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社用車チートは異世界で最強でした! ~リーマン異世界横断1000キロの旅~  作者: たまり
四章: ヒューマンガースの決闘 ~水の魔女と炎の魔女~
35/70

 ヒューマンガースの路地裏逃亡劇

 ズボボボボボ! ヴァォンヴァォン! と腹に響くバイクの爆音と共に、物が踏み砕かれ軋み、破砕する衝撃音が背後から迫ってきた。

 その迫力と恐怖は想像以上だ。


「うわぁああ!?」

「きゃぁああ!?」


 俺はパトナの手を引いて慌てて通りを駆け出した。

 通りの左右には、台座に木の棒を立て布を屋根代わりにした屋台がいくつも(のき)を連ねていた。そこでは様々な品物が売られていて、穀物や香辛料の量り売り、果物など実に多彩で市場のようだ。

 しかし、リーゼント頭の赤ジャケットは、人々の生活の場である事などお構いなしといった風に、それらを蹴散らしながら俺たちを追ってくる。

 凄まじいエンジンの音を響かせて、次々と屋台を破壊しながら進んでくるのだ。


「調和と秩序を乱す白い悪魔め! 女連れだからと見逃す私ではないぞ!」


 バイクから伸びたアメリカンタイプの『チョッパーバー』タイプのハンドルが、屋台の屋根を固定するロープを引っ掛けて屋根ごと崩壊させる。

 商品が散乱し、店主の怒り交じりの怒号と客の悲鳴が入り乱れる。


「秩序も何も、どっちが乱してんだよ!?」

「ライガ! ここままじゃ街の皆が危ないよっ!」

「わかってる!」


 俺はパトナの手を引いて走り続けた。

 通りに響き渡る音と悲鳴に、何事かと振り返った人たちも突如現れた「鉄の馬」の怪物を見て逃げ始める。


「路地に……人気のないところへ!」


 本当は俺たちの車を停めている駐車場に戻りたい。しかし、ここから直線で500メートル以上も離れている。

 バイクの速度ではすぐに追いつかれて、背中から轢き殺されてしまうだろう。

 それに、俺たちと無関係な人に被害が出る事態も避けたい。


 ――何が正義(ジャスティス)だ、狂ってやがる!


 ヴァォオオオン! と一層音が高くなった瞬間、バイクが一気に距離を縮め、真後ろに迫っていた。

 なんとウィリーのようにフロントタイヤを持ち上げて、俺を潰そうというのだ。


「パトナッ!」


 俺は迷わずパトナの手を引いて、路地に飛び込んだ。


「――ちいいっ!」


 紙一重でかわした直後、真後ろを赤い鉄の凶器が通り過ぎてゆく。


「あぶねっ!?」

 だが、これで俺は確信した。狙いはあくまでも「俺」一人なのだ!


 スピードに乗ったバイクは、当然すぐには止まれない。

 路地に飛び込んだ俺たちからは既に見えない方向に行ってしまったけれど、ギュラララ! という後輪で路面を引っかく音が響いた。

 おそらくドリフトのようにUターンして方向転換しているのだろう。


 俺とパトナは幅1メートルほどの路地をひた走った。


 暗い路地の向こうには、食堂が建ち並ぶ大きな通りが見えた。


 ドドドド! と再び、背後から地響きのようなエンジン音が迫ってきた。振り返ると暗い路地の向こうから、ヘッドライトを灯したバイクが猛烈に追い上げてきていた。


「うわ!? 来たっ! 走れパトナっ!」

「はぁ、はぁ! なんで、人間って走ると……疲れるの!?」

 パトナがもう限界、とばかりに音を上げる。人間の身体で走るという初めての体験に戸惑っているのだろうか。足はへろへろで止まる寸前だ。


「くそ! 逃げ切れない」


 せめて、パトナだけは逃がさないと……!

 赤いバイクはスピードを緩めることなくどんどん迫ってくる。


「もう逃げられんぞ! 正義(ジャスティス) 執行ぉおおッ――!」


 と、次の瞬間。


「こっちだニーッ!」


 にゃん! とネコの鳴き声のような声が響いた。


 驚いて正面を見ると、僅か2メートル先、路地の途中に開いた小さな出入り口の扉から、ネコの耳少女が手招きしていた。

 それは、あのスリの少女ミィアだった。


「ライガ、あの子!」

「ミィア!?」


 スリを働いた少女だが、迷っている暇は無かった。

 ミィアの尻尾が扉の中にしゅるっと、俺達を誘うようにして消えた。


「こっちだ!」

「ひゃぁ!?」


 俺はパトナの腕を再び引き、ミィアが開いてくれた木戸の中へ転がり込んだ。


「ぐへっ!?」


 べちゃっと転ぶ俺の背中に、パトナが圧し掛かる。

 ぐへっ!? と情けなく叫ぶ俺だったが、ふわりと顔にかかるパトナの髪の香りと体温が、生きている事を実感させてくれた。


 ハッとして周囲を見回すと、中は薄暗く何かの倉庫のようだ。

 と、バイクの爆音が迫る。


「助けてくれたからニッ!」


 ミィアが俺たちをヒラリと飛び越えて、入り口へと向かってゆく。

 気がつくと、小さな身体に似合わない程に、大きな(つぼ)を抱えている。


 ――まさか!?


