巨大ドラゴン VS 俺たちの社用車
上空にはドラゴンが5匹、円を描くように飛んでいる。
宮殿前の広場はサッカーグラウンド2面分ほどの広さがあり、あちこちに白い石像や優雅な噴水が設けられている。
社用車で走り回った場合、直線でのスピードは出せないが、状況次第では遮蔽物になりそうだ。
「ドラゴンが、全部で5匹……!」
暗雲の立ち込める神聖セトゥ・ガリナヴァル王国の宮殿を見下ろしながら飛ぶのは伝説の怪物だ。巨大なコウモリのような羽にトカゲのような身体をもつ巨大な竜。
体の大きさは自動車ほどもあり、首はちょうど動物園で見たキリンのようなサイズ。頭の先から尻尾までの全長は10メートル、両翼端は15メートルにも達する。
金属のような光沢を持つ大きなウロコで全身が覆われていて、赤や緑、青、黄色に紫と、色の按配も多少個体差があるように見えた。
首の位置には乗馬器具のような鐙が取り付けられていて、白銀の輝きを放つ鎧をまとった騎士が跨っていた。
彼らは聖竜騎士団の、残存戦力のようだ。
「ライガ、指示を出して!」
「お、おぅ!?」
「こ、この鉄の馬車なら食われないニー? 大丈夫にー?」
「心配ない、とりあえずは」
「アタイのやり場のない怒り、どうしてくれるのさ……!」
「その怒りを上手くドラゴンにぶつけてくれよ!?」
車内の声に返事をしながら作戦を考えるが、考えがまとまらない。
急にリーダーシップを発揮しろといわれても、出来るものではない。今までの人生(まぁ転生前だが)を振り返っても、旗振り役というのは経験がないのだ。
我ながら実に情けない。
特別な力もない上に、頭もそんなにキレるわけでもない。
だが、俺がここでうまく指示を出せば、このピンチを切り抜けられるはずだ。
「あの鉄の化け物を仕留めよ!」
「我らが王国を汚す、邪悪なる客人め!」
『ガグァアアッ!』
『ギァアアッ!』
上空の騎士達が操るドラゴンの手綱を引き絞り、3匹が急降下してくるのが見えた。
赤っぽいのと青いの、そして緑色の個体だ。
猛禽類を思わせる鋭い瞳が狙うのは、俺たちの乗る社用車よりも目立つヴァル・ヴァリーの乗った重機のようだ。
キュラキュラとキャタピラの音を響かせて、パワーショベルは広場の真ん中に進むと、停車。鉄の巨大なアームを高々と持ち上げた。
「ライガ!」
横に居るパトナは俺の言葉を、指示を待っている。
こうなった以上は、やるしかない。俺は咄嗟に考え付いた作戦を伝える。
「よ、よし! あいつらが狙っているのはヴァル・ヴァリーのパワーショベルだ。攻撃した瞬間には隙が出来るはずだ。俺たちは車で周囲を走り回って援護する! ヘルナスティア、力を貸してくれ。ここで食われたらゲームどころじゃないんだ」
「仕方ないねぇ……。アタイのスマホが充電できなくなると困るからね」
完全に俺が渡したスマホ中毒だが、お陰で無償で協力が得られそうだ。
「じゃ、窓を開けて火炎魔法で援護してくれるか?」
「竜の丸焼きを連中にご馳走してやるさね」
イヒヒと、いつもの狡猾な魔女の顔に戻り、金色の髪を指先で整える。俺はコクリと小さく頭を下げ、次に怯えっぱなしのネコ耳少女に向き直る。
「ミィア。キミは上空を見張ってほしい。敏感な目と耳で、ドラゴンが何処から来るか、しっかり見張って欲しいんだ。できるかい?」
「わ、わかったニー!」
ミィアがネコ耳をぴん! と立てて唇をきゅっと結ぶ。
「えらいよ、ミィア勇気を出してね!」
「ニー!」
パトナが助手席から振り返り、ミィアを励ます。
俺やパトナだけでなく、ミィアが背後と上空を見張ってくれるとこで、格段に死角が減る。戦いにおいて状況の把握は一番大事なことのはずだ。
――皆が出来ることをやって、上手く連携するんだ……!
