ライガ、猫まっしぐら
正直に言うと俺は猫が好きだ。
散歩から帰ってきた猫を抱き締めて、お日様の香りをスンスンと嗅いだり、足の裏をフニフニするのが大好きだった。
両親も亡くなり、寂しい独り暮らしを慰めてくれたのも家ネコだった。そのネコも年老いて死んだ頃、俺は就職したわけで……実は猫との触れあいに餓えていた。
けれど、どうやら俺はこの異世界で、念願の猫との再会を果たしたようだ。
「は、離すニー! ……くるしいニァアア……」
まぁ、目の前にいるのは、猫耳少女という実にファンタジーな猫ではあるが。
にーにーと鳴き叫ぶネコ耳少女は、背丈が小さいので正確な年齢はわからない。
あどけない顔や背格好は、人間なら小学生か中学生か……そんな年頃に見えた。
一方、ヴァリ・ヴァリーと名乗ったリーゼントマスク男は「自分こそが正義!」と、まるで揺るがない信条をもっているのか、表情は自信に満ち溢れていた。
大きく幅の広い唇は薄く、口角がつりあがっている。
スリの少女を片手で持ち上げたまま、力を緩める気配は無い。
猫耳の少女は、襟首をつかまれたまま、足と尻尾をジタバタと動かしていたが、徐々に顔が青ざめてきた。
流石にこの様子を見た街の人たちから、「あんたそのへんにしてあげなよ!」「やりすぎじゃないか!」「衛兵を呼べ!」と声があがり始めた。
「ライガ! あの子……!」
「お、おいっ! もういいって! 死んじまうだろ!」
パトナが俺の腕を揺らす前に、俺は人垣を掻き分けて叫んでいた。
俺の声にヴァリ・ヴァリーと名乗るリーゼントマスクは、眉を一瞬動かして、ネコ耳少女を地面に降ろした。
「ぬ……?」
「ニャ……はっ、はっ……!」
真っ青な顔で地面にへたり込むネコ耳少女。耳が垂れ、尻尾もぐったりとしている。
とはいえ巨大な体躯を誇るリーゼントマスクは、ガッシリと襟首をつかんで離していない。
と、何かがポロリと地面に落ちた。それは見慣れた俺の財布だった。
「スリだから捕まえろと、叫んだのはその後ろの彼女ではないのかな?」
ヴァリ・ヴァリーと名乗るリーゼントマスクは、街中で異様に目立つ赤い革のジャケットの襟を正すと、俺に向き直った。
「言った。けれど……気が変わった。その財布はその子にあげたんだ。だから離してやってくれないか」
「ライガ……!?」
パトナがハッとする。
ネコ耳の少女も、同じように驚き切れ長の目を瞬かせた。
「は……ははは!? スリの被害に会っていながら、スリの犯人を庇うのか? 君は愚か者か? まずは正義を執行した私に礼をいうのが筋だろう?」
なるほど、一理ある。
この男の正義は何か……自分の「正義」の基準で動いている感じがする。
ならば、俺だって自分基準の「正義」を貫くまでだ。
つまり、たとえスリでも女の子のほうを助けるべきって事だ。
これは死んだじっちゃんが言っていた教えだ。
迷ったら『女の子を助けろ』っていう。
「取り返してくれた事は、本当に感謝します」
俺はまず、礼儀正しく頭を下げた。
おぉ? と周囲から驚きの声が漏れる。俺は唖然とする男のところへ、二歩三歩と近づいて地面に落ちている財布を取り上げた。
そして、財布の口を開き、中身をリーゼントマスクとネコ耳少女そして野次馬達に晒して見せた。
「これ、お金なんて入ってないんです。紙と小物です」
実は盗まれた財布は、元の世界のお金やカードが入っているものだった。
つまり、この世界での価値はゼロ。
まぁ財布自体は、売れるかもしれないけれど。それだけだ。
全財産とも言える250枚の金貨は、背負ったリュックの奥底だし、40枚ほど残った生活用の金貨はパトナのツナギのポケットに仕舞いこんであったので無事だった。
