社用車(パトナ)と俺、ゴブリンを倒す
「パ、パトナ……さん!? これは……何?」
俺は、恐る恐るクラクションから手を離し、ハンドルを指差した。
震え声で、助手席のパトナに聞いてみる。
助手席に座る作業着の少女パトナは、「たはは……」とマンガのような苦笑の表情を浮かべながら、指先で頬を掻いている。
「それは……超振動クラクション。物体の持つ固有振動を特殊な音波で刺激して、共鳴超振動を起こして破砕する。主に骨とか石とか硬いものに有効で、隠れている相手にも使えるの。……って、女神さまが言ってた」
指先で、肩にかかる赤毛のツインテールの毛先をくるくると回しながら、スラスラとトンデモ兵器の解説をするパトナ。
「いっいやいや!? まてまて! 社用車になんで殺人兵器オプションとか付いちゃってんの!? てか、どーすんのアレ!?」
俺は前方を指差して叫んだ。
10メートル先の路上では、緑の小人が二人泡を吹いて倒れている。
この殺人クラクション(?)との因果関係は明らかだ。
――鳴らしたら驚いて泡を吹いて倒れました、知らなかったんです!
脳裏には何故か取調室でゴツイ刑事に涙目で弁解している俺の情けない映像が浮かぶ。
このままでは俺は、傷害か殺人容疑で逮捕され、仕事も収入も失ってしまう!
っていうか俺、死んだんだから会社も関係ない……?
あーいかん、混乱しているぞ、俺。
小人の顔色が悪いのは病人だからかもしれないし、兎に角、まずは声をかけて意識レベルの確認をしてみよう……。
俺はもう、何が何だかわからず混乱したまま、シートベルトを外すと車のドアを開けた。単にこの混乱から逃げ出したかったのかもしれない。
「あっ!? ダメよライガっ! そいつらは……」
パトナが慌てて背後から叫ぶ声が聞こえた。
だが、そういうわけにはいかないだろう。俺は正義の小市民、社会人として急病人の手当てという、当然の義務を果たすまで――
「あの……だ、大丈夫ですか!?」
車から5メートルほど離れ、走りながら声をかけた瞬間、左右の茂みから一斉に緑色の小人がワラワラと現れた。
『シャーコラァ!?』
奇声を発した小人たちは、皆一様に耳と鼻が尖っていて、口が大きく裂けて牙が見えていた。おまけに厭らしく裂けた口元からは舌がダラリと垂れている。
手にはなんと、鈍く光る錆びたナイフや折れた剣などの凶器が握られていた。
「ひっ……!?」
思わず足が止まる。
黄色く濁り血走った目、全身はガリガリで腰には布を巻いているだけの小人の群れは、全部で6匹ほど。頭に被っている赤い帽子は……何かの皮らしい。
ファンタジーRPGや小説に出てくる邪悪な小人「ゴブリン」を実写にしたらこんな感じだろうか?
『……ニンゲン!』
『ニク、ニク、肉!』
『皮をハゲ! ハゲ! ハゲェ!』
あまりの異様さと、ゾワッとするほどの殺気に俺は、クルリと踵を返すと、全力でダッシュ。
「魔物のゴブリンだよっ! て教えてあげようとしたのに……」
「それを早く言え!?」
転がるように白い社用車まで駆け戻ると、運転席に乗り込んで、バタムとドアを閉めて内側からロック。
はあっ! はあっ! と荒い息を吐きながら、正面を恐る恐る窺う。
向こうではリーダーらしい一人のゴブリンが、杖を振り向けて何かを叫んでいた。杖の先には、乾いた白い頭蓋骨がカラカラと音を立てている。
「やっ、やばいだろアレ!?」
俺は正面と助手席で「ほらね」といった顔のパトナとを交互に見て、叫ぶ。
「あれはね、ゴブリン。このあたりで馬車を待ち伏せして馬や食料、時には人間さえも襲ってしまう魔物。倒さなきゃ、こっちがやられちゃう」
「なんで……知ってるんだよ!?」
驚くほどに冷静な、ツナギ少女の横顔を俺はツッこみをいれる。
「だって、あたしは車載妖精。ライガと旅するために地図や魔物の情報、この世界の生き物のことも、ぜーんぶ! 女神フォルトゥーナ様にインストールしてもらったの」
「女神、フォルトゥーナ様……インストールて……」
この謎の追加オプション装備だけじゃなく、ナビゲーションとしてパトナは存在しているのか。
そして、こんな女の子と俺が、旅をしろと?
