食人王宮と、正義召喚(サモナード・ジャスティス)
「えぇい! 客人たちを逃がすでないぞよ! 晩餐会が開けぬではないか!」
謁見の間へ再び現れた幼女君主、ヘブラカーンが甲高い声で叫ぶ。2メートル四方ほどの御輿の上に乗り、地団太を踏んでいる。
小さな幼女を乗せた御輿は、半裸の男8人が担ぐ形式だ。
俺達とヘブラカーンとの距離は20メートルほど。逃げ惑う大臣や貴族の人波の向こう側だ。
「御意!」
「お客人を外に出してはならぬ!」
白いひげを蓄えた大臣が叫ぶと、臣下や中年のメイドたちは慌てた様子で正面の扉へ殺到すると、身体を使ってバリケードをつくり扉を封鎖してしまった。
「ライガ! 閉じ込められたよ!?」
「ライガ兄ィ!」
「くそっ!?」
爆発の煙と混乱に乗じて逃げ出そうと、壁沿いを進んでいた俺たちは足を止めざるを得なかった。
俺はパトナとミィアの手を握ったまま、他に脱出経路が無いか探す。
だが、窓は高い位置にしかなく、正面の大きな扉だけが唯一外へと通じる道だ。
背後には高潮した顔で眉を吊り上げた大男、ヴァル・ヴァリーも一緒だった。
俺達を狙っていた敵ではあったが、今は共に逃げるしかない。
「正義の申し子であるオレを食うつもりだったとは……! 認めたくはないが、この国にジャスティスは無い……というわけだな」
「有るわけないだろ! 食人族だぞコイツら!」
俺は右と左をビシビシ指さして、俺達の行く手を遮る異様な連中の顔を見た。
美しかった顔は男も女も恐ろしく歪み、飢えた餓鬼のように血走った目を見開いている。吊り上った口の端から赤紫色の舌をダラリと垂らしている者さえいるのだ。
正義がどうとかいう以前に、俺達を「食う」つもりだった時点で狂っている。異常、マトモじゃない。
この国、神聖セトゥ・ガリナヴァル王国は、すべてがおかしいのだ。
そもそも……本当にここは国なのか?
美しい街の中で、一人として子供の姿が見えなかった事が、今更ながらに思い返された。
それが意味する事を考えると、足が震えてくる。
考えたくは無いが、おそらく……。
「ちょいと! アタイも置いていかないでおくれよ!」
と、そこへ全裸の魔女ヘルナスティアが、煙の立ち込める中を走り抜けて、俺たちに追いついてきた。小脇には唯一の衣服らしい魔法使いのマントを抱えていた。
金髪はアップにして一まとめにしているが、全身は白いクリームまみれ。露になった胸は実に豊満でふるんふるんと揺れ、腰まわりもふっくらとして、実に目のやり場に困る。
「ライガ見ちゃだめー!」
「わ、ばか!? こんな所で目隠しとかするな!」
パトナが俺の後ろから両目をギュギュウと押さえ視界が黒く染まる。こんなイチャイチャな事をしている場合じゃない。
「ヘルナスティアさんも何か着てください!」
「仕方ないねぇ」
ヘルナスティアはパトナに言われて、渋々魔法使いのマントを全裸の上に羽織ったようで、俺の視界が再び開かれた。
「あーあ、もう! 全身ベタベタで気持ち悪いじゃないのさ……」
「少し緊張感出してくれ! 食われるところだったんだぞ!?」
「イケメン騎士がアタイを美味しく食べてくれるなら本望だったけどねぇ……ウヒヒ」
「そういうマジでやめろ!? 今本気でヤバイところなんだからな!」
実に惜しい! と言う顔で舌なめずりをする魔女ヘルナスティア。この期に及んで、まだ下ネタを言う神経もどうかしている。
「とにかく逃げるニー」
半泣きのネコ耳少女ミィアは、揚げ物の「ネコ耳フライ」寸前だった。おかげで首から下は小麦粉と溶き卵、そしてパン粉まみれだ。
「少しの辛抱だミィア。くっそ、ここから出ないと今度こそ本当に調理されちゃうぞ!」
ヘルナスティアの巻き起こした大爆発により、混乱していた宴会場だったが、気がつくとメイド達や血走った目の貴族や大臣たちが、手に手にナイフやフォークを持ち俺達を遠巻きに取り囲んでいた。
「御客人! 久しぶりの馳走に御座いますゆえ、静かになさって頂きたい!」
「わたしたちの飢えを、渇きを、満たしてもらわないと……!」
「もう若い人間は、残っていないのですから!」
「我らも食わねば……!」
じりじりと包囲網を狭める食人王宮の人々。瞳からは完全に正気が失われている。
その背後では幼女君主ヘブラカーンが、腕組みをして俺達を見下ろしている。
「そう、食わねば命が終わる」
「な、なに勝手なこと言ってやがる! お断りだ!」
俺は異様な食人王宮軍団を相手に、せめてもの気勢をあげた。
「……仕方ありませんね、御客人。生きたまま調理してさしあげたったのですが」
