聖都・ヒースブリューンヘイムの、聖竜騎士団(ドラノゥルナイツ)
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俺はラジオの音量つまみをひねってみた。
途端に、明るく耳ざわりの良い澄んだ声が車内を満たす。
『はぁい♪ いつも聞いてくれているリスナーのみんな! 女神フォルトゥーナの、わくわく真っ昼間ディズ! はじまるよー』
昼間もディズも同じような気がするが、女神様はとても大らかなお神柄。細かいことなど気にしないらしい。
「……なんだいこれは?」
「5人目が乗っているニー?」
魔女ヘルナスティアとネコ耳少女ミィアが天井を見上げたり、後ろを振り返ったりする。
「まぁ……魔法の通信というか、女神様の声が聞けるんだ」
「はっ!? 女神さまの声だってぇ? 怪しいねぇ。どんな魔法だい? しゃべっている相手は見たのかい?」
やたらと疑り深いヘルナスティア。
怪しさでは貴女もかなりなものだと思うのですが、とは言わなかったが。
「見てはいないけど……」
「気持ちはわかるけど本物だよ。俺達しか知らない情報を話していたりするし」
俺とパトナは顔を見合わせる。導いてくれたとは言いがたいが、何かしらの情報をくれたりもする。過剰に期待しなければ良い。「おみくじ」や「占い」よりはご利益があるだろう。
「……へぇ?」
青い瞳を細め、金髪の長い髪を指先で梳くヘルナスティア。深い湖のような瞳には、底知れぬ冷たい輝きが宿っている。
『――あのね、ついに私の可愛い子達が……やってくれました! いろんな困難に満ちた長い旅を経て、王国で一番の大都市、聖なる都に到着したんだよっ! すごいよねー!? 馬や足で旅に出た私の以前の子たちは、みーんな諦めたり挫折しちゃったけど……。一日に千里も進める白い聖獣は伊達じゃないっ! いえーい♪』
パフパフ! と陽気な鳴り物の音が響く。
ついでに、この街がゴールだと嬉しいのだけれど。
『あ……! それにとっても暖かい気持ちを感じるよ、仲間? うーん、好きな人? なんだか、白い聖獣を操る精霊ちゃんは、成長したみたいなんだ! 応援したくなるなー』
「やっぱり俺たちの事じゃん!?」
「だよね!? だよね!?」
俺とパトナはぺしぺしと手を鳴らしあう。
『でもでも! 油断は禁物っ♪ セトゥ兄ぃさんの子も居るみたいだし……。うーん……。ここから先は、私の運命の手も声も届かないかな……。でもね――』
車内はちょっとだけ静まっていた。
後ろを振りかえると、100メートルほど後方で赤い軽乗用車がアイドリングしながら停まって、こちらをじっと窺っていた。
女神さまは急に落ち着いた声になった。まるでパトナに語りかけるような口調で静かにラジオ放送が続く。
『私が、あなたと交わした約束は生きてるんだよ? 悪い魔法使いをやっつけてくれたら、願いをかなえるって。鉄の聖獣に宿る清らかな精霊さん。自分を信じて進んでね』
「女神さま……!」
そうだ――。これはパトナを人間にする為の旅路なのだ。
もし残り二人の魔法使いが「悪い」存在ならそれを倒せばいいだけだ。
「願いが、叶うんだね……」
パトナがきゅっと唇をかみ締めて、嬉しい気持ちを押さえ込んでいる。まだ道半ばで喜ぶのは早いと思ったのだろう。
俺はそっと助手席のパトナの手を握った。
「ライガ……」
『――でもね、意地悪なセトゥ兄ぃさんの試練は終わらないんだよ。気をつけて。そして、旅の終わりは突然に。ここから先は私も、そっと見守っていたいな』
「ライガ、夢心地もいいけれど、お迎えがきたようだよ」
後部座席から、魔女ヘルナスティアの声がした。
視線を追うと都市の上空から、何かが飛んでくるのが見えた。
「あっ!? なんだニー!?」
「竜……! 空を飛ぶトラゴンが2頭! それに騎士が乗ってる!?」
「すごい!?」
聖都の中心部から、何かが飛んできたと思ったら、あっという間に大きくなる。
それは全長10メートルはあろうかという、銀色の鱗をもつドラゴンだった。
水の魔女ネルネップルの東洋的な龍ではなく、こちらはトカゲの背中にコウモリの羽が生えた、いわゆる西洋ファンタジー系のドラゴンだ。
尻尾は長く羽も長大。空力だけで飛んでいる訳ではないのは明らかだ。
二頭の背中には馬に乗るような鐙が付いていて、騎士の格好をした赤いマントの青年がこちらを見下ろしていた。
手には長いランスを持っている。
「聖都・ヒースブリューンヘイムの、聖竜騎士団……! 私たちに資格があるか見極めようってんだね」
ヘルナスティアが落ち着いた様子で言った。どうやら危険ではないが、入国できるかを審査されるという事らしい。
竜は空中で二手に分かれると、一方が俺たちの目の前に、もう一方が赤い軽自動車のヴァリ・ヴァリーの方で高度を落とし着地した。
竜は間近で見るとものすごい迫力だ。CGとか特撮なんてもんじゃない。生き物特有の存在感が確かに目の前にある。
フグゥ……! と鼻息を荒くしながら羽をたたむと、背中に乗る甲冑騎士が見えやすいように長い首を伏せた。
真っ赤なマントの背中には、剣と盾そして竜の紋章が描かれていた。
背中に乗っていたのは、遠目にも美形の騎士だった。金髪を後ろに撫で付けて、知性と教養を感じさせる彫の深い、落ち着いた顔立ちをしている。
「ライガ……!」
「あ、あぁ……!」
俺は意を決し、ガチャリと車のドアを開けると外に出た。
いきなりランスで突かれたり、ドラゴンのブレスを浴びせられない絶妙な距離を保っておく。
相手も流石に警戒しているのか、俺を見て僅かに険しい表情を浮かべる。
「あー……こんにちは、ハロー! ニーハオ! 俺はライガ……その、悪い魔法使いを退治する旅をしている者です」
俺の言葉を耳にした騎士は、社用車のフロントガラスの向こうにパトナやミィア、そして魔女が乗っているのを見つけたようだ。
驚いたように、大きくエメラルド色の瞳を開く。
「――貴方たちが!?」
騎士はハッとすると、突如竜の背中から飛び降りた。
そして、俺に向かって笑みを見せた。
「大歓迎ですよ、女神の御慈悲をうけた、選ばれし勇者さま……御一行!」
「え、えぇ!?」