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社用車チートは異世界で最強でした! ~リーマン異世界横断1000キロの旅~  作者: たまり
四章: ヒューマンガースの決闘 ~水の魔女と炎の魔女~
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 魔法使いの取引と、大切な物

「魔法使いの……取引……?」

「そうさ、知らないのかい? 異国の魔法使い」


 『呪怨六星衆(ヘキサマヴナ)』の一人だと言う金髪の魔女、ヘルナスティアはニッと口角を吊り上げると、唇の端から鋭い牙を覗かせた。


「お金だけじゃ足りないって訳か……」


 だからといってパトナもミィアも渡すわけにはいかない。


「炎の力を宿したシェイラオイルが欲しいんだろう? 他じゃこんな大金に見合うだけの品物、そうそう置いちゃいないよ」


 店の中の棚にはガソリンが入っていそうな壺がズラリと並んでいた。ズォオオオ……と、それらを背にしたカウンター越しの魔女に気圧される。


「う……」


「ライガ……!」

「ニー! もう帰りたいニー!?」


 パトナが俺の腕を掴み、ミィアがシャツの背中をひっぱる。

 魔女ヘルナスティアは俺の答えを待っている。


 だが――この魔女は、何を望んでいる?


「さぁ、答えておくれよ」


 俺の腕や、パトナを本当に欲しいのだろうか?


 あるいは象徴的で儀式めいた取引(・・)なのだろうか。例えば祭りで死者の代理として、藁人形を燃やすような。


「……異界のアイテムなら、ある。『禁忌の谷』で拾ったものだ」


「へぇ?」


 魔女が僅かに興味を示した。俺は背中のリュックの底からPCのガラクタパーツを取り出すと、カウンターテーブルに並べて見せた。


「他では手に入らない品だ」


 恐る恐る、俺はゆっくりと魔女の顔を窺う。

 白く悪魔じみたほどに整った顔。赤い視線がPCパーツに注がれている。


「……ダメだね」


「ダメ? 何故?」


「これは、お前さんにとって大切(・・)なものじゃないね。それじゃぁ取引にならないんだよ? まぁ……異国の魔法使いのようだから今回はサービスで教えてあげる。私が欲しいのは、おまえさんが心から大切にしている物さ。愛する人間の命でも、身体の一部でもいい」


「そんなもの……やれるわけないだろう!」

「やれやれ。わからないのかい? お金は素材の対価に過ぎないのさ」


「対価……」


「そうさ。けれど私は大事な持ち物を引き渡すんだ。つまり()対価()がほしいのさ。この理屈、わかるかい? これが魔法使いの取引。心の隙間は魔法を弱らせるからね。お互いにこれで『おあいこ』ってやつさ」


 そこまで言うと、金髪の魔女は、ふぅ……とため息をついた。

 あとはこちらの出方を待つばかり、好きにおし。といった風だ。


「――なるほど。よくわかったよ」


 お陰でようやく理解できた。


 金貨自体はガソリンとの等価交換。

 けれど魔法使いとして自分の大切な心の一部である品物を渡す以上、同じくらい大切なものを代わりによこせ、というわけだ。


「自分で切る勇気が無いのなら、呪いをかけて腕を貰うよ? なぁに血は出ないさ。それが嫌ならそこのネコの使い魔を生贄にするかい? ……まぁ好きな方を選びなさいな」


「ニァー!?」

 ミィアが総毛だち、シャーとパトナの背後に逃げ込んだ。ネコ耳を垂らし、すっかり怯えた様子でパトナと二人、不安げに俺を見つめている。


「ライガ、どうする気!?」


「う、うぅむ」


 大切なものをよこせ……か。


 大切なもの、大切なもの。


 俺は思わず考え込む。


 一番に思いつくのは、パトナ。勿論それは論外だ。

 出会って間もないけれど大切な俺のパートナーなのだから考える以前の問題だ。

 ミィアもつい1時間前に出会ったばかり。巻き込んでしまった原因は、スリを働いたミィアにあるとはいえ本来は無関係だ。


 ならば……自分の腕か。足か? でも……それでは車を運転できない。

 ていうか、幾らなんでも手足を呪いでもぎ取られたら痛いだろう。


 ならば大切な自分の分身(・・)、大切な何か。


 それでいて、手放せるもの。


 そんな物俺には何も……と、腕を組む。


 と――その時。上着の胸ポケットに入っている物にコツリと腕が触れた。


 それは、この異世界に来てから使えないまま電源を切っていたスマートフォンだった。

 

