ガソくん、初めての給油
社用車のガソリンメータを見ると、一番下の「E」。つまり「空」であることを示していた。
確か十数リットルは残っていた計算だが、やはり空中戦が痛かった。ブースト・ジャンプを使った事で完全にガソリンが底をついたようだ。
ガソリンが完全に無くなると、動けないのは勿論だが、ガソリンをエンジンに供給する「燃料ポンプ」が壊れたり、エンジンそのものにも負担がかかる。
俺達の乗る社用車は完全に停止、立ち往生していた。
車のダメージが身体のダメージへとフィードバックするパトナにとっても、かなり負担の大きな事のはずだ。
俺はハッとして助手席へ顔を向けた。
「パトナ、大丈夫か!?」
「うっ…………!」
パトナが蒼白な顔色で、ダッシュボードにゴツン、と額をつけた。
「パトナ!? まさか……車が停まるとヤバイのか!?」
俺は慌ててパトナの肩に手を掛けて、支え起こした。パトナが弱弱しく顔をこちらに向ける。まるで最期の時を迎えたような、力の無い笑みを浮かべている。
「ライガ……」
「お、おいっ!? しっかりしろ!」
俺が手を離すと、パタリと脱力したようにダッシュボードに再び前のめりに倒れこんだ。
「パトナ姉貴はどうしたニー?」
ミィアが後部座席から身を乗り出して心配する。
「この魔法の馬車はパトナと一心同体なんだ。車が動かなくなれば、パトナも危ないんだ……!」
「それなら、ミーがもらった干し魚があるニー!」
ネコ耳少女が良いこと思いついたとばかりに、ごそごそと腰のポシェットから、食べかけの半分湿った干し魚を差し出した。
魚特有の香りが漂う。
気持ちは有難いが、欲しているのはガソリンだ。
「いや、気持ちは有難いんだけど……」
その時。ぐぅうううう……と、パトナのお腹が鳴いた。
そして、ムクリと起き上がる。
「おなかすいた……お魚たべたい」
「はぁ!?」
連動しているのは命ではなくて、胃袋のほうらしかった。
「あげるニー」
「さんくす」
パトナが虚ろな目線のまま、ばっとミィアから干し魚を受け取ると、カリカリカリとかじり始め、ちゅーちゅーとしゃぶる。余程お腹がすいていたのだろう。
「こりゃ、ダメだ……」
確かにガソリンが減るにつれて、パトナ自身の食欲は増していた。つまり、空腹感が連動しているという事だろうか?
「この魔法の車は、あたいが売った魔法の触媒で動くんだろう? さっさと補給なさいな」
赤い魔女ヘルナスティアが、スマホをいじりながら、さも当然のように言う。
後部座席に寄りかかりながら、指先でしゅるるっと画面をスライドさせると、ポリョリョーン♪ と軽快な音がした。
どうやらスマホゲームをしているらしい。
「くっそ、言われなくても分かってるよ!」
俺は運転席の横のガソリン給油口を開くレバーを操作してから、ドアを開けて運転席から飛び出した。
青い水玉のようなスライムがブヨブヨと揺れながら、こちらへと這うように移動し始めていた。
だが速度が遅い。若干距離があるのだから、給油するならば今がチャンスだろう。
というか、アレに飲み込まれればどうなるか分かったものではない。
服だけ溶かされる、なんてサービスが無い事は間違いない。
何故なら、巨大な青色の粘液生命体が動いた周囲の草が一瞬で茶色くなり、煙を噴き上げているからだ。
恐らく酸のような体液だろう。
「わぁああ!? やばいぞ! 来た……来たっ!」
俺は慌てて車の後ろに回りこんで、荷物室のドアを開けると、手前に座っていた『ガソくん』を揺さぶった。
「出番だ、中身……ガソリンを入れてくれ!」
車の横に開いた給油口を指差す。
ガソくんは言葉を理解したらしく、体を「うん」と言うかのように傾けて、荷台から飛び降りた。そして二本の足でトテトテと歩くと車の横に立った。
だが、俺は重要な事に気がついた。
給油口へ注ぐための、ポンプもホースも持っていないのだ。
「なぁ! ヘルナスティア! 魔法の触媒の中身は……どうやって取り出すんだよ!?」
「まったく世話が焼けるねぇ。その壺はさ男なんだから簡単だろ? ホレ」
ゲームに夢中な様子のヘルナスティアは、こちらを振り返りもせずに、一瞬だけ人差し指をくるっと回す。それは魔法なのだろうか?
