注文の多い歓迎パーティ
『何をするニーッ!』
『ミィアに何をするの! やめて、放して!』
隣の部屋からミィアの悲鳴とパトナの叫び声が聞こえた。
「パトナ! ミィアッ!」
俺は焦り身をよじるが、まったく動けない。パトナの前に、自分自身が絶体絶命のピンチの状態なのだ。
血走った目の中年メイド10人がかりで押さえつけられ、グツグツと沸き立った大鍋に放り込まれる寸前だ。
「あちらも、調理が始まったようですね」
執事長メルクカッツェがニィイイッと唇の端を吊り上げる。
瞳には爛々とした狂気の光が浮かんでいた。
「お前ら! パトナたちも……! 放せこらああっ!」
「ぬぅう!? ジャス……ティス!?」
流石に10人以上で押さえつけられては、全身のパワーを振り絞ってもどうにもならない。、巨漢のヴァル・ヴァリーとて同じようだ。
俺は必死に叫んで暴れてみたが、押さえつけられてまるで身動きが取れない。
そもそも、格闘技はおろか喧嘩すらまともにしたことの無い一般人な俺が、こういう場面で何の役に立つと言うのだろうか?
今更ながらに自分の無力さを思い知る。
「はっ……あああああ!」
と、気合を入れてみても都合よく覚醒……するはずもない。
やはり車を運転する以外、何のスキルも無いのだ。魔法やチート能力とは言わないまでも、せめて「実はソードスキル値が高い」とか、何かないのだろうか?
俺がそんなことを思いながら、むなしい抵抗を続けていると、今度は中年メイドの一人が、ベルトに手をかけた。俺の服を脱がせようとしているのだ。
「ちょっ!? えっ!? やめ……やめろって!」
「……」
性的な意味ならまだいい(良くない!)が、これはガチで食人だ。
俺を塩茹でにして「食う」つもりなのだ。
中年メイドたちが無言なのが、怖い。
「俺なんて食べても旨くないって!」
と、次の瞬間。
ドバァアン! という衝撃音と共に部屋が揺さぶられた。ガラス窓にヒビが入り、部屋の天井からパラパラと塵が降る。
「――なっ、なんだ!?」
これには流石にニタニタとした笑いを浮かべていた執事長も、動揺の様子を見せる。
『興ざめだねぇ……アタイを怒らせるんじゃないよ』
そして、低くドスの効いた声が聞こえてきた。
――魔女、ヘルナスティア!
そうだった。向こうには心強い魔女が居たのだ。
『ヘルナスティアさん!』
『ニァアーー!』
『おやおや、なんて格好だい?』
その声に俺は安堵し、ヴァル・ヴァリーは力の緩んだ一瞬の隙を見逃さなかった。
「ぬっうん!」
「ギャッ!」
右腕にしがみついた中年メイドを振り払うと、そのまま左腕の中年メイドを殴りつけ吹き飛ばす。そして腰にしがみついていた数人をあっという間に蹴散らした。
「えぇい! 何をしているか!」
執事長メルクカッツェが両腕を腰に据えて、ダッ! と床を蹴った。その動きと身のこなしから、格闘術か何かなのは明らかだった。
だが、自由になったヴァル・ヴァリーも身構える。
「食材は大人しく……鍋に入って頂きたいイイイイイイッ!」
ダンッ! とジャンプして高く飛び、両腕で連打を打ち放つ執事長メルクカッツェ。拳があまりに速く十数発のパンチが一斉に、ヴァル・ヴァリー目掛けて襲い掛かったように見えた。
「なっ!?」
こういうのアニメで見た! としか感想が出てこない自分も情けない。
ていうか俺は既に半ケツ状態。俺を押さえているメイド達は、淡々と仕事をこなしているので、パンツまで下げられないように身体をくの字にするという、実に消極的な攻防が繰り広げられている最中だ。
ギュドバババババ! とヴァル・ヴァリーに拳の雨が降り注ぐ。数発のパンチを防いでも、あまりにも速い拳を防ぎきれないのだ。
「私は元聖なる騎士! 訳あって執事長を務めておりますが、戦闘力はまだ若い者に負けはしませんよ!?」
「ぐっ……! うぐっ!?」
