発生、テンションマックスなイベント
「ちょっと見せてくれないか?」
宝飾店を営むドワーフ族の店主は、カウンターテーブルを挟んで俺とパトナの対面に立った。
顔つきはどこかインディアンを思わせる。けれど彫りはずっと深く、白髪交じり長い頭髪を綺麗に後ろに撫で付けている。
背丈は俺よりも頭一つほど小さいが、横幅が倍近くある。何よりも腕の筋肉が凄い。
アニメやゲームのドワーフを実写化するとこうなるのか……! と感動を覚える。
「ど、どうも。あの……こういうの、どこかでお金になりませんか?」
俺は中古のPCパーツを手に、単刀直入に聞いてみた。
一応はパトナのペンダントを買った客なので、話を何か聞かせてもらえると思ったのだ。
ドワーフの親父さんは深い皺の刻まれた目元を細め、PCパーツを手にとって裏表を眺めると、俺を静かに見据えた。
「ふむ? 見たところ珍しい品のようだ。似たものを以前……『禁忌の谷』から来たという山師から見せてもらった事がある。だがそこは、鉱山仲間でもめったに近づかない、忌み地じゃよ」
「忌み地……」
つまりは人が避けるような土地、単に呪われた場所とも言う。
「お客さん、あそこは悪魔の世界への出入り口だと噂が立つ場所で悪神セトゥの版図じゃ」
悪神セトゥ……!
「そうですか。変なことを聞いてしまって……失礼しました」
うーん、ガッカリだ。
珍しい異世界の品だと言って、お金になったら嬉しかったのだけど、ガラクタはガラクタらしい。
俺はPCパーツをリュックに入れてから、頭を下げた。
するとドワーフの夫婦が驚いた様子で顔を見合わせた。
「ん?」
あれ? 俺は何か変なことを言っただろうか。
「あ、いや……! 異国の方、あんたのように礼儀正しい若者は、なかなか見ることはなくて、つい驚いてね」
別に普通に礼を言っただけなのだけど、日本人の礼儀は、この世界の常識とかけ離れているのだろうか。
「うふふ。お嬢さんも幸せそうだものねぇ」
奥さんのほうがうふふと笑う。
「ライガ! 褒められてるよ!」
「そ、そうか?」
パトナがガッ! と腕を組んでくるのでちょっと照れる。
こういうボディ接触系のコミュニケーションは上級者向きで、慣れないと口も思考も停止してしまうのだ。
「じゃが……、魔法の触媒を扱う『サウザリン通り』なら、欲しがる者もおると思うぞな。怪しい者も中にはいるので、きをつけての」
「はい! ありがとうございます!」
俺はつい、もう一度頭を下げて店を出た。
サウザリン通りは、駐車場の役人も言っていた魔法の触媒を売っている通りの名だ。
やっぱり、街での情報集めは基本のようだ。
とりあえずお腹が空いたので、パトナと二人で適当な食堂で昼を済ます事にする。
駐車場の役人が教えてくれた高級店の周囲には、いろいろな種類の食堂が軒を連ねていて、そのレストランに至る前に、パトナが限界を訴えたからだ。
「おなか……すいた」
「あー!? もうわかった、んじゃそこの大衆食堂みたいなところで食べよう!」
店に入り、店員さんに隣で食べている家族連れと同じものを下さいと注文する。俺達は「異国人」なので、店員さんは快く受けてくれた。
出てきた料理は、肉と野菜のトマト煮込み(シチューか?)と、ひき肉をスパイスで炒めたものが一皿。他にピクルスみたいな野菜と、ソースの皿。それに焼きたての薄い生地が10枚ほど。
「ライガ、これを巻いて食べるみたいね」
「みたいだな?」
周囲のお客さんを見てみると、具を適当に薄焼きナンで包んでたべるらしい。
真似て食べてみると、これがまた美味い!
「うまっ!?」
「てか、パトナは本当に何でも美味そうに食べるよなぁ?」
「ふが? んがが?」
食べているときは無理して返事をせんでよい。
雰囲気としてはタコスに似ているような、そんな味付けだ。
二人で満腹まで食べても、銀貨6枚!
店員に金貨が一枚しかないと伝えると、お釣りの代わりに、土産用にと、具を詰め込んでくるくる巻いたナンを持たせてくれた。
どうやら「お釣り」は無しか、チップみたいにするのが基本なのだろう。
そして、店を出たときの事だった。
たたたっ! という足音と共に、黒い影が俺にドシンとぶつかってきた。
「痛っ!?」
「ライガ!」
小さな子供に体当たりされたような衝撃に、俺はよろめき驚きの声をあげた。
茶色い布の固まりかと思ったら、フードを被った小さい子供か何かだった。
「――ごめん! 急いでるニッ」
黒い影はそういうと、スタタッと路地を曲がって消えていった。
「大丈夫?」
「いてて。こういうのって、よくあるパターンでさ『イベント発生』ってか、スリだっりするんだよね……」
「スリ?」
パトナが目を瞬かせて、一つに結わえた赤い髪を揺らしながら俺を覗き込む。
俺は苦笑しながら尻ポケットの財布に手を伸ばした。すると――あるはずの物が、無い。
「嘘ッ!? スリじゃん!?」
なっ、なんてこったい。
「くっそ! やられた! 追うぞパトナ!」
「う、うんっ!」
俺はパトナと二人で駆け出した。路地を曲がり追跡する。
店の中から給仕さんやお客さんが「またか!?」「常習犯のあいつじゃね?」と声をあげているのが聞こえてきた。
どうやら、腹いっぱいになって油断しているところを狙うスリらしい。
細く暗い路地に入ると、10メートルほど先で隣の通りに出られるらしい。明るい通りを人々が行きかっている。
はるか前方で、チラッと茶色く小さい影の尻尾が見えた。
「あれだ!」
「まてー!」
俺達も路地を出て通りに駆け出す。
と、いた!
スタタタと細い足を必死に動かして、逃げてゆく小さな影が20メートル先にあった。
「そいつスリなんです! つかまえてくださーい!」
パトナが思い切り大声で叫ぶ。
よくもまぁ、躊躇いもなく叫べるなと感心していると、その声に反応したのか、一人の大柄な男、スリ犯の前に立ち塞がった。
「――ッ!?」
驚き急制動をかけるスリ犯を、その男は素早い動きでムンズ! と捕まえた。
それはまさに一瞬の出来事だった。
「君か? スリというのは?」
「はっ! 離せよこのっ!」
スリ犯がそのまま宙に吊り上げられる。あっという間に人垣の輪が出来た。
俺とパトナは慌ててそこへと駆け寄った。
そこには、赤い革のジャケットに身を包んだ、特徴的なリーゼント頭のマスク男が――居た。
「私の名は、ヴァリ・ヴァリー! 正義をこよなく愛する……男!」
「ライガ! あのひと……!」
「あ、あぁ!」
――こ、こいつは!? あの赤いスポーツカーの!
リーゼントのマスク男が高らかに名乗ると、吊り上げられたスリ犯人がじたばたと暴れ、はらりとボロ布のフードが取れた。
「は、離せニィッ!」
ぴょん、と飛び出てきたのは、青っぽいサラサラの髪にどう見ても「猫耳」だった。
おまけに長い尻尾がぶんぶんと動いている。
「ニシャァア!」
それは、ネコ耳を生やした女の子だった。
「ネ、猫耳半獣……人キッタァアア!?」
「そっち!?」
変態マスクなんてどうでもいい、俺のテンションは一気にマックスだ。
何故なら……俺は大の猫好きだからだ。