「……価値の無い、小物入れだと?」
「まぁ、そういうことです」
おれがケロッとして言うと、リーゼントマスクは動きを止めた。
「わ、わかったら離すニッ!」
ヴァリ・ヴァリーの手が緩んだのを見逃さず、ネコ耳少女がぴょんと跳ねるように身を翻して間合いを取った。
シャァッ! と威嚇するようにリーゼントマスク相手に小さな牙をむき出しにすると、服をさっと整えて、今度は一目散に俺の背後へと回り込んだ。
「……ライガ、どうするの?」
「どうするって言われてもなぁ」
この娘はスリの常習者らしい。
ひっ捕まえて役人に突き出してもいいが、正直めんどくさい。
財布は戻ってきたし、二度とやら無いように説教するぐらいにしておこうか。
「助けてくれてありがとうニ! それと……価値のない物を盗んでごめんなさいニ。もう……二度としないニィ」
「おまえ、反省してないだろ」
「してるニー」
ネコなで声がかなり嘘っぽいが、衆目の前で反省している女の子をひっぱたく訳にも行かない。こうなると、どうすればいいのか俺にはちょっと思いつかない。
大男だってスリ犯人を捕まえてくれた「正義」の人物である事には違いない。少しやりすぎではあったけれど……。
「君、名前は?」
「ニ? ……ミィア」
「ミィア? よ、よし。今日の所はこのぐらいで勘弁してやる。……二度とするなよ!」
「ニー!」
耳がピンと動く。猫みたいな髭が、ほっぺたから何本か伸びていて可愛らしい。
--くっ……猫だ。
わしわしとなで回して肉球(この子にあるのか?)をムニムニしたい……。
だが、そこはぐっと我慢。
紳士を演じて、大人の余裕を見せ付ける。
「……ゆるしてくれるニ?」
上目遣いで小首をかしげるミィア。
ショートボブに切り揃えた青い髪の間からは、ピンと立った猫耳が伸びている。毛先の色は白。
人間の女の子に2割ぐらいネコを混ぜたネコの半獣人。切れ長の大きな瞳の色はグリーンで、外国のネコみたいだ。
なんというか……やっぱり家で飼っていたネコを思い出す。
……可愛い。
ネコ的な意味で。
「痛って!?」
突然、腕に激痛が走った。
「ライガ……鼻の下がのびてる!」
パトナがぶっすーと頬を膨らませて、俺をじいっと睨んでいた。
こうして見ると、パトナって仔犬系統だなぁ。
これはこれで勿論可愛い。
「なっ!? べ、べつに猫は可愛いなとか、そういう意味で緩んだだけで決して、その……」
「じゃっ! またニッ!」
ネコ耳の少女はそう言うと、しゅたたっ! と人垣の隙間を抜けて逃げてしまった。
そして人垣の向こうで、ぴょん! と跳ねて手を振る。
「ヌシはバカなのかニー? そんなお人よしじゃ、生きていけないニー!」
「ほら!? なにあの子! ライガのバカ!」
ぽかぽかと肩をパトナに叩かれる。
「うぇー!? えぇええ!?」
ネコ耳少女はどこかへ行ってしまった。やがて集まっていた人垣も徐々にまばらになる。
と、リーゼントマスクの大男が、俺とパトナの前に、ズゥムと立ちふさがった。
――赤茶けた彗星、ヴァリ・ヴァリー!
「はて……? 君達、どこかで……会ったことがあったかな?」
マスクの奥で、瞳が鋭く光るのが分かった。
「……し、知らない、です」
「白い……悪魔を探していてね。世界を乱す、イレギュラーをね」
--な!?
【作者より】
次回、ヴァリ・ヴァリーの授かった「力」が明らかに……!
ですが、しばらく更新は二日か三日に一度になります☆
楽しんでくださっている読者様には申し訳ございませんが、お許しを。