社用車、フル乗車の戦い
「乗って、ヘルナスティアさん!」
パトナが助手席から声をかけると、金髪の魔女が驚いた表情を浮かべた。
「アンタ達は『すまほ』の客人じゃないか!? なるほど……これが自慢の魔法の馬車ってワケかい?」
外で見る魔女は色白で年齢不詳な美しさだ。
肌に皺は一つも無くまるで作り物のような端正な顔立ちだが、若いようにも、恐ろしいほどに齢を重ねているようにも見えた。
「話は後だ! 早く乗れっ!」
「くっ、ここは恩に着るよ!」
俺が運転席から振り返って叫ぶと、金髪の魔女が転がるように乗り込んできた。やはりダメージを受けているのか一瞬だけ辛そうな顔する。
「魔女まで乗るのかニー!?」
ミィアがギョッとしてドタバタと左側に身を寄せる。
これで四人乗車。社用車の乗員として目いっぱいだ。
上空では、俺たちの乱入など意に介さず、龍が体をくねらせながら水のエネルギー球体を収斂し今にも放ちそうな勢いだ
「えぇい! ここは逃げるッ!」
俺は思い切りアクセルを踏んだ。
四輪が濡れた地面の泥を巻き上げながら、ヴォォオオオン! と進みだした。
ハンドルを握って維持しなければ直進しない。
水分を多く含んだ泥が、ぬかるみになって速度を出せないのだ。
「あらあら? 魔法の馬車に乗り込んだところで同じ事ですわ! 放て、水龍衝波!」
頭上を舞う水色のチャイナ服魔法使いは、細くしなやかな腕を振り下ろした。
『ゴガァアアアアアア!』
龍が吸い込んだ息を肺で圧縮する予備動作を経て、ゴゥアッ! と巨大な水の吐息を放出した。それは超圧縮された水と魔力で生み出された破壊光線のようなものだ。
「ぬぅわわわ!?」
「きゃぁあ!?」
ブレスが3秒前に俺たちの停車していた位置を直撃し、大爆発を引き起こした。
爆発とはいっても泥と水、岩などの混合物の大噴火だ。水の圧力と勢いは、俺たちの車の真後ろの地面を根こそぎ吹き飛ばしてゆく。
ブレスの放射は一瞬ではなく、数秒持続し「水の柱」の奔流が、俺たちの乗る社用車を追尾する。
「ライガ、もっと速度を!」
「やってる! けど……ぬかるみで進まない!?」
地面が水と泥に覆われたことで、タイヤのグリップ力が大幅に低下。エンジンからのパワーが伝わらず、車が上手く進まないのだ。
ギュルルと、タイヤのうち何個かが空転し、一向に速度があがらない。おそらく人間4人と、二個の樽の総重量が更に事態を悪化させているのだ。
「ライガ、真後ろだニー!?」
「なんだいなんだい!? 結局このまま棺おけかい!?」
ギャーギャーと後部座席の二人が叫ぶ。
「くっそ! こうなったら、パトナ! ブーストジャンプだ!」
「うんっ!」
キュィイイイイイイイイイ! とエンジン音とは違う、甲高い音が響いたかと思うと、真っ白い煙を車の後方から噴出する。
これは気化したガソリンを変性させた爆発性の特殊気体だ。
「掴まれ二人とも!」
「なな、なんだい!?」
「ニ、ニィイイ!?」
後部に撒き散らした爆発性ガスを掻き分けるように、水のブレスと地面の破裂が迫ってくる。そして上空には、巨大なヘビのような龍が迫っていた。
――今だ!
「「ブースト・ジャンプ!」」
俺とパトナが叫んだ途端、真後ろで真っ赤な爆発が起こった。
ドヴォオオオオオン! と激しい衝撃と加速により、俺たちの社用車は一瞬で空へと舞い上がった。
「ニィアアアアアアアアア!?」
「アッアハハ!? なんだいこれ! 楽しい馬車じゃぁないか!」
涙目で毛を逆立てるミィアの横で、はしゃぐ炎の魔女ヘルナスティア。
バックミラーには発射地点となった爆発の赤い炎が見えた。それはすぐに水の瀑布のブレスと混じりあい見えなくなる。
灰色の雲に向かって飛び上がった俺たちの視界に、ブレスを吐き終えて方向転換しようとしていた龍と、それに跨る魔女ネルネップルが飛び込んできた。
ギラギラとした鱗や、短い手足など細部までハッキリと見える。そして、
「なっ――なんですってぇえ!? 馬車が……空をっ!?」
青い魔女が叫び、切れ長の瞳が驚愕に見開かれる。
ブースト・ジャンプによる飛翔は、せいぜい5秒。空中を飛ぶ俺達の前をゆく「龍」までの距離は20メートルをきった。
接近警報がフロントガラスに表示され、真っ赤な警告とともに、有効射程と『照準固定』の文字が浮かび上がった。
「今よライガッ!」
「いっけぇえええっ!」
俺は思い切り、叩きつけるような勢いでクラクション殺傷モードとワイパー・カッターを同時に操作した。
ブァアアアアアアア! という超振動破壊音波の大音量が響き、シュルルと発射された黒い物体単分子ワイパーが、竜の腹目掛けて飛んで行った。
ワイパーは弧を描きながら飛翔すると、一瞬キラリと輝きを見せながら、龍の白い腹をかすめ飛んだ。
「なんて下品な音! ……お前たちは一体……ハッ!?」
耳を押さえた魔女ネルネップルが、一瞬怯んだ次の瞬間。
龍の腹に一条の真っ赤な線が浮かび上がった。




