ツナギ美少女、トイレで悩む
◇
助手席に座る赤毛ツンテールのツナギ美少女と俺は、運転しながらあれやこれやと話し続けていた。
突然の魔物の襲撃、社用車に装備された殺人装備、いろいろな事で頭がパニックになりかけた俺だったが、ハンドルを握り走っているうちに、いつもの調子を取り戻していた。
「なぁパトナ。道には轍があるけど、車がほかにいるのかな?」
「これは馬車のだよ。私みたいなエンジン付きで美少女まで付いている車は居ないよ!」
「そ、そうか」
自分で美少女とか言っちゃうあたりがレだが、パトナと名乗る車載妖精は実に人間らしくて生き生きとしている。
正直、この子が人間じゃないとは俄かには信じがたい。
身体のどこかにスイッチとかタッチパネルとかあるのだろうか?
と、俺の視線に気が付いたパトナが目を瞬かせた。
「……雷牙? 私、どこか変?」
「あ、いや……そういうわけじゃ」
「ホント?」
「あぁ」
「よかった。正直、人間の姿って初めてだから戸惑ってるんだ。なんだか柔らかいし出っ張ってるし」
もにゅもにゅっと自分の胸を揉む。おぉぉ……? すげぇ柔らかそう。
「この車と私は根源的に同じで、繋がってるんだって。もう少し慣れないとね」
「そうか、いろいろ悩ましいな」
「でも、ライガは今までと変わらないでいてね」
「努力は、する」
バックミラーに映る自分の顔は、特徴のない男の顔だ。髪は短めに切ってあるが、特にイケメンな感じでもない。似ていると言われた唯一の有名人が、『母を訪ねて三千キロ』の「マルコ」だった気がする。
◇
未舗装の道を慎重に30分ほど走った俺たちの目の前に、小さな村が見えてきた。
「村だ……!」
フロントガラスに映る半透明のナビゲーションには、風景に重なって地図が映っているが、そこには「テパの村」と日本語で表記されている。
どうやら俺たちはテパの村へと到着したようだ。
小高い丘の上から見下ろす位置を走っているので全体が見渡せる。
一番目をひくのは中央の赤いトンガリ屋根の建物だ。鈍く光る「鐘」が見えるので、定番の教会だろう。
生き返らせてもらったり毒の治療をしたり……出来るといいのだが。
その周りには小奇麗でメルヘンチックな建物が数十棟、円を描くように並んでいる。おそらくそれが村の中心部だろう。
きっと宿屋とか武器屋とか、道具屋なんかがあるに違いない。いや、あってほしい。
村は中心から離れるに従って、家と家の間が離れ、それに代わるように四角く区切られた緑色の畑が、まるでパッチワークのように続いている。
殆どは麦畑のようだが、野菜を育てている畑は葉の色が少し違っていた。
時刻は午後三時、日差しは僅かばかり黄色味を帯び、西に傾き始めている。
今夜はここに泊まれればいいのだがな……。
泊まる……。
宿泊。
コイツと!?
俺はハッ! として助手席のツナギを着た美少女を見た。くりんとした瞳に可愛らしいツインテール。そしてゆっくりと弧を描く柔らかそうな、唇。
ごきゅん。
「ん? なぁに、ライガ」
「いっ、いや」
目が合って慌てて前を向く。
ヤバイ!
出会った時から感じていたんだが、可愛いぞ……コイツ。
しかも大きなお胸をお持ちでいらっしゃる。
そもそも歳は幾つなんだ? 18歳ぐらいじゃないと未成年ナンチャラでいろいろとマズイのだが……。
「や、宿はやっぱりシングル……二つだよな? はは、いやいや……!」
「しんぐる……?」
人間っぽい見た目だが、実際は車のナビゲータ生物で……年は1歳です! なんてことになるのだろうか? ハンドルを握りながら前を向き、車をゆっくりと走らせる。
そういえば今まで人間とも「馬車」ともすれ違っていない。村が近いはずなのだが、よほど人口密度の低い田舎なのか?
どうでもいい事で悩み始めたところで
ぐぅううううう……。
突如、助手席から音が響いた。
「お腹すいたよ……喉が渇いたよ……」
「パトナ、しっかりしろ」
さっきから腹を空かせたパトナがうわ言の様にくりかえし、うるさい。車の燃費はそこそこなのに、本人(?)は燃費が悪いのだろうか?
