激闘のパワーショベル、そして明かされる秘密
上空の竜が、地表の建設重機に向けて激しい炎を浴びせかけた。
――ゴォオオオ!
赤く塗装されたヴァル・ヴァリー専用の赤いパワーショベルは、一瞬で炎に包まれる。
「ライガ、ショベルカーが燃えちゃうよっ!?」
「ヴァル・ヴァリー!」
パトナの声に、咄嗟に社用車のアクセルを踏み込み、加速。
ワイパーでフロントガラスの血を拭いながら距離を詰める。そして一気に火炎放射の塔のような炎の元へ駆けつけると、クラクションを通常モードで乱打した。
――プゥァアアアアアアアッ!
「おら! こっちだッ!」
警報音が宮殿の庭に響き渡った。それは宣戦布告のラッパのように、敵の目を引き付ける効果があった。
『……グアッ!?』
「おのれ、わが王国に仇をなす不届きものがここにも!」
パワーショベルに炎を浴びせかけていた竜の動きが止まる。
同時に、上空を舞う竜を操る騎士が手綱を引き絞り、社用車に向けて急降下してくるのが見えた。
更に、建設重機の左右を挟み込むように、尻尾を叩きつけていた二匹の竜も社用車の放つ大音量に意識が向いた。
『ガギュルルル……!?』
「鉄の怪物の仲間か!」
『グルルルアッ!?』
「既に二騎もやられている! この白いヤツからやるぞ!」
地上にいた青と緑の鱗を持つ二体の竜と彼らを操る騎士が、俺たちの社用車に方向を変えて向き直った。
と、次の瞬間。
「ジャスティス! 貴様達の相手はジャスティス! ……この俺だッ!」
ヴゥオオオン! という機動音と共に方向転換していた、青い鱗の竜の背中に、建設重機のショベルが突き刺さった。
『ガゴオオオオオオオァツ!?』
すさまじい竜の絶叫が響き渡る。
火炎放射を浴びながらも、建設重機は致命的なダメージを受けていなかった。
確かに、竜の火炎は凄まじいが、それは生身であればというレベルだ。
ブレスの源は、確か胃の中で食べ物が発酵した際に出来る可燃性ガスだ。その燃焼温度では通用しないのだ。ブズブズと油圧制御用のゴムカバーが燃えているが、それだけで動きを止めることは出来なかったようだ。
建設重機のボディは分厚い鋼鉄製。致命的な破壊温度に至らせるには『炎の吐息』の熱量では足りないのだ。
現代文明の火器、徹甲弾でも持ってこない限り破壊できないだろう。
――流石だぜパワーショベルッ!
思わず俺もハンドルを握る手に力がこもる。
それどころかヴァル・ヴァリーは相手の一瞬の隙を突き、高く振り上げた鉄の腕を全力で振り下ろし、竜の背骨部分に突き立てていた。
本来、硬い地面を穿つための重機。振り下ろされるアームが持つ質量と運動エネルギーたるや、巨大な怪物の背中を「掘る」ことなど造作も無かった。
ゴギッ……! と鈍い音がして、竜の背中が捻じ曲がり地面に叩き伏せられ、同時に真っ赤な噴水が噴出した。
「ば、ばかな……ぐわっ!?」
衝撃で背中の騎士が振り落とされる。
竜は何度か苦しげに呻きながら、長い尻尾でショベルカーのキャタピラを殴りつけるが、やがて動きを止めた。
「おのれ、よくも貴様ッ!」
『グゴァアアアッ!』
もう一体の緑色の鱗を持つ竜が、パワーショベルの真横から体当たりを食らわした。
ズゴガァン! と衝撃が加わると流石の建設重機の車体が、斜めに傾いた。どうやら緑と青は陸戦型のパワー重視の個体らしい。
「――ぬ、うっ!?」
『ギゴァアアア!』
「フハハ! いいぞ! そのまま横倒しにしてしまえ!」
背中の騎士は、鉄の怪物――パワーショベル――の弱点を見抜いていたのか、あるいは偶然なのか、重機をパワーで横倒しにしようという作戦に切り替えたようだ。
「ライガ兄ィ! 真上ニーッ!」
