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社用車チートは異世界で最強でした! ~リーマン異世界横断1000キロの旅~  作者: たまり
四章: ヒューマンガースの決闘 ~水の魔女と炎の魔女~
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 それは季節の風物詩……らしい

 龍は自らの身体に何が起こったか、咄嗟に理解できなかったのだろう。


『――ギィアァアアアッ!?』

 悲鳴を上げると同時に、胴体の中央に浮き出た赤い線から、どす黒い体液を四方八方に噴き出した。

 空中で身体が上下にズレたかと思うと、そのままバックリと真っ二つに分離--。

「なんですってぇえええ!?」

 青き水の魔女、ネルネップルが絶叫する。


 あらゆる物質を切断できる単分子(モノフィラメント)カッターの一撃は、確実に龍の胴体を捉えていたのだ。

 二つに分離した龍は、俺たちよりも遥か上空でグラリと姿勢を崩すと、急速に高度を下げ始めた。

 周囲を覆っていた嵐の渦が晴れ、赤く染まった飛沫を散らしながら、こっちに向かって落下してきた。


「よくもこんなッ、許しませんわ!」

 ネルネップルは俺たちの白い社用車を眼下に認めると、残った龍の上半身を反転させ、特攻さながらに突っ込んできた。


「ライガ、正面から来るわ!」

「やばっ!」

 赤い液体を吹き出す龍は、あっという間に車のフロントガラスに大映しになった。巨大な口で丸飲みにしようというのか、牙の生えた大顎を開く。首に跨がっているのは目を吊り上げて怒り狂う、青い魔女ネルネップルだ。


「ブースト解除……ッ!」

「うんっ!」

 パトナは俺の声に弾かれるように、咄嗟にアフターバーナーの噴射を止め、社用車を自由落下へと切り替えた。

 ギュァアアアッ! と社用車の天井に龍の(ウロコ)が擦れ、フロントガラスに真っ赤な血の雨が降り注いだ。

「ちいいっ!?」


「――かわせた!」

 急激にコースを変えたことで、なんとか正面衝突だけは免れる。体当たり特攻を避けられた龍は、頭上をすり抜けていった。


「うっ……ひぃああ!?」

「こんどは落ちるのかい……! せわしない乗り物だね」

「にぁああああああ!?」


 だが今度は、強烈な落下感覚に包まれて俺たちは悲鳴を上げる。


 既に上空15メートルを超える高さに達していたので、胃袋の裏を冷たい手で撫でられるような、裏返しになりそうな感覚が背中を駆け抜ける。

 車中は一瞬無重力。パトナのお下げ髪や、捨ててあったペットボトルが宙を泳ぐ。

 それだけではない。問題はこのまま落下すれば、激突した時の衝撃は計り知れない。タイヤで着地できたとしても、パトナ本人にフィードバックされる痛覚は相当なものだろう。

 普通ならば車体がバラバラになり、俺たちは全員ペシャンコだ。


 あるいは車体は特殊な加工で壊れなくても、中に乗っている俺たちは、慣性エネルギーが衝撃に転換されることで確実に赤いミンチ肉と化すだろう。


「パトナ……ッ! この……ままじゃ」

「大丈夫! まかせ……てぇやぁああああああああッ!」


 目の前に地面が迫った、その時。


「バリューン・エアバック! ……オープンッ!」


 パトナが車内で両手を広げて叫んだ。

 エアバックは衝突安全装置。風船を爆薬の力で膨らませて乗員を事故から守る物で、この車のハンドルにも装備されている。

 確かに衝撃を和らげる効果はあるが、後部座席には付いていないのだ。後ろの二人はともかく、パトナの身体は持つのだろうか。


「エア……バックて、それじゃ……俺しか」

「ライガ、心配しないで!」


 ボファンッ! という軽い破裂音と共に、ガラス窓を包むように、外側に真っ白な()が広がった。

 それは車の下部から爆発的に膨れ上がった巨大な風船、車全体を包むほどの大きさの、衝撃吸収用エアバックだった。


「衝突安全性能だって……バッチリなんだからねっ!」


 パトナの胸が大きく揺れた次の瞬間、ボヨォオオン、と車体が地面でバウンドした。


「ひぃやぁああ!?」

「ニニニィイー!?」


 再び跳ね上がり、軽い上昇感覚を自覚する頃には、今度は落下感覚へと切り替わっていた。短いストロークで再びバウンドしたようだ。

 二度目のエアバックによる着地で、風船の空気は程よく抜けたようだ。柔らかく揺れながらタイヤが接地すると、プシュルルル……と、白い膜が吸い込まれるように車体の腹の下へと格納されてゆく。