難局を乗り切るにはそれしかない。
パトナには命綱ともいえる社用車の制御をまかせ、俺は運転と戦いの指示に集中する。
俺はアクセルを踏み込んで、社用車を急発進させた。
「ライガ兄ぃ! 早速上から二匹がこっちに向かって来るニー! 紫と黄色いドラゴンだニー!」
「早速きたか!」
三匹は建設重機、二匹は社用車担当らしい。
「左後ろ20メートル! あ、いま二手に分かれたニー!」
「バックミラーでも見えた! 左右の後方、死角から来るつもりか!?」
芝生の上はタイヤが滑りやすいが、平坦で凹凸もない。捕まらないように動き回るしかない。
そして四方を城壁で囲まれているので、その上から矢で狙われる危険もある。
兎に角、竜5匹を倒す以外、道はない。
「ライガ、真上ニーッ!」
「くっ!?」
『――ガグァアアッ!』
ミィアの声に咄嗟にハンドルを切る。ギュアッ! と右にターンすると、ビュゴォオオ! という風きり音とともに紫のドラゴンの尻尾が、激しく地面を叩きつけた。
衝撃で芝生がめくれあがり、茶色い土が舞う。紫色の竜が地上スレスレを飛び、再び舞い上がっていった。
「あっぶね!? アイアンテールか!?」
「ライガ! 今度は右後ろニーッ!」
また尻尾の攻撃か!? と思ったがドラゴンは車の真上でバサリ! と大きな翼を羽ばたかせ、俺たちの社用車の走る速度にあわせた。
つまり、真上を俺たちと同じ方向に飛行速度を合わせたのだ。コウモリのような羽の影が地上に影を落とす。
――真上!? ……ブレスだ!
「みんな! 火炎がくる!」
俺が言い終わらないうちに、視界が赤い炎で包まれた。ゴァアアアアアア! と真上から火炎放射のようなブレスが社用車に向けて放たれたのだ。
「ふん……!」
ヘルナスティアが目をつぶり精神集中させはじめた。
「あちち!? でも……この程度の火力で、高硬度分子結合外殻の装甲を溶かすことはできないわ!」
パトナがフロントガラスに、社用車の全体図と表面温度の分布図を出した。赤いところが高温、青いところが低温らしいが屋根が真っ赤に染まっている。表面温度はあっというまに200度に迫る。
「車は無事でも俺たちが蒸し焼きになるぞ!」
「天井が熱いにー!?」
――ていうか、後ろの壺に引火でもしたらまずい!
