赤き正義! 無限召喚車庫(インフィニットサモナ・ガレェジ )
「白い……悪魔?」
俺とパトナは互いに顔を見合わせた。思い当たる事が無いわけでは、無い。
目の前の大男は、間違いなく「赤いスポーツカー」のドライバーだ。
この街に来る途中、俺たちを襲撃してきた「赤茶けた彗星」。チキンレースのように目前まで突っ込んできた以上、俺たちの顔を覚えていてもおかしくはない。
俺は背後にパトナを庇うように隠し、手を掴む。パトナの手は緊張のせいか指先が冷たくなっていた。
命綱とも言える社用車がない今、逃げるにもパトナを連れて、自分たちの足で走るしかない。
「ライガ……どうしよう」
「しっ……!」
「白い悪魔。奴は、ここではない何処か、遠い異界より来た恐るべき相手だ。そして、この美しい世界の正義と秩序を乱さんとする……憎むべき相手よ』
リーゼント頭に目だけを隠すマスクをつけた大男は、ゆっくりと分厚い胸板を上下させ、俺とパトナを威圧するように立ち塞がっている。
マスクを通してでも分かるほどに、鋭い眼光が俺に向けられているのだ。
ここは人通りも多い通りだというのに、襲い掛かってくるつもりだろうか? しかし、ネコ耳のスリ娘ミィアを、何の躊躇いもなく絞殺しようとした以上、油断は出来ない。
ヴァリ・ヴァリーは深く呼吸をし、全身に気を巡らせているのか、まるで精神集中をしているようなそぶりを見せる。
赤い革ジャケットと革のズボンの内側で、恐ろしいほどの筋肉がビキビキと動いていた。
--格闘戦ってわけか……!?
やがてゴゴ、ゴゴゴ……と、何処からともなく地鳴りのような音が聞こえはじめた。
それは幻聴などではなく、確かに空気が震えている。
「ライガ、何か……変だよ!」
「赤ジャケットの全身筋肉に絡まれてんだから、十分に変だけどな」
軽口を叩いてみたけれど、全身から冷たい汗が吹き出てくるのが分かった。
――こいつ、ヤバイぞ……!
俺は武術や格闘技はド素人だが、そんな俺でも判る。
ここまで伝わってくる気迫は、素人でさえ判る明らかな「殺気」だ。
俺とパトナは腰を落とし、じりじりっと逃げる体勢に移る。
というか、今すぐダッシュで逃げ出したい。
車でのバトルなら受けてたつが、生身で殴り合うなんてガラじゃないのだ。
「すでに……『雷』と『死』、二つの聖なる力を司る、偉大なる魔術師が散った……」
低く呻く様な言葉を聴いた瞬間、俺は理解した。
この男は俺たちを敵だと認識している!
「――逃げるぞ! パトナッ!」
「うんっ!」
俺はパトナの手を取って駆け出した。
街行く人々が何事かと驚く中、俺たちは人々を縫うようにして走る。
背後からはヴァル・ヴァリーが追って……、
――来ない!?
ハッとして振り返ると、既に15メートルほどの距離が開いていた。
赤い大男は、仁王立ちのまま一歩も動かず、それどころか微動だにしていない。その代わり、ブツブツと口上を垂れ流し続けている。
「私は……力と勝利の神・セトゥに神託を授かり、世界の均衡を保つために遣わされた……救世の英雄、ヴァリ・ヴァリー!」
次の瞬間、カッ! と赤い大男の周囲に炎のようなオーラが吹き上がった。
それはヴァル・ヴァリーの全身から噴出した赤い光だった。
俺とパトナは思わず足を止めた。
「――な、なんだ!?」
「わからない、けれど……女神様じゃない誰かの力を感じるよ!」
「一体何だ!?」
「きゃぁああ!? 火事!?」
人々が驚き悲鳴を上げる。通りを赤く染めた光は、やがて火炎のような真っ赤な渦を巻きながら、大男の目の前に収斂してゆく。
「ぬぅうううん!」
炎のような光が、何かを形作りはじめた。
赤い光の粒子の奔流が渦を巻きながら一箇所に集まると、その中から曲線で構成された金属のパイプと二つのタイヤ、突き出したハンドル、そして……ギラギラと輝く大きなマフラーを生やした乗り物が出現した。
「うそぉおおっ!?」
それは、巨大なアメリカン・バイクだった。
カウルとタンクの色は燃えるような赤。この男のテーマカラー。
「二輪? 異界の鉄馬か……! 街中なら都合がいい!」
ヴァル・ヴァリーが大股でバイクにドウッ! と跨ると、ギアを入れ、アクセルを回す。途端に、ヴォアアオオオオオン! とエンジンが凄まじい咆哮をあげた。
――この世界の人間なのに、操縦方法が分かるのか!?
大きなエンジン音に、雷だ竜だと叫びながら街の人々が逃げ惑う。
「バッ……バイク!?」
「なんで、どうして……赤いバイクが!?」
「赤いスポーツカーじゃない……! 屋根をぶっ飛ばしたあの車以外にも……ハッ!?」
疑問が湧き上がるが、俺はその「答え」の察しがついた。
――異界からの召喚能力!
「そう! 力と栄光の神! セトゥ様から授かった力――それがッ! この『無限召喚車庫』だぁああああっ!」
ヴォドゴォオオオン! とアクセルを回すと、タイヤがギュルルと石畳の地面で急回転、真っ白な煙を噴き上げながら、爆発的な加速をみせて俺たちを追跡し始めた。
「うわぁ!?」
「鉄の馬だぁ!?」
街の人々が叫びながら、転がるように左右に逃げ惑った。
「逃げるぞパトナッ!」
「うんっ!」
「私もつくづく運がいい! 見つけたぞ白い悪魔――! この、正義の申し子が、貴様を成敗してくれる!」
赤いアメリカンバイクは、ドドドドドド! ヴァォオオオオン! と凄まじいエンジン音とマフラーの排気音を響かせると、露天の商品を煙のように巻き上げながら、通りを猛烈な勢いで追いかけてきた。
「――うぉおおっ!?」