「たっ……助かった……」

「どう? 大丈夫だったでしょ」

 俺はまだ心臓のバクバクが止まっていない。


「じ、地獄の体験をしたニー……」

 後ろを振り返ると、ネコ耳のミィアは四足で後部座席に立っていた。フーフーと興奮した様子で目を血走らせている。


「あはは! 凄いものだねぇ、魔法の馬車は!」

 ヘルナスティアは、呆れたような笑顔を見せながら乱れた髪を整える。流石の魔女もジェットコースター体験は初めてだったようだ。


「とりあえず、皆無事……だよな!?」

 荷物室のガソくんとリンちゃんも横倒しになっていたが、直ぐに起き上がった。


 そうだ――ネルネップルは!?

 

 慌てて辺りを見渡すと、居た。

 俺たちよりも僅かに遅れ、木の葉落としのような動きで地上に落下してくる。

 水の魔女ネルネップルは、半分に切断された龍の上半身にしがみついたままだ。


 ――地面に激突する!


 次に展開されるであろう惨劇(・・)を想像し、思わず目を背ける。


 だが、断末魔の悲鳴も肉体が潰れる生々しい音も聞こえなかった。

 代わりに響いたのは、ビチャチャチャチャという湿()った粘着質(・・・)の音だった。


「ライガ……! あれを見て!」

「えっ?」


 パトナの声にもう一度顔を上げる。すると、水色の粘液の塊となった物体がいた。車から30メートルほど離れた場所で、青い塊がグネグネと蠢いているのだ。

 どうやらそれは、龍が形状を崩しながら、ブルブルと体を水色の塊へと変化してゆく途中らしかった。

 魔女ネルネップルを探すと、全身をジェルのような水色の粘膜で覆った人型がいた。

 チャイナ服の魔女ネルネップルの名残りを見せながら溶け、巨大な粘液の中に沈んでゆく。

 すべてが粘液の塊へと帰依し、青い巨大アメーバのような塊となった。


「スッ……スライムだ!?」

「スライムだよ! おっきなスライム!」


「あれが、ネルネップルの正体(・・)さね。梅雨(つゆ)も近い証拠だねぇ」

 ヘルナスティアが頬杖をつきながらアンニュイな雰囲気を醸し、ため息をつく。


「梅雨だから!? なんじゃそりゃ!?」

「そういうもんなのさ、アイツは雨と一緒に毎年湧いてくるからねぇ……」

「毎年!?」

「湧く!?」

 俺とパトナは顔を見合わせる。


「ニィアア!? 横! 横にも居るニー!?」

「うわ!?」

 ミィアの声に振り返ると、先に落下していた龍の下半身(・・・)が、ドロドロと形を崩しながら液体と化し、ネルネップルの第二形態(スライム)へと合流してゆくところだった。


 ――龍も同じスライム……! 魔法で形成していたのか……!


「なら……いまのうちに!」

「ヘッドライトビームだね!」


 パトナが右手と左手の人差し指をスライムに向けて、指して片目をつぶる。このタイミングらなら確実に仕留められるはずだ。


「あのゼリー怪物をブッ飛ばして、終わりにし…………あれ?」


 スコン……。とアクセルが変な音を立てた。

 エンジンが止まり、車内が静かになる。


「悪いニュースだ」

「ライガ……?」


「ガソリンが切れた……」


 俺は洋画の主人公のように苦笑を浮かべてみた。


【今日の冒険記録】


・同行者:炎の魔女ヘルナスティア(年齢?)

    :猫耳少女ミィア(13歳)

    :足つきの壷×2(ガソくんとリンちゃん)

・所持金:3560円(日本円)

    :78リューオン金貨


・所持品:PCパーツ、毛布、工具一式、ライター2個、トイレットペーパ、テッシュ

    :町で補充した食べ物や雑貨、毛布、乾し肉と魚。。

    :水は小さい樽で1つ分。


・走行距離:370キロ

・ガソリン残量: 0リットル(予備、約100リットル)


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