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 決着、そして……脱出

『朕が千年間……統治している聖なる地を……おのれ……よくも汚してくれたのぅ……!』


 幼女君主(ロリ・ロード)の憎しみに満ちた声が響き渡った。


 宮廷の前に忽然と姿を見せた、細く小さな身体の童女。

 黒曜石のような瞳は、暗く深い沼のような闇に染まっている。


「ここは一体何なんだ……! お前の……世界なのか!?」


 俺は社用車の中から叫んだ。声はクラクションのスピーカーを通じて拡声され、外部に聞こえている。


『異界よりの客人(まろうど)よ、その通りじゃ。朕は永久(とわ)を生きるもの。久遠(くおん)の時を渡り歩き、来るべき新世界で命の再生を約束され、統べるもの。永遠の命をもつ者なり』


「永遠の命!? 意味わかんないぞ! 何人もの人間を食って、魂だけになってまでこんな場所に引き篭って、そんなんで生きてるって言えんのかよ!?」

「ライガ……!」


 俺は思わず叫んでいた。

 ここに迷い込み、食われてしまった多くの人間たちのことを思うと、この身勝手な存在が許せなかった。

 沸々と怒りがこみ上げてくる。


 助手席のパトナがぎゅっと俺の腕を掴む。


『時間も命さえも超越した存在である朕に、ぬしらの魂をささげよ。さすれば…………来世での再生を約束しようぞ』


 陶器人形(ドール)のような整った顔立ちのまま、漆黒の瞳をニィ、と細める。

 可愛らしい白いドレス姿の幼女。

 けれど、その中身は虚ろな抜け殻、魂の残骸だ。人の心をどこかに置き忘れた怪物。

 永遠に生きると言う、目的(・・)だけが残った、魂の成れの果て。


「そうかよ……。そんなもん、お断りだ!」


 これ以上の問答は、無用らしい。


『――(ちん)が神聖セトゥ・ガリナヴァル王国の正統後継者にして、唯一無二の君主、ロード・ヘブラカーンなるぞ』


 無表情のまま、再び自己紹介を繰り返す。


「不死を手に入れようとした邪悪なボスの末路は……決まってる!」


 空では太陽と翼を広げた赤い竜が、まるで絵画のように静止している。

 地上で動くものは、俺たちの社用車と赤いジャケットの大男ヴァル・ヴァリーだけだ。

 宮殿に大勢いたはずの大臣や臣下、そして騎士団の生き残りもすべて、背景の一部のようになって止まっている。


「ライガ……世界が崩れるよ!?」

 ビキシ、ビギギ……と嫌な軋み音と共に空や宮殿、地面に亀裂が走り始めた。

 亀裂の向こうは真っ赤な傷口のような、不気味な光が満ちている。


「どどど、どうするニー!?」

 後部座席でミィアは涙目で、落ち着かない様子でぐるぐる回っている。

「大丈夫、何とかするから……!」

 パトナが落ちつかせるが、なんとか……なるのだろうか。


 と、ズドドと赤いジャケット男、ヴァル・ヴァリーが駆け寄ってきた。パワーショベルでの大立ち回りを終え、かなり消耗しているようだ。

 

 社用車の窓を開け、俺は顔を出して応じる。ヴァル・ヴァリーは社用車の屋根に手をつくと、荒い息を吐きながら、運転席の窓を覗き込むようにして俺に叫んだ。


「ジャスティス! オレの友、ネルネップルが……あの幼女は、力を失いつつある、世界を維持できない、とジャスティス!」

「魔女ネルネップルが……?」


 見ると、ヴァル・ヴァリーの頭上で、ぷよんぷよんと飛び跳ねる「水まんじゅう」のような半透明の生き物がいた。

 どうやら、炎の魔女ヘルナスティアのライバル、水の魔女ネルネップルが相手の様子を冷静に見定めていたらしい。


「なるほどね。ネルの言うとおりさ。この閉鎖された世界、『閉鎖結界(クローズド・セグメンツ)』は術者の魂を触媒に、時間と空間に(イカリ)を下ろして存在している。だが……限界のようだねぇ」


 こうしている間にも幼女君主(ロリ・ロード)ヘブラカーンは同じ言葉を繰り返している。魂を俺たちから奪えなかったことで急速に力を失い始めているのだろう。

 街も宮殿も粉のように崩壊を始めている。地鳴りのような音が世界全体を包み込み、遥かかなたの町並みが異次元のような空間へと回帰してゆく。


「ヘルナスティア! どうやったらここから出られるんだ?」


「ブチ破るしかないねぇ。強い魔法、あるいは……強い力で。いっておくけどアタイにゃ無理だよ。あんな神話級の神の眷属みたいな相手……千年も存在しつづける魂の亡霊相手に、アタイの魔法が通じるもんかね」


「……大丈夫! わたしとライガがなんとかする!」

「パトナ!?」


「ヘッドライトビームを使うの!」

「あ! 高電子衝撃光線砲(ディスチャージ・ショックビーム)……!」


 それはこの社用車の最強武装だ。一瞬で強烈なエネルギーを放つことが出来る。


「でも、必殺技を撃つと普通の車に戻っちゃう。守りも失う。だから……お願いヘルナスティアさん、ヴァル・ヴァリーさん、ネルさん! この封じられた世界に穴が開いたら守って! 一気に逃げ出したいの」