「ライガ! 上空から狙われてる!」
「くっ!」
ヴァル・ヴァリーの支援を……と考えた俺だったが、ミィアの声に慌ててアクセルを踏み急発進する。
背面のリアガラスが真っ赤に染まり、炎が追いかけてきた。
上空からの竜の『炎の吐息』の放射で草が一瞬で燃え、炎を吹き上げる。
「ニァー!? また燃やされるニー!?」
「くっ! みんな、しっかり掴まれッ!」
俺は追いかけてくる火炎放射を誘導するように、パワーショベルを押している竜の方向へとハンドルを切った。
フロントガラスには、斜めになった車体を、鉄のアームで支えるパワーショベルの姿があった。その赤い車体を青い鱗の竜がグイグイと渾身のパワーで押している。
上空の赤い竜は、火炎を止めず俺たちの社用車を執拗に狙い続けている。
「ここだぁああっ!」
俺は炎を誘導しながら、急ハンドルをきり思い切りブレーキを踏んだ。
ギュルルと芝生の地面を蹴散らしながら、ドリフトターンのような状態で青い竜の背後に車体を回り込ませる。
すると上空の赤い竜の放つ火炎放射が、今度は青い竜を直撃、一気に炎に包まれた。
『ギギャァアアアッ!?』
「ぬ、うぉわわあああ!?」
背中に乗る騎士が炎の塊になって転がり落ち、竜も背中の羽を焼かれ苦しそうに悲鳴を上げた。
「ライガ、すごい!」
「上手くいった!」
作戦通り、見事な同士討ちとなった。視界の隅で、赤い竜が再び上空へと逃げてゆくのが見えた。
「ぬぅん! ジャスティス……ハンマーッ!」
ギュィイイイン! とパワーショベルが上体を回転させ、バットのフルスイングのような勢いで青い竜の側頭部を殴りつけた。
鉄のアームの先端のシャベル部分が、まるで鉄のパンマーのように竜の頭に激突する。
ゴガァンン……! と鐘を打つような音と同時に、青い竜は動きを止め、ズゥウウムと静かに崩れ落ちた。
「倒したニーッ!?」
「やるもんだね、伝説級の戦士や魔法使いが束になっても勝てないと言われる竜を……四体もたおすなんて、長生きはするもんだねぇ」
ミィアとヘルナスティアが拍手をしながら、ガラス越しの光景に目を丸くする。
「ライガ兄ぃ! あれを見るニー!」
ミィアの声に振り返ると、赤いショベルカーが光の粒子のようになって消え始めていた。
ヴァル・ヴァリーがむき出しになった操縦席から飛び降りて、よろめき片膝を地面につく
「――活動限界! ジャスティス召還の力が切れたんだ!」
「でもまだ! あと一匹いるんだよ!」
パトナの声に車の速度を落とし、ミィアと共に青空を探す。
「あ……、あれ?」
だが、何故か赤い竜は空中で静止していた。
いや静止というよりは停止している。
まるで動画再生を止めたかのように、空中で完全に止まっているのだ。
「何が……起こったの?」
上空に舞い上がった竜はそのまま降りてこなかった。
その時、ビキシ……! と青空に亀裂が走った。それは比喩でもなんでもなく、青空に……いや、建物や地面、全てに亀裂が広がり始めていた。
「空間……そうか! 空間そのものが割れ始めているんだ!」
「なるほどね、ここは『閉鎖結界』の中だったのかい」
魔女ヘルナスティアが青い瞳を細め、金色の前髪をかきあげた。
「し、知っているのか? ヘスナスティア」
「『閉鎖結界』、魂や命を触媒に、自分だけの世界を構築する、禁忌の失われた時代の超魔法さ」
「つまり、俺たちは……別の世界に更に迷い込んでいたってのか……!」
俺とパトナは顔を見合わせる。
と、その時。
『よくもやってくれたのぅ……。朕が千年間……支えていた世界を……おのれ……よくも……こんな』
幼女君主の憎しみに満ちた声が響き渡った。
<つづく>