赤茶けた彗星 ~悪神セトゥの魔改造~
パトナが川沿いに続く道の向こうを指差した。
「――来たわ、あれよ!」
「相手も……車なのか!?」
前方から土煙が見えてきた。
200メートルほどの前方から猛烈な勢いで走ってくるのは、あきらかに車だった。見晴らしのいい平らな道で巻き上がる土煙は赤茶けて、彗星のようにも見えた。
「赤茶けた彗星……!?」
正直、嫌な予感しかしない。
通常の馬車と比べたら三倍ほどの速度を出しているのだが、この道路状況を考えると信じられない危険な速度だ。
ナビの画面で見ると、互いの距離はみるみる縮まっている。道は一本なので、このままでは正面衝突してしまう。
「間違いない、車だよライガ!」
「でも、あれって……!」
ついに真正面に「車」の姿が見えた、それは、真っ赤なスポーツカーだった。
フォオオオオオオオン! と、機械式スーパーチャージャー特有の金属音が響いてきた。あっという間に前方100メートルにまで急接近するが、相手は減速する気配すら無い。
――やばいぞ、コイツ!?
俺はザワッとした直感に突き動かされるように、アクセルを僅かに緩め、ハンドルを握る手に力をこめた。
そこで相手ドライバーの顔が見えた。
目だけを隠す白いマスクのようなサングラスをかけた金髪の男だ。声こそ聞こえないが、口もとには不敵な笑みが浮かんでいる。
その男が乗る車もかなり特徴的だ。
地面を這うような幅広&低重心なボティ。その流麗なスタイルは、スポーツカーであることを主張している。
色は燃えるような赤。間違いなく親戚の葬儀には乗りつけられない鮮烈な赤色だ。
傾斜したフロントウィンドゥに、両端の吊り上ったヘッドライトは、猛禽類のそれを思わせる。
そして先端まで緩やかに美しい曲線を描きながら落ちてゆく長いフロントノーズ。
それは、間違いなくニッ●ンの『究極の淑女』、それもZ32型で間違いない。
だが、ボンネットには、本来あるはずの無いエアインテーク、禍々しい竜の口のような穴がある。
――後付けのスーパーチャージャー!?
V6、3リッターエンジンのドロドロとした低音とボボボという排気音は下品だが、聴く者によっては心地のよいサウンドを撒き散らしている。
どうやら、法律的にはよろしくない改造を施された車のようだ。まぁ、俺たちの社用車も他人のことは言えないが……。
「私たち以外の車……! この世界にも居たんだね!」
「あまり喜べる感じでもないけどな!」
驚きと同時に、湧き上がってくる戸惑い。
少なくとも相手から俺たちを歓迎しようという意思は感じられない。
運転席でハンドルを握っているのは、目の部分だけを隠す変態SMクラブのようなマスクをつけた金髪の男だ。
まるで俺たちがヒューマンガースの街に接近するのを阻むかのように、進路を妨害するコースをとっている。
「ライガ、ぶつかるよ!」
「くっそ!」
相手はチキンレースそのままの勢いで真正面から突っ込んできた。
俺はハンドルを思い切り左にきる。車体が左にぶれて道路を外れる。
ズガガガと足回りから強烈な衝撃が伝わってきた。
右側をブグォオオオオン! と、激しい爆音を響かせた赤い弾丸が、通り過ぎて後方へ遠ざかって行く。
「あぶないだろうが!?」
後方をチラリと確認すると、相手はFR(後輪駆動)特有の機動性を発揮。180度見事なドリフトターンをキメながら、俺たちを追撃してくるのが見えた。
盛大に土ぼこりが跳ね上がり、再び赤茶けた彗星と化して追ってくる。
「なんてテクニックだ……!」
俺たちの乗る社用車はハンドルを左に切ったことで道を外れ、乾いた土のデコボコとした荒野を走っていた。
車体が激しく上下に揺れ、タイヤが地面で何度も跳ねる。おまけに姿勢を崩しているのでハンドルがうまく効かず、車体を制御できない。
「やばっ……!」
「ライガ! まかせてっ! ……横滑り……防止ッ!」
パトナが掛け声と共に、むんっ! と気合を入れた。
途端に、社用車は落ち着きを取り戻したかのように、車体の姿勢が元に戻った。そのまま路肩で一度バウンドしながら、なんとか元の道へと戻る事ができた。
「た、助かったぜパトナ!」
「左右のタイヤの回転を制御して、車体の向きを変えたんだよ」
「この車、左右独立のアクティブ4輪駆動だっけ!?」
地味だが、これは実に有難い女神様の『慈悲』による改造だ。こういうマトモで実用的な改造も施されていることに感謝する。
「凄い? えへへ、撫でて撫でて!」
「お、おぅ!」
パトナが頭をこちらに向けるので、運転席からよしよし! と軽く撫でてあげる。
女の子に対して自然とこんな事が出来るようになった自分は、はたして成長したのだろうか?