イケメンの騎士数人が鎧の音を響かせて、人垣を押し退けながら前に出て立ち並ぶと、剣を抜いた。
ギラリとした鋭い銀色の光が、何本も俺たちに差し向けられる。
「国中の子供達や、俺たちみたいな旅人を食ってきたのか!?」
「……君主様は、永遠の美と若さをお望みです。その為には、『命』を喰らわねばならないのです」
「アホか!? 人を食ったって寿命は延びないぞ!」
「朕はずっとそうしてまいったぞぇ。千年もの間、ずっとな」
「な……!? 千年!?」
地の底から響くような、幼女とは思えない声。そして、漆黒の瞳の奥に潜む、深く暗い闇の冷たさにゾッとする。
「どうするのライガ!?」
「ニー!?」
「お、おおぅ!?」
俺をリーダーのように頼ってくれるのは、男として実に嬉しいのだが、俺には頭を回転させる以外に手は無いのが実情だ。
今、思いつく範囲で有効な作戦は二つ。
一つ目はヘルナスティアに頼んで「炎の魔法」を使ってもらい、こいつらを蹴散らして逃げる事。
だが多勢に無勢。魔法だって無限ではないはずだ。とはいえ炎の力で敵の包囲網を突破、あるいは正面突破の隙を作るだけもいい。
「ヘルナスティア、炎の魔法でこいつらを蹴散らせるか?」
「いいけど、あのイケメン騎士だけは私のモノにするからね!」
「あぁ……もう! 好きにしろよ!」
もう一つはパトナに遠隔操作で俺たちの社用車を動かしてもらう作戦だ。宮殿の廊下を突っ走ればわずか10秒足らずで、この部屋まで辿り着くだろう。
「パトナ、車を動かして外側からドアをぶち破れないか?」
「遠隔で車は動かせるけど……、様子が見えないんじゃ操作できないよ」
「な、なるほど」
目視できる範囲内ならばラジコンのように動かせるということらしい。
今、俺たちは「謁見の間」に閉じ込められているのだから、ここから操作すること自体が難しいのだ。
となりゃ、男手である俺が大暴れして血路を開き、強行突破しか……ない。
ジャスティス男も、ここは協力してくれるだろうか。
「おい、ジャスティス男、ヴァル・ヴァリー! 頼む。力を貸してくれ」
俺の言葉に、ヴァル・ヴァリーはぎゅっと眉根を寄せた。そして真剣な眼差しで俺を正面から見据える。
「問おう。お前の正義とは……なんだ?」
「正義? そんなの決まってるだろう」
「ほう?」
「パトナやミィア、ヘルナスティアも……! 共に生きてここを出ることだ!」
俺はパトナとミィアをかばう様に壁際に立たせ、壁に飾っていた細身の剣――確かレイピアとかいうものだ――を手に取った。
優美な見た目とは裏腹に、予想外にズシリと重く冷たい。訓練も何も受けていない俺には、とても振り回せるものじゃない。
――だけど、無いよりはマシだ。
「ふん、その腕から切り落として差し上げましょう」
騎士の一人が歩み寄った。改めて対峙して分る。その迫力と、剣の恐ろしいまでの巨大さに。
「ライガ! 無理だよっ!」
「無理でもなんでも……今はやらなきゃ、ダメなときなんだ!」
俺は自分を奮い立たせて、剣を構えた。
せめて1分。いや30秒でも、パトナとミィアが逃げ出せる時間を……。
と、その時。
「――ジャスティス! 正義を……見たり! 正義召喚!」
叫んだのは赤いジャケットの大男、ヴァル・ヴァリーだった。両手の拳を握り締め、歯を食いしばり腰を落として「うぬぁああああああ!」と気合をこめる。
その気迫に、剣を構えていた騎士達も幼女君主すらも、ハッ!? と表情を変えた。
そして赤い稲妻のような光が、まばゆく謁見の間を照らし出した。
「我は召喚せし! 異界より来たれり……豪腕の片腕の戦士!」
ズズゥウウウム! と超重量の何かが謁見の間の大理石の床に落下したらしく、バラバラと天井が揺れてチリが舞う。
そこに現れたのは巨大な、鉄の塊のような乗り物だった。
それは――巨大な鉄の腕と、キャタピラをもつ、重機。パワー・ショベルだった。
「あ、あぁあ!?」
「ひぃえぇえええ!?」
「なっ……なんんっ!? なんぞそれはああ!?」
幼女君主も騎士も、突然出現した重機に腰を抜かさんばかりに驚き悲鳴を上げた。
「パワーショベル!? うそだろ!?」
「ジャスティス! これが俺のジャスティス! 俺の魂が呼び寄せた……異界の力!」
ゴッ! と操縦席に乗り込んだヴァル・ヴァリーが、レバーを引いた。
フヴォォオオオン! という機動音と共に巨大な鉄の腕が、持ち上がる。
「ひぃえぇえええ!?」
「ばっ……化け物!」
像の鼻のように上に伸びた腕が、ズゴァン! と地面に突き刺さると、今度はそのまま右から左へと回転――騎士達を一瞬でなぎ払った。
<つづく>