ストン、と全てが胸に落ちる。
納得というよりは、理解できた、と言ったほうが良いだろうか。
それは「なろう小説」で何度も読んでいた「異世界転生」の主人公そのものだ。
「納得した? もう……この世界は、ライガと二人でドライブしていた頃の……平和な世界じゃないんだよ」
俺はパトナの言葉にハッとした。赤毛の少女は、遥か遠くを見るような瞳で俺を懐かしそうに眺めた。
トクン、と心臓が強く脈打つ。
「世界……」
そうか。
やはり、夢じゃなく、ここは現実なんだ。
女神様の慈悲で生き返った俺たちは、別の世界を救えと、そんな風に言われた事を思い出した。
少なくとも、落ち着き払ったパトナの様子から察するに、俺よりも情報を持ち、この世界の事情に精通しているらしい。
「女神様は私に力をくれたの。ライガと……生きろって」
パトナは微笑むと、俺の手をそっと掴んだ。
そして静かに助手席から顔を見つめてくる。トクトクと心音が跳ねてゆく。
――この異世界で生きる?
「あたしね、今、すっごく嬉しいんだ! 私をずっと大事にしてくれたライガとこうしてお話できて! 誰も私に優しくなんてしてくれなかったのに、ライガだけは違ったよね? 他の人は乱暴に私を汚したのに……ライガだけは……大切にしてくれたんだよ」
瞳を細め、透明な眼差しを俺に向ける。
「パトナ……」
この子は社用車だった。いろいろな社員に乱暴に扱われ、汚れたまま放置されていた。車に宿る魂の存在、パトナという存在など、誰ひとりとして考えもしなかったのだろう。
ぎゅっ、と指先に力がこめられる。
暖かく柔らかい指先の感触が、確かに生きているという実感と共に、俺に流れ込んできた。
パトナがそっと顔を寄せて、俺を真っ直ぐに見つめてきた。
瞳の色は深いブルー。とても綺麗だと思った。
甘く、どことなくオイルの香りが鼻をくすぐる。
「私を、運転して。いつもみたいに」
「あぁ……!」
覚悟を決めた俺は、ガッ! とハンドルを力強く掴んで正面を見据えた。
アクセルに足をかけ踏み込むと、小気味良いヴォン! という排気音と共に、エンジン音が草原に響き渡った。
「いくぞ、化け物ども!」
それは俺の叫びのように草原の風を波紋のように広がってゆく。
更にクラクションをパッパー! と鳴らすと、俺はギアを「D」に切り替えて、アクセルをゆっくりと踏み込んだ。
社用車のタイヤが、地面を力強く蹴って、進みはじめる。
車体が動き出す。
驚いたのは緑のゴブリンたちだ。剣を振り上げて威嚇するが、鉄の塊の迫力に左右に逃げ惑う。
そして、もう容赦はしない。
「いっちゃえ! ライガ!」
「おうっ!」
パトナが助手席でゲンコツを突き出す。
元気な笑顔で、前を向いて。
俺は社用車でゴブリンたちの横を通り過ぎながら、思い切りクラクションを鳴らしてやった。プゥオオオオー! と長めに、強く。
バックミラーには、次々と炸裂し6つの噴水と化して倒れてゆくゴブリンの群れが、小さく映し出されていた。
「とりあえず、行くしかねーか」
「うんっ!」
【作者より】
次回、俺とパトナのサバイバル!?
異世界で生きるために必要な物がいろいろと・・・。