ドッ! ドドッ! と拳が直撃し、巨漢が衝撃で揺れる。目元を隠していた仮面が飛び、初めて素顔が晒される。
眦の下がった青い瞳、意外にも甘いマスクのイケメン風。だが、そんなことはどうでも良い。
ヴァル・ヴァリーも重そうなパンチで反撃するが、遅い。執事長は足のステップを使い難なく避けて、再び踏み込んでくる。
「ハハ!? 遅い遅い! これで……トドメですよ!」
ギュドバババ! とすさまじい連打がまたもやヴァル・ヴァリーに叩き込まれた。
「ヴァリーッ!」
全弾命中……か、と思った瞬間、ぴょんっ! と大男の頭の上に水色の玉が飛び乗った。
大きさは手のひらほどの、透明な水滴のような生き物。
完全に勝利を確信した執事長メルクカッツェの顔面に、謎の液体を浴びせかけた。
ジュッ! と執事の目から白煙が上がる。
「――なっ、ぐぁああああ!? 目が、目ガァアアア!?」
「ぬぅん! ジャスティス!」
両目を押さえ大きく仰け反った執事長のドテッ腹に、ヴァル・ヴァリーは重いパンチを叩き込んだ。
ドゥンッ! という衝撃波と共に壁にめり込む執事長。
ゴフッ、と肺から息を吐き出すと動かなくなった。
それを見て、俺を押さえていたメイド達も、泡を食ったように一斉に逃げ出した。
「た、助かった……! ありがとうヴァル・ヴァリー! と……水の魔女……ネルネップルだよな?」
「……!」
ぴょんぴょん、と頭の上で飛び跳ねる水滴のような生き物。
「ジャスティス! ここはジャスティスではなかった……! 逃げるしかないのも、ジャスティス!」
「あ、あぁ?」
何を言っているかさっぱり分からないが、兎に角俺とヴァル・ヴァリーは、開いた扉から外へと飛び出した。
大勢の貴族や騎士達が、爆発と煙に驚き騒ぎ始めていた。だが、幼女君主ヘブラカーンの姿は無い。逃げたのかあるいは……。
「パトナ! ミィア!? ヘルナスティア!」
俺は叫びながら、隣の部屋の方にダッシュで向かう。扉が転がっていてそれを飛び越えて部屋の中を覗き込む。
濛々(もうもう)と吹き出す灰色の煙の向こうから、3人の人影が駆け寄ってきた。
それは、パトナとミィア、それにヘルナスティアだった。
「ライガ!」
「ライガ兄ぃー!」
「やれやれ、酷いものだねぇ」
俺は、涙目で飛び出してくるパトナとミィアを抱き止めた。
「よかった! 無事だった…………か?」
無事、なのかと言いかけて戸惑ったのには訳がある。
パトナは服の上から、コンブのような海草や干したキノコ、干し魚などをタコ糸のようなもので全身にくくり付けられていた。
どうやら出汁と一緒に煮込まれる寸前だったらしい。
「ふぇええ……! 酷いよ! あたしはチャーシューだって!」
「チャ……」
思わず爆笑しそうになるが、ぐっとこらえて抱きしめる。
「ライガ兄ぃ……ミィアは揚げ物にされるところだったニー!」
泣きべそで猫耳を垂らしているミィアは、身体に小麦粉と卵、更にその上からパン粉をまぶされているという悲惨さだ。
元々ビキニタイプの衣服しか身に着けていないので、良い具合に衣が付いている。
「う、うわぁ……? 可愛そうにヨシヨシ……」
俺は涙目のミィアを抱きしめる。
こちらはフライにされそうだったらしい。
極めつけは、部屋の向こうから遅れて現れた魔女、ヘルナスティアだ。
「ひえっ!? ちょっ! おま……!?」
彼女は全身に生クリームがたっぷり塗られていて、真っ白だった。
そして全裸。
「アタイはてっきり、美容エステだと思ったんだわさ! なんだいこの低品質の生クリームは!? 肌が荒れちゃうわさ!」
顔を赤らめて怒り心頭の様子だ。
怒っているポイントがちょっと違う気もするが、助かったのだからまぁいい。
「……いや、まぁみんな無事でよかった」
だけど全員が揃った。ならば混乱している今のうちに脱出だ!
<つづく>