すると、途端に俺の横に立っていたガソくんが、ムクムク……と大きくなった。
「うぉっ!?」
誤解の無いように言えば「脚」だけが伸びた。にゅーんと脚が長くなり、程よい高さまで伸び上がる。
既に俺の背丈と同じぐらいになった「壺」に驚く。
しかも、壺の下のほうに銀色の「蛇口」のようなものが突き出ていた。
形状的には、ガソリンスタンドで給油する時に使う「ノズル」そっくりなのだが、人間で言えば、ちょうど股間の部分だ。
「まさか……」
嫌な予感がした。
壺はそのままペタンと腰を給油口に押し付けると、ノズルを差し入れた。
「うっわぁあああ!?」
思わず目を押さえて仰け反る俺。
股間、いや給油ノズルからコッコッコッ……とガソリンを流し込んでいる音がする。時折微妙に腰を動かすように上下したりする。
なんというか、かなり……アウトな構図だ。
脚の生えた壺が、銀色のノズルの生えた股間を、給油口に押し付けている図は、果てしなくシュールな異世界だ。
「どうしたのかニー?」
「ライガ、ガソリンが……入ってくるよ……!」
「うわわ!? お、おまえら! 給油中は危ないから見るな! な!?」
後部座席と助手席から見えないようにと身体を盾にして、俺はあたふたと慌てふためいた。
パトナの微妙な反応も気になるが、のんびりともしていられない。
「ライガニー! 後ろ! 後ろだニー!」
「え? うぁああ!?」
気がつくと、巨大スライムと化した水の魔女ネルネップルが、あと十数メートルにまで近づいていた。
ジュッと地面が酸で溶かされ白煙を上げる。
「おぃ! ガソくんストップ! 満タンじゃなくていいから、もう乗ってくれ!」
「……」
「名残惜しそうな顔するな!?」
ばしっと叩くと、ガソくんは腰を引き、しぶしぶという感じで荷台へと乗り込んだ。
時間が短かったので、給油できても10リッターぐらいだろう。だが、ここから逃げ出すだけなら十分だ。
ガソくんが乗り込むのを確認した俺は、バタムとバックドアを閉めて、運転席へと掛け戻った。
乗り込む前に一度後ろを振り返ると、巨大スライムは既に5メートルにまで近づいていた。
『ジュル……ル、ル……!』
ブヨブヨの身体を揺らしながら移動していたスライムが更に速度を上げた。そして無数の触手をクラゲかイソギンチャクのように広げ、大口を開けた。どうやら、車ごと飲み込んでしまうつもりらしい。
「うわわわ、来た、来たっ!」
「ライガ! 乗って!」
俺は慌てて運転席へと転がり込んだ。
【今日の冒険記録】
・同行者:炎の魔女ヘルナスティア(年齢?)
:猫耳少女ミィア(13歳)
:足つきの壷×2(ガソくんとリンちゃん)
・所持金:3560円(日本円)
:78リューオン金貨
・所持品:PCパーツ、毛布、工具一式、ライター2個、トイレットペーパ、テッシュ
:町で補充した食べ物や雑貨、毛布、乾し肉と魚。。
:水は小さい樽で1つ分。
・走行距離:370キロ
・ガソリン残量: 15リットル(予備、約85リットル)
ガソくんから給油。