邂逅、君主(ロード)・ヘブラカーン
俺たちは聖都・ヒースブリューンヘイム王宮の巨大さと豪華絢爛さに圧倒され、雰囲気に飲み込まれていた。
社用車を宮殿前の芝生に止めると、俺とパトナ、ミィアにヘルナスティアは、王宮の中へと通された。
少し遅れて赤い軽自動車も停車、同じようにヴァル・ヴァリーが下ろされて案内されている。
目の部分を怪しげなマスクで隠しているので、表情は良くわからないが、俺達をじいいいっと見ているようだ。正直キモイ。怖い。ストーカーに狙われる気分というのはこういうものなのだろう。
後ろを気にしつつ、騎士達に案内されて長い廊下を進み、やがて50メートルプールを4つ繋げたような巨大な大広間に通された。
ここが謁見の間『白き光の間』です、と騎士が告げた。
いよいよ君主ヘブラカーンへの謁見が始まるという。
「……凄いなぁ」
「王様の住む場所って感じね」
パトナが俺の手をぎゅっと握り、ミィアが背中にモゾモゾと潜り込んでくる。
「ライガ、背中に隠れてていいニー?」
「あら、あっちもいい男だねぇ……ヒヒ」
魔女ヘルナスティアは宮殿内ですれ違う若い騎士や、王宮勤めの若者をギラギラとした目で物色中だ。燃える情熱の肉食系魔女。それが炎の魔女の素顔だったとは驚きだ。
「それにしても……」
俺はチラッと横に視線を向けた。
約5メートルの距離を置いて、赤い革のジャケットを着込んだ大男、ヴァル・ヴァリーが立っている。
肩にはぷよぷよと揺れる水色スライムが乗っているが、あれが水の魔女ネルネップルの成れの果ての破片らしい。
ヒューマンガースの街で俺達を襲ってきた男が真横にいるわけだから落ち着かない。パトナもミィアも警戒し、俺を盾にしてヴァル・ヴァリーと距離を置いて立っている。
いつ何時「ジャスティス!」と発狂して襲い掛かってくるかわからいないのだから、たまったものじゃない。
「心配するな。貴様達への……正義の執行はお預けだ。俺の正義が君主に認められれば、必然的にお前達へのジャスティスが始まる」
ヴァル・ヴァリーが不意に口を開いた。
初めてまともに言葉を発したのを耳にしたが、意外と普通の声だ。
「……はぁ?」
正直、まったく意味がわからない。
頭がおかしいのか、独自の理論なのか、ここは兎に角刺激しないようにする。
元日本人サラリーマンとして「あいまい笑顔」で誤魔化しておく。
しかし――この国の君主ヘブラカーンとは一体、どんな人物なのだろう?
宮殿の大広間に通された俺たちは、立ったまま君主ヘブラカーン様という人物を待つ。
床はやや緑色がかった御影石、壁は白い大理石、高さ15メートルはありそうな天井を支えている柱もまるで真珠のようにピカピカに輝いている。
左右には、俺たちを案内してくれた2名の騎士以外にも、銀色に金の縁取りのついた豪華な鎧を身に着けた騎士がズラリと並び始めていた。
数えてみると全部で16人。
彼らがこの聖なる都を守るという聖竜騎士団なのだろう。
その他にも、立派な法衣を身に着けた大臣らしき男性や、紺色のパリッとした仕立ての服に金糸銀糸で装飾を施した貴族のような男などが、ズラリと並んでいる。
「ねぇライガ……。私達、王様に会うのに、この格好でいいのかな?」
パトナはここに来たときから不安なのか、俺の腕を離そうとしない。ぎゅっと身体を密着させてくるものだから、暖かくて柔らかくて幸せではあるのだか……。
いつものピンク色の作業着姿に、二つに結わえた髪というスタイル。王に謁見するのは流石にどうかと思うが、代わりの服も持っていないのだ。
俺だって洗っては干してを繰り返しアイロンもかけていない。ヨレヨレのシャツにネクタイという格好だ。
「俺も酷いものだけどな……。ま、しょうがないさ」
「き、緊張してきたよー」
「あー……。営業でいった会社で、役員応接に通されたときもこんな感じだったな」
「ヤクインオーセツ?」
「あ、いや生前の会社員時代ね」
それはそうと……。
「見てごらんよ、いい男がズラリと並んでるよ!」
「ミーはそれよりもご飯が食べたいニー……」
それぞれ別の意味でヨダレを垂らしそうな二人もいる。
「ジャスティス……ジャスティス……ジャスティス……ジャスティス……!」
反対側ではブツブツと言いながら、小刻みに足を動かすヤバそうなのが居る。
兎に角、偉い王様に謁見するには、不安しかないメンバーだ。
「君主ヘブラカーン様がお越しになりましたぞ!」
一気に『白き光の間』の空気が緊張した。
正面にあるのは雛壇の様な3メートルほど高くなったピラミッド状の玉座だ。背後には真っ赤な生地に竜と剣が織り込まれた巨大なタペストリーが掲げてある。
王の権威や地位を示すにはこれぐらいの演出は必要なのだろう。とにかく凄い。
ザッ……と騎士や大臣達がいっせいに膝を折り片膝をつく。
俺達を案内してくれた騎士が、コクリと頷くので、俺達もこれに倣う。
立ったまま王様をガン見するのが畏れ多いのは、何処の世界でも国でも同じだろう。俺達は片膝をついて跪く。
「なんでニー?」
理解できないミィアは、俺が肩を抱いて座らせる。
今気がついたが……ミィアの身体はやっぱりネコのように柔らかい。
知恵のある魔女ヘルナスティアは礼儀を知らぬわけも無く、やがて自ら膝を折った。
ラッパやら何やらが打ち鳴らされ、やがて君主がやって来た気配がする。
「よくぞ参られたな! 異界からの稀人よ。それと……臣下たちも長旅ご苦労であった。苦しゅうない、面を上げい」
なんというか、元気で溌剌とした声に驚き、ゆっくりと顔を上げる。
と。
幼女が巨大な玉座にちょこんと腰掛けていた。
「余が、この国を統べる神聖、ロード・ヘブラカーンなるぞ」
「……! あなたが、ロード・ヘブラカーン……」
俺は息を飲んだ。
純白のレースで飾られたフワフワのドレスに身を包んだ、まるで生きた人形のような幼女だった。
君主・ヘブラカーンは、腰まである長く美しい銀髪を輝かせながら、星空のような漆黒の瞳を眇めた。
肌は白く、唇は紅を差したかのように赤い。
威厳を保とうとはしているが、どうみても6歳かそこらの幼女だ。
数多の光煌く瞳には、子供らしい好奇心の色がありありと浮かんでいる。
そして、俺はある事実に気がついた。
彼女がこの都市に来て初めて出会った、『子供』だと言う事に。
<つづく>