろに倒れている。何か強い衝撃を受けたのか、完全に失神しているようだ。
姿は袖つきの緑色のローブを身にまとい、髪はグリーン。何故か草地に紛れるような色合いの男だった。
近くには曲がった木の杖と、よく見ると露出した茶色い地面には、「魔法陣」が描かれていた。いくつも魔法円を組み合わせた図形が、重なりあっている。
「ライガ、この人……魔法使い?」
「だな、明らかに」
しかも、怪しい。
すると遅れてやってきた魔女ヘルナスティアが、その男を見て目を眇めた。
「……おや? ピッキン・ロッキン・グーンじゃないかい? 何してるんだい、こんなところで?」
「ぬぅ? ジャスティス? どうした我が友ネル」
『……! ……!』
びょんびょんと、ヴァル・ヴァリーの肩で水玉が激しくはねた。どうやら、この男に反応しているらしい。
「知り合いなの?」
パトナがヘルナスティアと水玉のネルネップルに尋ねる。
「あぁ、こいつも暗黒魔術師連合の幹部さね。『呪怨六星衆』の一人、虚宮門番、ピッキン・ロッキン・グーンっていうね。ずる賢くていけ好かない男さ」
吐き捨てるように言う。
「ゲートキー……? ヘルナスティア、その男の使う魔法って……まさか」
「その、まさかさ。空間を捻じ曲げて迷子にしたり別の場所へ行かせたり。そんな魔術を使う男だったね、いつもコソコソ隠れて奇襲ばかりで卑劣な男。どうやら、あの幻影都市にアタイらを迷い込ませたのは、コイツだったみたいだね」
「なるほど、こいつが……!」
どうしてくれようかと思ったが、男はピクリとも動かない。おまけに地面に描かれた魔方陣はすべて焼け焦げて、燃えたようになっていた。
「失神してるニー」
ミィアがつんつんと男をつま先でつつく
「……魔法回路がすべて焼ききれているね。こりゃ、魔法使いとしては終わり、再起不能さね。ライガたちの『魔法の馬車』が発射した光の魔法、あの力が逆流したんだろうさ」
「あ、あはは……。ナルホドまぁ、いいか」
これで5人目の魔法使いを倒した事になるのだろう。
忘れそうになるが、人々を苦しめる暗黒魔術師連合の呪怨六星衆。彼らを倒すことが俺たちの旅の目的でもある。
雷撃の魔法使い、ホルテモット卿。
死肉操者、ゴージャス・マイリーン。
そして、期せずして仲間になってくれた「炎の魔女」ヘルナスティアと、奇妙な共闘という道を選んだ「水の魔女」ネルネップル。
そして、足元に転がってる男が五人目の魔法使い、虚宮門番、ピッキン・ロッキン・グーンだという。
「さて、残るは一人。それを倒せば……パトナ!?」
ふわっ、とパトナが倒れ込んできた。慌てて俺は抱きとめた。
「あれ? どうしたんだろう? アタシなんだか、疲れたのかな?」
「……パトナ?」
<つづく>
【今日の冒険記録】
・同行者:炎の魔女ヘルナスティア
:猫耳少女ミィア
:足つきの壷×2(ガソくんとリンちゃん)
・所持金:3560円
:65リューオン金貨
・所持品:PCパーツ、毛布、工具一式、ライター2個、トイレットペーパ、テッシュ
:身の回り品、雑貨、毛布、パンと乾し肉と魚。
:飲料水補給済み
・走行距離:520キロ
・ガソリン残量: 38リットル(予備、約55リットル)