「やれやれ、仕方ないねぇ。それしか手が無いじゃね。どんな必殺技かは知らないけどさ」

「ジャスティス! ……異論は無い!」


 話は決まった。 ヘルナスティアは炎の魔法の詠唱に入り、ヴァル・ヴァリーはギチギチと狭い荷台へと乗り込んでもらう。


「ジャスティス……! 狭いがジャスティス! ジャスティス!」

「ちょぃと黙ってろよ!?」


 フロントガラスには真っ赤な警告と『高電子衝撃光線砲(ディスチャージ・ショックビーム)』の発射シークエンスが映し出された。


「ライガ! 準備はいい!?」

「あぁ、いつでも!」


 俺は発射トリガーである「ライト」のレバーに指をかけた。つまみを捻れば通常のライト。レバーを引けばパッシング、つまりライトが光り……破壊光線が発射される仕組みだ。


「――安全装置解除(セイフティーロックフリー)、ヘッドランプ内粒子圧力上昇! 発射点固定……!」


 パトナが次々と読み上げるたびに、フロントガラスに映る表示が変化し、図形や文字が赤から青へと変わってゆく。


「ターゲットスコープオープン!」


 フロントガラスに十字を描いたような照準がポップアップで表示された。


「目標、正面……距離100! ロード・ヘブラカーン!」


 幼女の姿に、一瞬だけ俺は憐憫の情を覚えた。

 永遠の牢獄ともいえる不死への願いは、如何ほどだったのだろう?

 寂しくはなかったのだろうか?


 1000年もの間の孤独。こんな場所で一人で誰かが来るのをじっと待ち……そして食らっていたのだ。


「ライガ……帰ろう!」

「ライガ兄ぃ!」

「あぁ、そうだな!」


 俺は、迷いを断ち切るとハンドルを操作して、目標をターゲットスコープの中に収める。

 三角形のマーカが幼女君主(ロリロード)ヘブラカーンに重なると「照準固定(ロックオン)」の表示と音がした。


「エネルギー充填120%! 対ショック・対閃光防御!」


 パトナが叫ぶと同時に、フロントガラスが遮光され黒く変化する。


電子衝撃光線砲(ディスチャージ・ショックビーム)、発射ッ!」


 俺はヘッドライトのトリガーを引いた。


 次の瞬間、目のくらむような光と共に、轟音が鳴り響いた。

 超絶な熱と光のエネルギーの奔流が、空気を分解し幼女の小さな身体を包み込み、蒸発させた。そしてまるで太陽が昇ったかのような巨大な光の球が空間を突き崩した。


 ――これが……死……かのぅ?


「ヘブラカーン?」


 一瞬だけ、あの幼い君主の声が聞こえた。

 声はまるで迷子の幼女が泣いているような、かなしげで儚げだった。けれど僅かに、どこか嬉しそうな響きを含んでいた。


 ガラスに岩を投げつけた瞬間のように、世界が一瞬で崩壊する。宮殿も地面も空も。

 絵のように動かない騎士や大臣たちも。まるでチリのように消えてゆく。

 色々な物が飛び交うが魔女ヘルナスティアの「炎の結界」で阻まれて燃え尽きる。


「ライガ! あれ!」

「出口だ! いっ……けぇえええええ!」

 目のくらむような光の渦の向こうには、本物の青空(・・)が見えた。


 俺は社用車のアクセルを思い切り踏み込んで走り出した。だが、加速が悪い。まるで夢の中で足掻いているように速度が出ない。

「く、くそっ! 進まない……!」


 だが、その時。


「ぬぅん! ――ジャスティス!」

 ヴァル・ヴァリーが渾身の力をこめて叫びながら、社用車の天井に手を押し当てた。

 赤い光が車内を満たすと軽い衝撃と共に、ボンネットに赤いエアインテークが出現、キュィイイイイイイイ! という音がして、社用車が爆発的に加速し始めた。


「ちょっ!? ヴァル! なんだこれ!?」

「ジャスティス・ニトロターボ! ……ファイッ!」


「タタタ、ターボ!?」

「ちょっと変な改造しないでよ!?」


 パトナが悲鳴とともに抗議の声をあげる。

 だがヴァル・ヴァリーのお陰で社用車は加速し、あっという間に崩壊世界のトンネルを抜けることが出来た。


 真っ青な空と草原へと飛び出した俺たちの社用車は、大きく何度かバウンド。ギュルルとブレーキを踏みながらようやく停止する。


「ぐっは!?」

「戻ってきた! ライガ! 元の世界だよッ!」

「あぁ! やったなパトナ!」

「やったニー!」

「やれやれだねぇ」


 振り返ると、崩壊した世界の穴が静かに閉じて消えてゆくところだった。


 あの幼女君主(ロリ・ロード)の魂が作り出した食人の結界世界……。だが、あの哀れな魂は、光に包まれ昇天した。


 ――ロード・ヘブラカーン。


「やっと死ねたんだ。静かに……お休み」


 俺はそっと祈るような思いを込めて呟いた。


<つづく>


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