旅は道連れ、猫と壺と一緒に
◇
ガソリンを入手した俺たちは、街の雑踏の中を駐車場へ向かって進んでいた。
パトナとミィア、そして自分の足で歩く二匹(?)の壷と一緒にだ。
歩く珍妙な壷を見た街の人たちは、流石にギョッとして道をあける。異国人である俺たちが、ネコ耳の少女と「歩く壷」を引き連れているのだから当然と言えば当然だ。
人混みに紛れて進もうと言い出したのは俺だが、失敗だっただろうか?
目下の心配は、赤い変態……いやマスク男の襲撃だ。赤茶けた彗星こと、ヴァリ・ヴァリーが再び襲ってこないかと、かなりの不安がある。
だが、ヤツは衛兵に連れて行かれてしまった。あの様子では直ちに釈放と言うことは無いはずだが……。
俺は不安を感じつつも、パトナとミィアの歩幅に合わせてゆっくりと歩く。
猫耳少女のミィアは、意外にもいろいろな事を教えてくれた。
干した小魚をおやつ代わりに与えたせいか、ニコニコとした様子で機嫌もいい。
ミィアの話では、ヒューマンガースの街の人口は、20万人を超えていると言う。
元の世界の感覚からいえば「地方の小都市」といった感じだが、この世界では屈指の大都市なのだとか。
そもそも世界の人口密度が極端に低いのか、この街までの約300キロを越える行程でも、村と町がそれぞれ一つづつあっただけだ。
村と町の中間地帯は全て草原か森。点在する集落を見かけた事もあったが、全て廃屋だったことを思い出す。
「世界のほかの場所がどうなってるかなんて、ミーは知らないニー。でも、この街みたいに集まって暮らした方が便利なんだニー」
「意外と物知りなんだな、ミィアは」
「意外とは余計ニー」
乾し魚をかじるたびに、長い尻尾がフンフンと揺れる。
「ミィア、それだけ物分りの良い頭があるんなら、スリなんかしないでちゃんと働けばよかったのに」
「こんな耳と尻尾があったら、サーカスか大道芸、あとは……夜のお店しか働くところが無いニー」
――夜のお店……。
すまし顔で、ミィアは自分の耳を撫でる。
なんだろう? ケモミミバーとか、そういう店だろうか?
くっ……凄く興味がある。
と、何故かパトナがじぃ……と俺の顔を流し目で見ていた。
「ライガ、夜のお店って何?」
「そっ、そりゃぁその……お酒を飲ませるお店さ」
「ふぅん?」
何故か疑いの眼なので、キリッと顔を引き締めてミィアに目線を戻す。
「そうなんだ……。生きていくのが大変なのは、何処でも同じだよ」
「あのニ、財布盗んでゴメンなさいニ……。ライガが働いて稼いだお金、盗んでゴメンニー」
真剣な眼差しでそううと改めて頭を下げた。
「もういいよ」
ミィアは、スリをした事を心の底から反省し謝ってくれたようだ。
そして、街の通りを歩く間いろいろな話を聞かせてくれた。
孤児であること、その日ぐらしの生活で、繰り返し盗みを働いてしまった事。
衛兵に突き出せば、投獄されてしまうほど、スリをしてきたようだ。
猫耳の少女が生きていくのは大変なのだろう。親や姉妹、仲間はいないのだろうか?
ここまで知ってしまっては放っても置けない。
俺とパトナは、ここまで冒険をしてきた事を話して聞かせた。するとミィアは怖がるどころか逆に目を輝かせた。
「いいなぁ! ライガとパトナは旅をしているのかニー……!」
「でもねミィア。私もライガと旅をしているけど、そのうち何処かに家を持って、静かにのんびり、働きながら暮らしてみたいんだ……」
「パトナ」
それが……パトナの夢なのか。
俺はハッとしてその横顔を見た。遠く、夢を見るような眼差しで青い空を見上げている。
「ニー? 旅のほうが楽しそうだけどニー?」
「いつまでも旅を続ける訳にはいかないもの」
「そうなのにかニー?」
パトナがミィアと並んで歩く。
作業服のようなダブダブのツナギを着たパトナと、ミィアの半裸のようなビキニジャケット姿はとても対照的といえる。
「旅……ミーも行きたいニー……。ダメかニー?」
「ミィア」
ミィアとはこの街で用事が済めば、お別れかと思っていた。だが、どうしたものか。
「でも、しばらくは危ない旅なんだよ? 怖い魔法使いも襲ってくるし」
「死ぬのは怖くないニー。どこで、どういう風に終わるかが大事ニ。路地裏で死ぬより、外の世界で広い空を見上げて死ぬ方が100倍素敵だニー!」
ミィアは一息にそう言うと、ぎゅっと拳を握り締めた。
瞳には強い決意の光が見えた。
俺は立ち止まり、ミィアの正面に向き直った。
「ミィアは死なない。俺たちもだ。これからまだまだ、ずーっと生きるんだ。だから……死ぬなんて簡単に言うな」
「ニ……!」
猫のような瞳を少女は大きく見開いた。空色の瞳には、雲と太陽の輝きがキラキラと映りこんでいた。
「ライガ、一緒に連れて行ってあげたら?」
パトナが優しく笑う。
「……そうだなぁ。後部座席も空いてるしなぁ」
「コウブ……ザセキ?」
小首を傾げるミィアの頭をくしゃっと撫でる。
