偽りの都市セトゥ・ガリナヴァル
【作者より】
年末で忙しく、更新の間が開いてしまったことをお詫び致します。
◇
姿を見せた幼女君主は、大きな玉座の下まで足が届かないようで、小さな踏み台に両足をちょこんと乗せている。
陶器人形のような整った顔立ちに黒曜石のような瞳。真っ白でフワフワのドレスを着て、俺たちを静かに睥睨すると再び口を開く。
「いかにも。朕が神聖セトゥ・ガリナヴァル王国の正統後継者にして、絶対無二の君主、ロード・ヘブラカーンなるぞ」
美しい銀髪の幼女君主が朗々と宣言すると、ははぁあああっ! と、臣下や騎士達が一斉に頭を下げて跪いた。
俺やパトナも思わずその雰囲気に流されて、頭を下げる。
だが――。
何かが引っかかった。
俺の頭の中で感じていた違和感が徐々に確信に変わる。
そもそも、俺たちが向かっていたのは聖都・ヒースブリューンヘイム。
ヒューマンガースの街から南におよそ100キロ先の「聖なる都」だったはず。
そこは、神聖フォルトゥーナ・モーレィス王国の中心地。女神フォルトゥーナの加護を受けた都……のはずだ。
けれど、あの幼女君主ヘブラカーンは確かこう口にした。
「神聖セトゥ・ガリナヴァル王国……?」
「どこ……ここ」
パトナがきょとんとした顔で目を丸くすると、ミィアが猫耳を動かした。
「どうしたにー?」
「ここは聖都・ヒースブリューンヘイムじゃないのかい? あたしゃてっきり……」
元よりこの世界の住人である魔女ヘルナスティアでさえ、気がついていない。それどころか「正しい目的地だ」と思い込んでいたようだ。
「ねぇ、ライガ。私達って……もしかして」
「まったく別の見知らぬ国に着いたってのか?」
――そんな、バカな。
パトナが知らないという都市。
それは即ち女神フォルトゥーナがくれた「知恵」の外側に位置する事を意味する。
これほど大きくて立派な都市を、パトナが「知らない」という時点で、おかしいと気がつくべきだったのだ。
仲間達が一斉に俺のほうに顔を向ける。
「……嫌な予感がしてきた」
恐る恐る辺りを見回すと、美しく荘厳な宮殿の内部は、最高の職人が作ったであろう調度品の数々で溢れていた。
騎士達は綺麗で凛々しく、鎧に包まれていても、首筋や腕の筋肉を見るだけで相当に鍛えられた肉体であることが判る。
おそらく彫刻のような肉体美なのだろう。
大臣たちも全員が聡明そうで、身なりも立派でシワ一つ無い。
それにここまで来る途中の住人達も、皆が美しく穏やかな顔をしていた。
まるで――御伽話の世界に迷い込んだかのようだ。
「異国の勇者達よ。そなた達が長い旅をしてきた事は知っておる。わが家臣たちも国民も、そなた達が来るのを首を長くしてまっておったぞよ!」
パチパチパチパチパチ……!
「ライガ……なんだかおかしくない?」
「あぁ」
「どうして、私達のことを知ってるの? それに女神様と敵対するセトゥ神さまの領域だって……」
「しっ。下手に騒いで揉めてもマズいだろう」
「ライガ……」
こちらの動揺や混乱など何処吹く風。
幼女君主ヘブラカーンの臣下や騎士達は立ち上がると、全員が満面の笑みを俺たち向けて一斉に歓迎の拍手する。
「あはは、どうも」
仮面のような笑顔に気圧されて、俺は思わずジャパニーズ・スマイルを浮かべてしまう。元サラリーマンの悲しい性か。
「皆の者、歓迎の宴じゃ! 朕は空腹ぞ! 早うせい!」
「――御意!」
一斉に返事をするや否や、あちこちのドアや通路から大勢のメイド姿の女性達や執事達が駆け出してきた。唖然とするばかりの俺たちの周りには、ドドドという音と共にテーブルが並べられ、真っ白いテーブルクロスがかけられた。
花が飾られて、白い食器が並べられ、銀製の水差しやワイン差し、そしてスプーンやフォークがあっというまに並べられてゆく。
その手際の良さと言ったらまるで早回しの映像を見ているかのようだ。
長さ15メートルはあろうかというテーブル席が三列準備され、臣下や騎士達が次々と席についてゆく。
「どうするの、ライガ!?」
「どうするも何も、ここで帰るわけにも行かないだろ……?」
パトナが俺の腕を揺らす。
小心者と言われればそれまでだが、準備された宴会の席を断れるはずも無い。