「これは……お礼ニッ!」


 ミィアが全身をバネのようにして、入り口から壷を思い切りブンなげた。そこには、タイミングよく突っ込んできた赤いバイク乗りのリーゼント頭があった。


『ジャスティィイイス!?』


 ガボンッ! と見事なまでに頭に()が被さり、視界を塞ぐ。


「ナイス!」

「きゃはは?!」


 ヴァリ・ヴァリーは一瞬で恐ろしい追撃者から、間抜けな道化師へと変わっていた。


『モガーーーー!?』


 バイクに乗った壷人間(・・・)は、何かを叫びながらグラグラと走り続け、右に左にと身体とバイクを接触させ、激しい火花を散らしながら路地を抜けて通りに出ていった。


 通りに出た途端、悲鳴と怒号が飛び――やがて凄まじい爆発音が響き渡った。

 そのまま通りに出るとその建物の壁に激突。ドグォンン! という地響きと共に俺はパトナの腕を再び引き。


「やった!?」

「向こうの建物に突っ込んだよ!」


 俺とパトナは、入り口から顔を出して通りを見た。赤い炎と濛々とした黒煙が立ち昇ってゆく。


「ざまーみるニー!」

「ありがとう、ミィア」


「これで借りは返したからニッ」


 ふわりと青みがかった銀髪を振り払うと、ネコの耳をぴんと立てる。


「ラ、ライガ! あれっ!」


 通りの向こうを見ていたパトナが叫んだ。

 

 崩れた壁の建物はどうやら民家だったようだ。けが人はどうやら居ないようだが、一部屋分の壁が盛大に崩れている。

 

 と、土ぼこりと煙のむこうから、真っ赤な双眸が輝いた。


「ヴァリ・ヴァリー!?」


 ズシィンと巨大な片足が現れた。コンバットブーツのような履物を履いた脚に続いて、山のような身体が、ぬぅっ……と現れた。

 

 それは、頭に壷を被ったままの赤い大男だった。


 すると、壷の天辺からピシイッ! と雷のような亀裂が入り、真っ二つに割れて地面へと落ちた。

 その中から現れたのは、青筋を何本も浮かび上がらせた鬼のような形相のヴァル・ヴァリーだった。


「ゆ……ゆるさんぞ……ぅおおおおおおおお!」


 再び全身から赤いオーラが爆炎のように立ち上った。

 たちどころにそれは収斂し、足元に赤い何かの乗り物を形成してゆく。


「また、無限召喚車庫(インフィニットサモナ・ガレェジ)で、車を呼び出すつもりなんだ!」

「そんな! これじゃキリがないよっ!」

「なんなんだニー!? あの大男はニッ!?」

 俺たちは異様とも言える赤いジャケット男の様子を見て、情けない悲鳴を上げた。


「何処にいる白い悪魔めがぁああ! そして、ネコの小娘ッ!」


「ニイッ!? 私も加わったニ!?」

「……そりゃそうだ」


 どうやらミィアも巻き込まれたらしい。

 俺とパトナそしてミィアの三人は、転がるように部屋の反対側にあった扉から外に出た。そこはまた別の路地裏だ。

 三人で、野次馬の人ごみに紛れながらひたすら逃げる。


「なぁ! ミィア! 巻き込まれついでに頼んでいいか?」

「なっ、何をニッ!?」

「『サウザリン通り』に行きたいんだ、案内してもらえないか?」


 ミィアがネコのように毛を逆立てた。


「ニィッ!? あそこは魔法使いがウジャウジャいるニ! 怖いニッ!」


「どうしても行かなきゃダメなんだよ!」

「うーん。まぁ、しょーがないニッ!」


「ちょっとライガ、この子信用できるの!?」


「わからん! けど……直感を信じたいんだ」

「もう! なにそれ」

「ごめん」


 パトナは一瞬怒ったような顔をしたけれど、俺をまっすぐに見つめて、


「ライガがそう言うなら、いいよっ!」


 と笑う。

 ミィアはそんな俺達のやり取りを、猫のような目でじっと見つめていた。


「どこだぁああ!? おのれぇええい!」


 そのとき、背後から獣じみた声が響いてきた。

 ヴァル・ヴァリーの声で間違いは無いのだが、不思議なことにエンジン音も爆音も聞こえない。

 人ごみに紛れ、身を低くして振り返ると……いた!


「ラ、ライガあれ!」

「んなっ!?」


 大勢の野次馬をかきわけて、キコキコキコと赤いママチャリを必死でこぐ、大男の姿がそこにあった。

 赤いスポーツカーの次はバイク、そして……自転車。

 

 ――そうか! 召喚能力には限界(・・)があるんだ!


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