新たなる仲間と、ワゴンでの旅路
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「……まだ付いてくるね」
「うん、来てるニャー……」
助手席のパトナと後部座席のミィアが、ひそひそと小声で会話を交わす。
チラッとサイドミラーで後方を確認するパトナと、後部座席から後ろを振り返り、しゅっと身を隠すミィア。
空は青く澄み渡り、緑が豊かで草花の咲き乱れる道がしばらく続いている。今までの戦いを忘れるほどに美しい場所を俺たちは走っていた。
雨が降ったお陰で、草花が一斉に花を咲かせたらしい。
こうした季節の変化もネルネップルは司っていた事になる。魔女とは言うが実態は、精霊のようなものなのかもしれない。
今はヒューマンガースの街を出発してから、二日目の昼だ。
水の魔女ネルネップルを退けた俺たちは、一晩の休息を経て町を出発した。次の目的地は聖都・ヒースブリューンヘイム。
――永久の時を、こえても、ずっと想っています♪
――久遠の旅の、果てに、きっと、たどりつくよー♪
女神ラジオからは、耳に心地のいい女神様の歌が聞こえてくる。実に気持ちよさそうに歌っているが、何と言う曲なのだろう?
あれからというもの、とりたてて目ぼしい情報も、ありがたい説法も無い。
気まぐれな女神フォルトゥーナはすっかり俺たちの事など、忘れてしまったかのようだ。
そもそも、人々を苦しめる魔法使いを倒せとは言われたが、苦しめていない魔法使いも存在したのだ。
例えば車の後部座席でスマホゲーに夢中な魔女、ヘルナスティアのような。
あるいは、雨を降らせることで土地を潤しスライムや龍、人の姿をとる自然の精霊のような魔女ネルネップルなどだ。
俺とパトナだけだった旅は、いつの間にか同乗者二名を加えた総勢4人の旅へと変わっていた。
一人目の同乗者はネコ耳の孤児であるミィア。
俺たちと旅がしたい、世界を見てみたいと、同行する事に決めた。
もう一人は街に住んでいた魔女ヘルナスティア。
恐ろしい魔法使い『呪怨六星衆』の一人だというが、今は完全なスマホゲー中毒。
充電させてくれなきゃ暴れるぞ、というので連れて行くことにした。
もう世界の街を舞台にした、神様プロデュースの『椅子取りゲーム』程度には興味も無いらしい。
「すっかり大所帯だなぁ。まぁ、賑やかでいいけど」
「旅は大勢のほうが楽しいよ」
「そうだな!」
俺とパトナは時々、ちらりと目を合わせて微笑みをかわす。
ぱっちりとした瞳と赤毛の柔らかそうな髪。そしてピンクのツナギ姿。
ガタゴトと車が揺れるたび、パトナの胸も控えめに揺れる。
俺たちが進んでいる道は、交易の為に馬車が通っている道なので特に危険というわけでもない。時折、荷物や人を乗せたキャラバン隊の馬車とすれ違う。
「しっかし、後ろのアレは……本当に粘着質なヤツだなぁ」
俺もバックミラーで後ろをチラリと見て、後ろを付いてくる赤い軽自動車の姿を確認する。
運転しているのは変なマスクをつけた体格のいい男。
セトゥ神のお告げを聞き正義に目覚めたという男、ヴァリ・ヴァリーだ。
狭い軽自動車の運転席で身を屈めるようにして運転している。
どうやら軽自動車ぐらいのサイズの車なら、長い時間出現させていられるようだ。
乗っている車種はだいぶ昔の中古車、ミラターボ・アヴァンツァード・ダブルエックスあたりだろうか? 確かそんな名前だったと思うけれど、俺もよくわからない。
赤い軽自動車は、昼ぐらいからずっと一定の距離を保ったまま、俺たちの車を追尾している。
正義の鉄槌を下すつもりなのだろうが、手を出しあぐねているだろう。
こちらには心強い(?)仲間となった魔女ヘルナスティアまで同乗しているのだから。
「どこまで付いてくる気なんだ?」
「さぁねぇ。ネルの粘着女まで一緒だからね……」
後部座席に座り、スマホゲームに興じる魔女ヘルナスティア。だが流石に肩が痛くなったのか車内でノビをする。
「向こうも魔女を乗せたわけか」
「元の姿に戻るには相当に時間がかかりそうだけどねぇ」
もう一度バックミラーを見ると、軽自動車のダッシュボードで、ぷよんぷよんと揺れる水玉が見えた。
スライムの幼生らしく、あれが水の魔女ネルネップルの欠片というわけだ。
赤いマスク男ヴァル・ヴァリーと元・水の魔女ネルネップルが最凶のタッグを組む日も近いかもしれない。
「パトナ、次の街までどれくらいかな?」
「えっとね、あと30キロ。このペースなら一時間もかからないよ」
俺たちが目指しているのは聖都・ヒースブリューンヘイム。
ヒューマンガースの街の南方、およそ100キロ先にある「聖なる都」は、この神聖フォルトゥーナ・モーレィス王国の中心地だという。
そこが、俺たちの旅の終着点になるのだろうか?
やがて、俺たちの目の前に、大きな街が見えてきた。
いや、街なんてものじゃない、都市だ。
ヒューマンガースの何倍もの巨大さを誇る都市。
中央にそびえ立つ宮殿を中心に、四方およそ10キロメートル圏の居住区を持つ、とても大きく広がった都市のようだ。
すべてが光り輝く大理石で飾られ、都市全体が彫刻作品のような美しさと気品に満ち溢れている。
何よりも道行く人々は男女とも美しい金髪碧眼で、とても綺麗な人ばかりだ。
まるで神話世界の「神の国」についたかのような錯覚さえ覚えるほどだ。
俺たちは都市の入り口に近づいたところで車を止めた。
「これが、王国の中心都市……聖都・ヒースブリューンヘイム!」
「すごい! 大都会だよライガ!」
「凄いにー!」
パトナやミィアもはしゃぐ。
「これからどうするの? ライガ」
「町の中を見学したいニー!」
「悪趣味な飾り付けが多いだけさね」
こうなれば俺はどうするべきか、リーダー的な存在として、いや男として決断しなければならない。
――まずは王宮にいってみるべきか? それとも……。
こんな時こそ女神ラジオの「お告げ」に期待したいのだが。
俺はラジオの音量つまみをひねってみた。
【今日の冒険記録】
・同行者:炎の魔女ヘルナスティア(年齢?)
:猫耳少女ミィア(13歳)
:足つきの壷×2(ガソくんとリンちゃん)
・所持金:3560円(日本円)
:65リューオン金貨(食料と雑貨を買ったので少し減りました)
・所持品:PCパーツ、毛布、工具一式、ライター2個、トイレットペーパ、テッシュ
:身の回り品、雑貨、毛布、パンと乾し肉と魚。
:飲料水補給済み
・走行距離:490キロ
・ガソリン残量: 40リットル(予備、約55リットル)