――パラリパラロパラリラ♪
突然、真後ろから怒り狂ったような激しいゴットファーザーの音が鳴らされた。どうやらそれはクラクションだと気が付く。
「クラクション!?」
おまけに車体を左右に振りながら、パッシングを浴びせてくる。
「ライガ! これ……普通のだよ!」
「普通……、なのか?」
「そうみたいね」
思わず肩の力が抜ける。
どうやら、相手はパッシングライトもクラクションもごく普通のものらしかった。
これが殺人クラクションやビームなら俺たちは死んでいた。
つまり相手は、俺たちを殺すつもりは無いか、そういう物を最初から装備していないかのどちらかだ。
戸惑いつつも後ろをバックミラー越しに確認する。
ヴォン! ヴォン! とエンジンを無駄に吹かしながら、赤いスポーツカーが俺たちの車を煽っている。
体当たりしてくるとか、そういう雰囲気でもない。
金髪の変態マスクは一人。助手席にはパトナのようなナビゲータの姿も無い。
「さっきのスポーツカー、金髪男何か叫んでるぞ?」
ドライバーが何か運転席で叫んでいる。
『認めたくないものだなッ! 助手席に女を乗せてイチャイチャする救世主というものを……!』
眉を険しく吊り上げて、額には青筋が浮いている。
口パクをトレースすると、どうやらそんな嫉妬めいた事を叫んでいるようだ。
もう正直、怖くて車を止めたくない。
「なんなんだ、後ろの変態マスク!」
「車も改造されているみたいだね?」
「あぁ、改造っていうか……魔改造な」
パトナの一言で、俺はようやくバックミラーとサイドミラー越しに、相手の車を詳細に確認することができた。
ボンネットには、本来あるはずの無い六角形の空気取り入れ口が増設され、『スーパーチャーヂャー』とステッカーが張ってあった。
車高はアホみたいに低く、腹の下から火花が時折散っている。
タイヤハウスからはみ出た極太のタイヤが、美しい名車をまるでミニ四駆のような珍妙なシルエットに変えている。
なぜか正面から見ると「ハ」の字にタイヤが曲がっている。
正面には「斜め」に取り付けられたラジエターが、剥きだしで備え付けられている。
エアロパーツらしい板がフロントバンパーから突き出ていて、同じような「ウィング」が後ろにも取り付けられている。
そして、ヴボボオボ! と下品なサウンドを出しているのは、横から真上に突き出した長さ2メートルほどの金属パイプ。
つまり、シャコタン「ハの字」、竹やりマフラーに出っ歯……。
21世紀の日本ではとうに絶滅したと噂されていた、旧ヤン車そのものだ。それは有害図書指定の雑誌チャンプ●ードから飛び出してきたかのようだった。
ちなみに俺は死んだ親父の部屋を掃除していて、その雑誌を見つけたのだ。その気まずさは、特殊性癖なエロ本が出てくるのと正直大差ない。
「ライガ……なんだろう、見てたら頭痛がするよ!?」
パトナが頭を押さえる。その気持ちは……良くわかる。
「あまり深く考えるな! ああいう改造の方向性なんだよ!?」
――恐るべし、悪神セトゥの魔改造……!
【今日の冒険記録】
・所持金:3560円(日本円)
:300リューオン金貨
・所持品:使えないスマホ、中古PCパーツ、毛布、工具一式、ライター2個、トイレットペーパ、テッシュ
・町で補充した食べ物や雑貨。毛布など
パンやチーズが減少。
・水、小さい樽で2つ。(36リットル)
・走行距離:340キロ
・ガソリン残量:17リットル