 仕事でもプライベートでも向こうの世界ではこれに依存していた。

 とても大事で手放せなかった……


「あ……!」


 言わばこれは俺の分身ともいえる存在だ。

 個人情報(・・・・)も含め、全てが入っている。


 慌てて胸ポケットから取り出して電源を入れると、50%ほどの残量の電池表示とともに画面が起動した。


「おや? なんだいそれは。魔法の……道具かい?」


 魔女が薄暗い店内に、ポッと灯ったスマホの明かりに興味を示した。


「あぁ、これは俺の分身(・・)だ。(元の世界では)命と同じぐらい大切なものさ」


「へぇ? でもそれは何だい?」


 俺はカメラアプリを起動して、俺とパトナとミィアと一緒に動画(・・)を撮影。


「ほら、これを見て、笑って」

「なんだニー?」

「あ……そっか!」


 パトナは俺の考えに気がついたようだ。

 俺は次に、再生ボタンを押して、今録画したばかりの三人の動画を魔女に見せた。


『ほら、これを見て、笑って』

『なんだニー?』

『あ……そっか!』


「なんっじゃこりゃぁあああああああああ!?」


 金髪の魔女ヘルナスティアは、毛を逆立てて絶叫した。それに呼応するかのように部屋中の物がガタガタと揺れ、地震のような地鳴りを起こす。


「えぇえええ!? なんだいこれは!? 空間……いや、時間と空間を切り取ったのかい!? 魔法なのかい!? お前さんたちの……国の魔法なのかい?」


 動画を見ていた魔女がブルブルと震える。


 ――掛かった!


「あぁ! そういうことだ。俺の()とも言える魔法の道具だ。これが無いと……本当に困るんだが……」


 俺は眉間に皺を寄せ、唸って見せた。


「いっ、ひひひ! そうかいそうかい! そうだろうともよ!? いいとも。それで手を打とうじゃないか!」


「仕方ない……。これを渡せば、取引成立と言う事でいいですね?」


「あぁ、いいともさ!」


 魔女は静かに立ち上がると、紫色のドレスの裾を気にしながら、ぱちん! と白く細い指を鳴らした。

 するとガタガタと店の奥の暗闇の向こうから、黒い影が二つ歩いてくるのが見えた。


 それは比喩でもなんでもなく、本当に足を生やした()だった。


「ライガ! 壷が歩いてくるよ!?」

「ま、魔法っぽい……!」


 一抱えほどありそうな陶器製の壷が二つ、生々しい足を生やして歩いてきた。

 人間の足よりも太く、そして青っぽい皮膚の色。使い魔か何かだろうか?


「一つに50リッタル入っているよ。二つで100リッタル。ま、量り売りも面倒だからサービスしておくよ。もっておいき!」


 パトナが蓋を開ける。中身は間違いなくガソリンだ。

 そして50リッタルという聞きなれない単位だが、50リットル以上は入っている大きさだ。

 

 パトナがうんうん! と頷き親指を立てる。


「よしっ!」


 俺は取引が成立した事を確認し、スマートフォンを手渡した。

 黒い愛用のスマホよ……ここでさよならだ。


 魔女に可愛がってもらえよ……。


 ひゃっほー! とばかりにスマホを掲げてくるりとカウンターの向こうで魔女が回る。


「それで、こ、これはどうやって使うんだい?」

「あ、ぇえと、これをこうして……」

「へぇ? なんだい!? 意外と簡単だね!?」

「その他にも、これをこうすると、こんなアプリもある」


「おほおおおお!?」


 大興奮の魔女に思わず苦笑する。

 電池が切れたらブチ切れそうだが、まぁ数日は持つだろう。

 対価(・・)としては十分働いてくれるはずだ。


「これは電気……、えと『雷の力』で動いているんだ。えーと……バッテリーが切れると動かないんだけど……」


 思い出した。

 充電器が車のシガーソケットの下の小物入れにあった。まぁ、手渡したところで使えないだろうけれど……。


「んなもん構いやしないよ! 壊れたら元に戻せる知り合いの術者に頼むさね。これはいい取引だよ。私の『壷』ごとお前さんたちにサービスするよ!」


「あ、ありがとうございます!」


 のっしのっしと、二本の生足(なまあし)を生やした壷が俺に寄り添ってくる。

 可愛さの欠片も無いが、運搬手段を考えれば実に助かる。


「ありがとう! ヘルナスティアさん」

「なんだかわからないがニー、帰れるニー」


 パトナもミィアもホッとした様子だ。

 俺たちは礼を言うと店を後にした。


「さぁ戻ろう! 俺たちの社用車に!」


 こうして、俺たちはついにガソリンを手に入れた。


【今日の冒険記録】

・所持金:3560円(日本円)

    :78リューオン金貨

     ※食費やガソリン購入で -215


・所持品:PCパーツ、毛布、工具一式、ライター2個、トイレットペーパ、テッシュ


・生足を生やした壷×2


・町で補充した食べ物や雑貨。毛布など

・水、小さい樽で1つ。

・走行距離:360キロ

・ガソリン残量:16リットル(補充、およそ100リットル)←New


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