見渡す限りの草原地帯であることに変わりはないが、あと少しで村というところで、幅5メートルほどの綺麗な川が流れていた。
さらに道には石造りの橋までかかっている。ここを渡れば村の領地らしい。
「確かに疲れたな。一回休憩してから村に入るとするか」
「うんっ!」
正直をいえばトイレもしたいし、のども渇いた。
「村に入れば何かありそうだが、まずトイレだけは済ませておこう」
「トイレ?」
「……そこの橋の下で」
「まじっスか」
「マジだよ」
女の子には非常に言い難いがしょうがない。
幸いにもトイレットペーパーは後部座席の袋のなかにあったはずだ。出張先でトイレに行きたくなり、山の途中のトイレに入ってみたら紙がないなんて事はよくあること。
だから社用車にはトイレットペーパーや、テッシュなんかが積んでいる。
――とはいえ、在庫が尽きたら……。葉っぱとか使うのか。
細かい悩みだが、とても重要だ。
車を道端に止めて、川で水を飲み顔を洗う。
水は清らかで冷たくて、生き返った心地がした。
「人間の姿で初体験してきます!」
「お、おぅ……」
パトナはそういうとトイレットペーパーを掴み、ダッシュで橋の下へ消えていった。赤毛の頭がゴソゴソと見えている。
俺はその間に、空になっていたお茶のペットボトルに水を汲む。
ゴミ箱に捨ててあったペットボトルも洗って使う事にする。これでとりあえず二本分の水は確保できた。
村に行けば手に入るかも知れないが、お金も無いのだ。
どうなるかわからないが、水だけは確保していたい。生水で大丈夫かという不安がよぎるが、今は仕方がないだろう。
――そうだ、今のうちに確認しておくか……。
社用車の荷台のバックドアをあけて、中を確認する。
車の後ろの荷台には、荷物を運ぶときに使う「古い毛布」が一枚畳んであった。
あとはパソコンの保守で使う道具が一式、牽引ロープとバッテリー上がりのときに使う赤と黒の電気ケーブル。それと……客先から押し付けられたPCパーツのガラクタ。古いメモリとかケーブルとか、マウスとか。
「マジか。ゴミしか無い……」
異世界でサバイバルするには心もとない。
だが、よく探すと誰かが忘れて行ったガスライターが2個見つかった。
と、そこでパトナがスッキリした顔で戻ってきた。
「やー! 人間ってすごいね!?」
「はは、そうか?」
そして衝撃的な一言を口にする。
「この服、全部脱がないとトイレ出来ないんだね」
「……は!?」
脱いだ!?
いやいやいや!? 嘘だろ!?
ツナギって上下つながってるけど、そういやトイレはどうするんだっけ? 脱がなくてもいいはずだが!?
そういう仕様だっけ!? 作業着って。
「あれ? 違うの? じゃぁ教えてよ!」
「おっ……教えるのか!?」
と、アホな会話をしていると、何かの音が聞こえてきた。
バカラッパカラッ……と馬の蹄の音らしい。
俺たちは顔を見合わせた。
「なんだ?」
「馬……だね?」
ひずめの音は一つではなかった。二つ、三つ……と増えてくる。俺とパトナは石橋の影に隠れるようにして、そっと道の方を窺った。
と、馬に乗った茶髪の少女が、2人の「いかにも」な格好をした、極悪そうな男たちに追われていた。トゲトゲの付いた皮ジャケットにモヒカン。男たちが乗る馬にまで、角の付いた鉄の面がつけてある。
――うっわ!? 出たぁ……!
俺は思わず隠れた。
「ひゃぁっハァアアアア!? まてコラァ!」
「逃げ切れると思ってんのかぁあヒャヒャハッア!?」
捕まったらエロ同人のような事が起こりそうな、嫌な予感がした。
【今日の冒険記録】
・所持金:3560円(日本円)
・所持品:使えないスマホ、中古PCパーツ、毛布、工具一式、ライター2個、トイレットペーパ、テッシュ
・ペットボトルの水×2
・走行距離:15キロ
・ガゾリン残量:54リットル