すると、誰がどう見ても「執事」といった格好をした白髪の老紳士が俺たちの前にやってきて恭しく頭を下げる。
「皆々さま、私は執事長を務めさせて頂いておりますメルクカッツェと申します。これより君主様による歓迎の宴となります。……あちらに新しいお召し物をご用意してございますので、どうぞこちらへ」
物腰はこれでもか、と言うほどに柔らかく丁寧だが、有無を言わせぬ迫力があった。
要は「汚い格好での君主さまとの食事はご遠慮ください」という事らしい。
「ライガ……」
「ライガ兄ぃィー?」
「まぁ……別に、取って食われたりはしないだろ」
不安げな表情のパトナとミィアに、俺はなるべく落ち着いた声で言ってから、そっと背中に手を添えた。
「ま、ここはライガの言うとおりさ。馳走とやらになろうじゃないか?」
流石は最年長のヘルナスティア。早速騎士達を品定めするかのように色目を使っている。
彼女は最強クラスの「炎の魔女」。何かあっても大丈夫だろう。
俺はそしてチラリと背後のジャスティス男、ヴァル・ヴァリーを見た。
危険といえばコイツが一番危険だが、その身から車だの自転車を出せる能力はイザというときは力になるはずだ。
――よし、ヤバくなったら逃げればいい。
パトナやミィア、そしてヘルナスティアが、謁見の間の横にある部屋へと案内される。
俺とヴァル・ヴァリーはその隣の部屋へ通される。入って見るとなんと、熟年なメイド達がずらりと立ち並び、着替えなどを準備していた。
部屋は広くは無いがいい香りがして、片面がカーテンで仕切られている。
湯気が立ち昇っているようで、風呂だろうか?
「ジャスティスの為だ、仕方あるまい」
「……は、まぁ、その……い、いきなり襲ってくるなよ?」
「俺がジャスティスを振るう相手は、悪しき者、お前は……魔法の車を持っているが、ヒューマンガースの街を救った。俺の知っている……男ではなかった」
思わず俺は耳を疑った。はじめてまともな言葉を発したのだ。
そもそも、俺はコイツの事をあまりよく知らない。
突然襲い掛かってきた以外、一体どういう人物なのだろう。
いかつい顔につりあがった眉。マスクを着けてはいるが、ヴァル・ヴァリーもかなり困惑気味のようだ。
自分が正義の使者であると、君主に認められる時が来たのだ……等と思っていたのだろう。だが、君主様はとくにお言葉をかけてくれたわけでも無い。
メイドたちが無言で俺たちを取り囲んで服を脱がせようとする。
「ジャッスティス! やめろ……! これは……大事なジャケットなんだ」
ヴァル・ヴァリーは赤いジャケットを脱ぐことを拒み、メイドたちを困らせている。
俺もてっきり新しい服を差し出されるのかと思ったが、違っていた。
シャーッとカーテンが開くとバスタブが見えて、熟年メイドたちが立ち並んでいた。
「あ、俺も結構です……!」
と、いつの間にか、執事長が俺たちの背後に立っていた。
ヴァル・ヴァリーがはっ!? と驚き身構えた。
「いけませんね、旅のお方。綺麗にして頂かないと、お食事が出来ないじゃありませんか? 今日のメニューは、煮込みと素揚げ……と聞いております」
「え……?」
丁寧にお辞儀をしつつ、パチンと白い手袋に包まれた指を鳴らすと、熟年メイドたちが両手を振り上げて、いっせいに襲い掛かってきた。
無論、性的な意味ではなくマジなほうで。
俺とヴァル・ヴァリーは10人がかりで押さえつけられてしまう。
「うっわ!? は、放せ!?」
「ジャッ……ジャスティス!?」
――何だこの状況は!?
俺は混乱した頭で考えるが、ある事に気がついた。
バスタブの湯がグツグツと沸きたっている。風呂にしては熱すぎるんじゃないだろうか?
それにバスタブと思っていたものは、鍋に見えなくも無い。
「お、おぃ……まさか」
「歓迎の宴にございます」
ニッタァアアと口角を吊り上げる執事長。凄惨な笑みというものを俺は初めて生で見た。
胃袋が冷たい手でかき混ぜられたかのような感覚に背筋が寒くなった。
と、その時。
『――きゃああああっ!』
『なんだニャー!?』
隣の部屋から悲鳴があがった。
「パトナッ! ミィア!?」
<つづく>