俺は急ブレーキを踏み、速度を落とした。
目標を急に見失った竜は、口から炎の残りを吐きながら、前方へとすっ飛んでいった。
と、目をつぶり何やらブツブツと呪文を詠唱していたらしい魔女、ヘルナスティアがカッ! と目を開けた。
「火炎回廊大還元祭!」
詠唱とともに車の周囲に渦巻いていた炎の熱気と、光、全てがまるで意思を持った生き物のように、上空の黄色いドラゴンを追いかけ始めた。
だがそれは「追いかける」という生易しいものではなかった。
さっきまでこの車に向けて吹き付けていた炎のブレス全てが集まり、まるで炎の蛇のように無数に舞い上がる。そして黄色いドラゴンに向けて速度を増すと、炎の矢のように次々とその鱗を突き破り無数に突き刺さった。
赤い炎の矢に全身を貫かれると、ドラゴンの内側から突然、轟々と激しい炎が吹き出した。
「なっ!? 炎が!? ぎ、ぎィヤァアア!?」
『――ガグァアアッ!』
赤い火炎は、あっというまに黄色いドラゴンの全身を包みこむと、その全身を黒く変色させてゆく。
背中に乗っていた騎士が、激しい炎に焼かれあっという間に見えなくなり、ドラゴンの羽が燃え尽き消し炭になった。
魔法の浮力を失った巨大な体は、そのまま地表へと落下。大爆発とともに赤黒い破片が飛び散らせた。
「や、やった!?」
「ヘルナスティアさん! すごい!」
「やっぱりこの魔女さんは怖すぎるニー!?」
「アタイを誰だと思ってるんだろーね? 炎の魔女だよ? アタイに炎の攻撃……? キヒヒヒヒ! おとといきやがれってんだ」
耳まで裂けんばかりの凶悪な笑みを浮かべ、消し炭になった竜を見て嗤う。
その表情にゾッとしつつも、とんでもない奴が味方になったものだと、興奮さえ覚えてしまう。
だが、感慨に耽っている場合ではなかった。
速度を急速に落としたことで、もう一匹の紫の竜が急降下してくるのに、気がつかなかったのだ。
ドゴォン! という衝撃とともに社用車が揺れ、フロントガラスとサイドガラスに巨大な竜の爪が見えた。
「しまった!?」
ギリギギギ……と金属がこすれる音がして、すさまじい力が加わっているのがわかる。
このまま空に持ち上げようというのか、あるいは転がそうというのか。
バックミラーには長大な尻尾が地面を叩くのが見えた。
「ライガ! 捕まえられたよ!?」
「何やってるんだい!?」
「ニァアア!? ゴメンニー!」
『ギィエエエエ!』
ドラゴンの怪物じみた叫び声が聞こえた。それは獲物を捕らえた事を誇らしげに叫んでいるかのようだった。
だが、これは想定内だ。
「慌てるな……! 待っていたんだよ、この瞬間を……! パトナ! ワイパー・カッター! 全弾、放てッ!」
「――了解っ!」
シュンシュンシュンッ! とフロントワイパーとリアワイパーが同時に動いたかと思うと、すさまじい勢いで、シュポーンと黒く細いブーメランが宙へと舞った。
フロントから2本、リアから1本飛び出した「単分子カッター」は、あらゆる物質を切断できる必殺の近接戦闘武装だ。
それは上空で8の字を描くようにターンすると、シュシュシュという音を立てながら、社用車の屋根を押さえつけていた、巨大なドラゴンの胴体部分や長い首、そして尻尾を次々と通過していった。
そして、ワイパーはカシャンカシャンと全て元に戻る。
急に外から音が消えた。
竜の唸り声も、車を掴む爪の音も。
「ニ……イ?」
ミィアが窓に顔をへばりつけて、恐る恐る上の様子を見た、次の瞬間。
ズドォオオン! とドラゴンの生首が降ってきた。
続いて、真っ赤な滝のような雨がズシャアアアアと降り注いだ。
「うっわ!?」
「きゃぁあ!?」
「ニィアアアアアア!?」
「悪趣味だねぇ……」
ズシャアアアアア! と血のシャワーで社用車のガラス全てが真っ赤に染まり、そのむこうではドチャドチャと血の海に肉片が落下する音が聞こえた。
正直、これは正視できない地獄絵図そのものだろう。
俺はワイパーで血をふき取りながらアクセルを慎重に吹かし、社用車を再び走らせた。
「なんとか2匹……!」
「ライガ! あれ!」
すると真正面、広場の中央で巨大な竜が、パワーショベルのアームに噛み付いているのが見えた。
二匹ものドラゴンが、金属の腕に噛み付き、押さえ込もうとしている。
そして、もう一匹の竜が上空に舞い上がり今にもブレスを吹きかけようとしていた。
「くっそ! 今いくぞ、ヴァル・ヴァリー!」
<つづく!>