バリィバリィ伝説
――あれが、悪神セトゥの魔改造カーなのか……!
魔改造された赤いスポーツカーは、俺たちを威嚇し続けていた。
ヴォンヴォン! と無駄なガソリンを消費し爆音を響かせながら、俺達の車を猛然と煽り立ててくる。
だが、何かしらの武器で攻撃してくる気配もなければ、魔法を使ったりしてくる様子もない。
暗黒秘密結社を統率する魔法使い『呪怨六星衆』の一人なら、間違いなく魔法で攻撃してくるはずだ。
「う、後ろの変態マスクは何がしたいんだ!?」
俺だって流石に叫ばずにはいられない。
こっちはガソリンが4分の1程しか残っていない。できる限りエコ運転をしたいというのに、否が応でもアクセルに力が入る。
「……あっ、わかった!」
パトナが瞳を大きくして、ポンと手を打つ。
「どうしたパトナ?」
「もしかして、私達と友達になりたいんじゃ!?」
「こんなコミュニケーション方法があってたまるか!」
「ぶー」
俺はパトナの能天気な仮説を一蹴する。
少なくとも車体を左右に蛇行させながら、真後ろでパパラリラリララ♪ とヤンキーホーンを鳴らし続けて、友好もクソもあるまい。
「じゃあ、後ろの車の運転手さんの言葉を拾ってみる?」
「で、できるのか!?」
「うんっ! ガラスに映った相手の口の動きから、音声を合成するの」
「パトナそれを早く言え! さっきの左右独立のアクティブ4輪駆動みたいな、実用的な能力は大歓迎だぜっ!」
「うんっ!」
と、パトナが明るい笑顔を見せるや否や、ラジオから後ろのドライバーの声が聞こえてきた。
『私の名は、バリィ・バリィ! この世界に新たなる救世主伝説を打ち立てる男!』
金髪のマスク男が名乗りを上げながら叫ぶ。金髪はリーゼントで、前髪がコッペパンのように突き出ている。
「きゅ、救世主伝説ってなんだ? 俺たち以外の……救世主!?」
つまり、俺たちが女神様が用意した救世主だとするのなら、あいつは悪神セトゥが遣わした偽の救世主ということなのか?
「ど、どうしよっか?」
このままヒューマンガースの街まで、カーチェイスを続ける訳にも行かないだろう。
大きな街が近づいたので、行き交う馬車の数が徐々に増えてきていた。
今も一台、荷台に野菜を満載した馬車を追い越したばかりだ。馬の手綱を握る御者が驚き、グラグラと揺れながら路肩で急停車する。
『だが……貴様らは気に入らんな! 女連れで救世主というのはよぉ……ッ!』
「パトナ、俺……後ろの奴を殴りたくなってきた。なにか武器は!?」
「それなら単分子ワイパーなんかどう? リアワイパーを使えばいいよ!」
「それだ!」
俺はワイパーを操作して、社用車のリアドア(※真後ろの荷物室のドア)に付いている小さなワイパーを動かした。
シュシュシュ……とワイパーが左右に高速に動いた直後、シュポン! と一本の黒いブーメランが真後ろの赤いスポーツカーに向けて飛んでいった。
「たっ、りゃぁあっ!」
パトナが気合いを入れると、ワイパーブーメランは曲線を描きながら、赤い車をシュルルルと通過した。
瞬間、幾つか赤い火花が散るが、ブーメランはそのままカシャン! とリアワイパーに戻ってきた。
『ハハ!? 当たらなければどうと言うことはな……』
マスク男がフッと口角を上げた、刹那。
赤いスポーツカーの両脇から天に向かって伸びていた竹槍マフラーが、スッパリと切断されて、地面へと転がっていった。
『なぁっ!? いっ、いぅぇえええ!?』
金属のパイプは金属音を響かせると何度かバウンドしながら後方へ飛んでいき、やがて見えなくなった。
変態マスク男の怒り交じりの叫が、更なる驚愕へと変わって行く。
そして、スポーツカーの屋根がメリメリと、まるで缶詰の蓋を開くようにめくれあがり、やがて全開状態になった。
『こんな……冗談ではないッ!?』
「ありゃ、斬りすぎちゃったかな?」
「わはは!?」
バギッ! と屋根がついにもぎ取れた。そして後方へ赤い座布団のように回転しながらフッ飛んでいった。
『えぇぃ、女神の救世主は……化け物か!?』
マスク男は舌打ちをするとオープンカーになった状態のまま、脇道へとコースを変えた。ぐんぐんと俺たちのとの距離が離れてゆく。
やがて、キラン! と地平線のむこうで赤い光が輝いて、消えた。
「……なんだったんだ、アレ」
「さぁ……」
俺とパトナは互いに顔を見合わせて、苦笑を浮かべた。
「でも、あのひとライガと同じドライバーだよ!」
「同じって、一緒にしてほしくないけどな」
そもそも、シャコターンの町で聞いた「女神と悪神」の伝説が本当なら、あれは悪神が遣わした、俺たちの「敵」なのだ。つまり、魔法使いブラック・カンパニーに続く、第三勢力、新たなる敵の登場という事になる。
――バリィ・バリィ……いったい何者なんだ……?
ともあれ、謎の「赤茶けた彗星」の強襲を退けた俺たちは、いよいよヒューマンガースの街へと到着した。
◇
「ここが、ヒューマンガースの街!」
「すごいねライガッ! 美味しい食べ物、あるかなっ!?」
ようやくたどり着いた街は、かなり大きかった。中央には行政の中心らしい大きな城があり、高い尖塔や石造りの大小さまざまな建物が数多く建ち並んでいる。その周囲を、赤や茶色の焼き瓦を屋根に載せた家々が、みっちりと軒を連ねて立ち並んでいる。
そして大勢の人、人、人。
荷物を積んだ様々な馬車が行きかっている。
俺たちの社用車は注目を集めつつも、他の馬車に紛れ駐車場の一角へと滑り込んだ。
【今日の冒険記録】
・所持金:3560円(日本円)
:300リューオン金貨
・所持品:使えないスマホ、中古PCパーツ、毛布、工具一式、ライター2個、トイレットペーパ、テッシュ
・町で補充した食べ物や雑貨。毛布など
パンやチーズが減少。
・水、小さい樽で2つ。(36リットル)
・走行距離:350キロ
・ガソリン残量:16リットル