青みがかった銀色の髪の毛は癖が無くてさらさらで、本当の子猫のようだ。
「一緒に行こうってことさ」
「ニ、ニー!」
ミィアは嬉しそうに飛び上がると、すんっと深呼吸をした。
そして、ネコ耳を動かして目を細め、大勢の人間が行き交う通りを見回した。
まるで、街にお別れを言っているかのような、そんな表情で。
大勢の人々が行き交うこの街は、半獣人の少女が一人で暮らすには厳しくて、寂しいところだったのだろう。
それでも、故郷には変わりないのだから。
◇
俺たちはやがて、駐車場へと辿りついた。
街外れになる駐車場には、俺たちが来たときよりも多くの馬車や牛車が停まっていた。
中には馬だかドラゴンだかわからない妙な動物に車を牽かせている者もいる。
多くの人々は売り物らしい荷物を背負い、街へと急いでいる。
「あ、あれだよライガ!」
社用車を停めていた辺りに、人だかりが出来ていたので場所はすぐにわかった。
「車だ! よかった無事みたいだな……!」
「うん。ずっと良い子で留守番してたみたい」
「ニー? なんの人だかりニー?」
「俺たちの魔法の馬車が置いてあるんだよ」
「あっ!? 魔法使いのダンナが帰ってきた」
駐車場の案内係の一人が、見張っていてくれたのだ。しかも、ちゃっかり「見物料」と書かれた即席の看板まで用意している。呆れたものだ。
「見張っていてくれたんですね、ありがとうございます」
引きつった顔で、俺は男に声をかけた。
「えええ! そ、そりゃもう! ダンナたちの大切な馬車だ、万が一の事があっちゃいけねぇですし、じゃあっしはこれで!」
ざらざらと小銭をかき集めて腰の袋に入れると、男は看板を抱えて一礼。何事も無かったように去っていった。
「やれやれだ。まぁ、お陰でイタズラされずに済んだみたいだけどな」
「この車にイタズラされたら、私すぐにわかるわ。身体がムズムズするもの」
「そ、そうか……」
こういうのを聞くと、早くパトナを人間にしてあげたいと思う。
だってつまり、本人は平気だと言っていたけれど、痛みも同じように感じていたという事だから。
「で、なんだニー!? これが馬車なのかニー!?」
「あぁ、ミィアは後ろの席に乗ってくれ」
ピッとドアロックを解除して、社用車の後部座席を空ける。
ミィアは恐る恐る乗り込むと、物珍しそうに中を見てはしゃいでいる。
「それと、お前らもな」
ちゃぷちゃぷと歩くたびに音がする壷達を、とりあえず荷台に載せることにする。
200キログラムまで載せられるので、壷二つでも大丈夫だろう。
俺はバックドアを開け、荷物を少し整理。水の樽や毛布に食料、着替えの詰まったリュックなどを片方に寄せて、二つの壷を載せた。
可燃物を荷台に載せるのは少し躊躇われたが、屋根にも載せられないし仕方ない。
足の生えた二つの壷は大人しく乗り込んで、『体育座り』のように並んでいる。
「……シュールだなぁ」
密閉が完璧なのか、魔法の成せる技なのか、ガソリンの臭いはしない。取り敢えず引火爆発の心配は無さそうだが……。
と、パトナが俺の横で、荷台の中を覗き込んだ。
「ねぇライガ、この子たちにも名前をつけてあげようよ!」
「この子!? な……名前!?」
実に女の子らしい発想だ。こういうところもパトナは可愛い。
「じゃぁパトナが好きにつけていいよ」
「えへへ、やった! じゃぁねぇ……、『ガソくん』と『リンちゃん』でどう?」
「ガソ……リン。あはは!? てか、オスメスあるのかよ!?」
「えー? 見て判らない? こっちの子の脚はちょっと男の子っぽいし、こっちはすこし内股なの」
壷の足なんてマジマジと見ていなかったが、パトナが言うならそうなのだろう。
「じゃぁお前が『ガソくん』で、そっちが『リンちゃん』な」
指差すと壷がコクコクと頷いた。人語もある程度理解するようだ。ていうか大人しいし従順だし、お利口さんといえる。
「よかったね!」
「この壷も旅の仲間なのニー」
「うーむ、賑やになったなぁ。積載量もギリギリだけどな」
運転も慎重にならざるを得ないだろう。機動力が少し低下するのは当面は仕方ない。ガソリンは使えば減るしその分は軽くなるのだから。
さて――。
「問題はここからどうするか、だな」
「もう出発するの?」
パトナは不安げに、暗雲の立ち込め始めた西の空を眺めた。不穏な雲が風に乗り、こちらに来ているようにも見える。
今から天候が崩れるのだろうか?
次回、新たなる脅威が……!?
【今日の冒険記録】
・同行者:猫耳少女ミィア
:足つきの壷×2(ガソくんとリンちゃん)
・所持金:3560円(日本円)
:78リューオン金貨
・所持品:PCパーツ、毛布、工具一式、ライター2個、トイレットペーパ、テッシュ
:町で補充した食べ物や雑貨、毛布、乾し肉と魚。。
:水は小さい樽で1つ分。
・走行距離:360キロ
・ガソリン残量:16リットル(予備、約100リットル)